動かぬ証拠
「これは……」
タブレットの電源を入れると、画面は動画アプリを起動していた。
画面は脚立でも使っているのかやや俯瞰した角度から大通りを映しており、再生すると華やかなラッパやドラムの音楽が鳴り響き始めた。
紙吹雪が舞い、ゆっくりと大通りを車が進んでいく。
歩道には観衆が集い、皆旗を振っていた。
「ヒルマウントで五日前にあった、ユフ王生誕祭のパレードの様子だ」
「あの、この映像ちょっと記念に頂けますか?」
なんて事を言い出したのは、ペンドラゴンさんだった。
不意の申し出に、白戸先生は眉を寄せた。
「それは別に構わないが……何の記念だ?」
「少々、個人的な理由です」
少し照れくさそうに、ペンドラゴンさんは笑う。
「そうだ、帰りに喫茶店寄っていこうぜ。四人では祝ってねーじゃん」
「そういえば、そうですね」
「この辺りに旨いケーキを焼いている喫茶店は、あるのだろうか」
などと、ジョン・スミス、ソアラさん、アヌビスらが言い合い始める。
「そろそろだ」
白戸先生が言うと、不意にタブレット上の画面が停止した。
撮影していたカメラがズームし観衆の更に後ろ……公園を映していた。
それでも画像はほとんど粗くならないのは、よほど解像度が高かったのか。
後ろに小さな建物、トイレだ。
そのトイレを前に、薄緑のブレザーを着た四人の男子がいる。
体格のいい男子――K原が、僕のリュックを強引に奪い取ったシーンだった。
「お前も行っとけよ。荷物預かっておいてやるよ」
ニタニタとした笑いを思いだし、腹の奥がカッと熱くなる。
僕は抗議したが、生理現象は確かにあったし、言い争っている間に漏らしては恥だ。絶対に置いていくなと念押しして、そのままトイレに駆け込む。
K原達三人は僕のリュックを漁り、そのまま画面の向こうへ駆け出した。
……しばらくして、トイレから僕が出て来る。
周りを見渡し、声を掛ける。
ああ、そうだ。この時、こんな子供っぽい事をするなって言ったんだっけか。
まさか本気で置いていくなんて、思ってもいなかったから。
画面の中で半泣きになり、トイレの周囲をウロウロする。
動画は自動で早送りになり十分が経過、諦めた僕は溜め息をついて怒り肩で画面を出ていった。
そして動画は終了した。
「賀集技術に集めてもらったんだ。国営・民間の放送局、大学等の学術機関、警備や監視用のカメラ……色んな所に伝手があったからな。時間帯と場所を絞って、編集してもらっておいた。これがお前で間違いないか」
白戸先生の言葉に、僕は頷いた。
「えっと……はい、間違いないです」
なお白戸先生によると他、飛行船や観光客がネット上にアップした動画などからも、同じ場面が別角度から撮影されており、タイムスタンプも、この時間で一致している。
音声を集音しているファイルもあるという話で、他人の空似や互いのやり取りの間での誤解という余地もない。
「なかなか悪くない解像度だろう」
「妾の技術も大したモノなのじゃ」
横から覗き込んでいた賀集親娘が、動画の感想を述べる。この場合、自画自賛というのだろうか。
「……でケイよ」
賀集氏とケイが少し、僕達から離れる。
「そろそろ戻ってくる気にはなったか?」
「ふーむ……」
ケイはしばし唸ると、ぺこりと頭を下げた。
「ご迷惑お掛けしたのじゃ。家に帰るぞよ」
「……よかろう。飛行機ならすぐに準備出来る。早乙女、すぐに手配を」
「そちらの手配でしたら、既に済んでおります」
指を鳴らす賀集氏に、秘書の女性――早乙女さんは返した。
一方ケイは、爺ちゃんや白戸先生にも謝っていた。
「父上他、皆には迷惑掛けたのじゃ。せっかくこっちまで来たのに、観光の一つも出来ぬとは、誠にすまぬ」
「仕事もあったから気にするな。ああだが、そうだな、金色城ぐらいは見たかったかもしれない。……まあ、いずれ機会もあるだろう」
賀集氏は微妙に、だけど割と本気で残念そうだった。
一方早乙女さんは変わらずクールだった。
「当分先の話になりますが。まずは、テレビでの記者会見もございますし」
「やはり、公の場で謝らねばならぬか」
ケイが小さく嘆息する。
「世間をお騒がせしたのですから、当然です。こちらがその草稿になります。チェックして頂けますか」
早乙女さんは書類の入ったクリアファイルを鞄から取り出したが、ケイはそれを遮った。
「いらぬよ。こういうのは、自分の言葉で詫びるのが筋であろ。ええい、父上そのような不安そうな顔をするでない。父上も同時に出るのじゃから、妙な事を口走るでないぞ?」
「『この子は悪くないのだ!! 俺の教育に問題があったのだ!!』とかですか」
「うむ。……声真似、上手いのお主」
ちょっと感心するケイ。……いや、僕も似てると思った。
「ちょっとした芸です。その辺りの扱いは私の方が慣れていますので、お任せ下さい」
「任せたのじゃ」
思わず向こうに見入っていたが、こちらの話も重要だった。
つまり、僕の主張である『K原達による置き去り』論は今、完全に証明された事になる。
「これが、動かぬ証拠だ。お前のやった事は馬鹿そのモノだが、擁護することは出来る」
「すみません、でした」
自分でもビックリするぐらいすんなりと、謝罪が口から出た。
「反省しているなら、構わん。もちろん、帰国してから反省文の提出と謹慎はしてもらうがな」
「はい」
「すると、休みの間、儂が土産話を聞くとしようかのう」
顎を撫でながら、爺ちゃんが小さく笑う。
「ああ、そういえばせっかく保護者もいるんです。帰りながら三者面談も行ないましょうか。担任は不在ですが、当座私が代理でも問題はないでしょう」
「げぇ……っ!?」
白戸先生の恐ろしい提案に、僕の喉から呻き声が漏れた。
列車はともかくとして、飛行機で帰国するまでには……いや、どれだけ時間があるかとか、考えたくない。
「お前の資料は既にネット経由で受け取ってある。何、本国に戻ってもう一回担任と行なう事になるだろうが、その前のいい予行練習になるだろう」
「ふむ、儂はよいですぞ。という訳で決まりじゃな」
正直その予行練習の方がよほど緊張する訳ですが、先生と爺ちゃんの間では完全に同意となっているようだった。
「ちょっ、今の僕の意思入ってなかったよね!?」
「多数決」「ですな」
「ひいっ!?」
僕のささやかな抵抗は、儚くも崩れ去った。
こういうのをあとがきで補足するのも野暮ですが、白戸先生が賀集氏に証拠集めを依頼したのは私塾サイドの『そして舞台は次の都市へ』一番下辺りです。