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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第一章 始まりの地・ヒルマウント
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青い羽根にまつわる収録されなかった短文(2) 後編

「私の職業をお忘れでしたか? 世界と世界を隔てる線引き、即ち結界」

 チャリ、とセキエン氏は胸元から教会の聖印を出した。

「なるほど、考えたねぇ」

 プリニースの巨躯は一瞬消滅しかけたが、だがすぐに全身にノイズのようなモノが掛かり、本来の色を取り戻す。

「どれだけ世界に溶け込もうと、別の世界に渡る時にはその隔たりの前で、その力は一旦無効化されてしまう。そうですね?」

 プリニースは消えるのを諦め、大きく拍手した。

「いやあ、驚かされたよ。ホントビックリした。僕の力を見破ったのは、君が初めてだ」

「――だが、この術には欠点がある」

「だが、この術には欠点が……!?」

 セキエン氏に台詞を先回りされ、余裕を保っていたプリニースの表情が引きつる。

 だが、セキエン氏は得意がる様子もない。

 その場にうずくまったまま、地面を叩いた。

「そう、この結界から普通に出ればいいだけ。そんな事は、分かっています」

 うん、と彼は小さく頷き、

「だからね」

 ボロボロになった腕を、掲げる。

「こっちも、それ自体を無意味にする策を割と最初から用意してまして」

 不意に、空が暗くなった。

 いや、違う。

 その暗さの範囲が広がってきている。

 見上げると、空には巨大な人形……ゴーレムだ! それが、大きく両手両足を広げて、落下しつつあった。

「なぁっ!?」

 とっさの事に、プリニースも動けない。半分笑ったような大口を開け、呆然としていた。

 そして、その隙を突いて、セキエン氏の手がプリニースの足首を掴む。

「逃がしませんよ、プリニース!! 今から走っても、範囲外まで間に合いません!!」

 そう、ゴーレムの大きさは広場を覆うほどの大きさだ。

 それを気づかせないように、遥か高みで召喚した……はて、どうやって媒介となる人形を、空に放ったのだろう。

 そんな事を一瞬考えたが、今思えば鳥や蝙蝠のような空を飛ぶモンスターに運ばせれば、問題はない訳だ。

 直後、ゴーレムが大地をプレスし、世界が揺れる……ような錯覚。土煙も通り過ぎるが、目や鼻は痛まない。

 傍観者である僕は、ゴーレムがすり抜け怪我一つ無い。

 しかし、あの巨体の下敷きになった二人は……。

 やがてゴーレムが消滅し、地面には巨大なクレーターが出来ていた。……これが、あのすり鉢状の傾斜の正体か。

 残ったのはその中央に、全身切り傷を作って立つ、プリニースだった。

「はぁ……はぁ……危なかった。今のは本気でやばかった……! 何て無茶をするかなぁ君は……」

 どういう事か考える。

 ……多分、結界が張ってある中で、無理矢理あの『不明不在』の力を使ったのだろう。世界と世界の狭間ではその身体を溶かす事が出来ず、その代償があの網の目のような無数の傷という訳だ。

 一方、セキエン氏は……。

「失敗、ですか」

 何と、生きていた。

 地面に出来た少し盛り上がった肉の塊が喋っているような……素人目にも先は長くないように見える。

「……でもまあ、いいです」

「うん?」

「その傷ではあの子……ユフを追えません。その傷の存在だけを薄れさせる事は……出来ないと見ています……」

「あ痛ぁ」

 プリニースは、自分の額を叩いた。

 余裕があるように見えるが、立っているだけでも精一杯、といった所か。彼は、洞窟のある方角を見た。

「ま、そっちはダービーに何とかしてもらおう。最期にセキエン、君、何か言い残す事はあるかな?」

「いえ、貴方にはありません」

 ゴロン、と頭に当たる部分が傾き、僕から少し離れた地点で視線が止まった。

「……最期に、元気な姿が見られて、よかった。今まで……ありがとう……」

 そして、セキエン氏の動きは止まった。

 血の臭いも戦いの熱もない現実はあまりにも現実味がなく、目の前の死体もどこか、テレビの画面の中のそれを思わせた。

 ……もっとも、今まで見た中では一番リアルなそれだけど。

「ふーむ」

 プリニースが、ふと空を見上げた。

「風も弱まってきたか」

 ひゅう、と風が吹き。


 直後、風景は平和なただの空き地に戻っていた。

「白昼夢……?」

 呟き、周りを見渡すと、ゴシゴシとケイが目を擦っていた。

「……むむむ、集団幻覚か?」

 そして、すぐ近くの僕の存在に気がついた。

「あ、お主どこに消えていたのだ!? 探してしまったではないか! 一瞬だけど!」

「最期が正直すぎるな。多分お互い、今と同じ位置にいたんだと思うぞ。何を見た?」

「おそらく、何らかの幻覚じゃと思うが、もしかすると妾達の知らぬアトラクションやもしれぬな。とにかく見た、という現実は否定出来ぬ。セキエンとプリニースの戦い、そしてこの広場が微妙に傾いでいる理由じゃった。まあ、あれが真実であるという保証はないがの」

「なら、僕が見たのも同じだ。どうやら個別で見てたらしいな」

「ふむ……となると、ペンドラゴン氏じゃが」

 ペンドラゴンさんは、僕達とはやや離れた場所で嗚咽を漏らしていた。

「ちょ、泣いてる!?」

「え、あ……」

 僕のツッコミに、眼鏡を外した彼女は慌ててその目を袖で拭った。

「す、すみません……目にゴミが……入ったみたいで……」

「よほど大きなゴミだったんじゃのう」

「もしかすると、花粉かも」

 ペンドラゴンさんの言葉に、ケイは首を傾げ僕を見た。

「……花粉が入ると、泣くのかや?」

「花粉症っての知らないのか?」

「妾はHIKIKOMORIだったからの」

「だから、そこで何故胸を張るんだ。あ、そうだ。ペンドラゴンさん、さっきの風景ですけど……」

「は、は、はい?」

「あれ、見なかったんですか?」

「え、えーと……な、何の話でしょう」

「……いや、いいです」

 あの幻覚を見た時、ケイもペンドラゴンさんも、傍らにはいなかった。

 だから、真偽を確かめる術は、僕にはない。刑事さんとかなら話は別かもしれないけど、そんなスキル、僕は持ってないしなあ。

「むー……?」

 ふと、変な所から声が上がった。

 振り返ると、ケイはいつの間にか広場の中央に近付いていた。

 そこで、やはりまた首を傾げている。

「おい、何やってんの?」

「いや、セキエン氏の最期の場面の、目線を測っておるのじゃが……」

 言われてみると、彼女が立っているのはセキエン氏が死んだ(幻視の)場所だった。

 そこから向けられた視線は……ちょうど、僕達に向けられていた。というか、ペンドラゴンさん?

「飴!」

 その彼女はポケットからあめ玉を取り出した。

「はい!?」

「豊かな時代ですね。シキョウヒンとかいうのを、街中で配ってました! いりますか?」

 早口言葉で言い、それをケイに向ける。

「わぁい、いるのじゃ!」

 諸手を挙げて駆け寄り、ケイがそのあめ玉を受け取る。

「さ、洞窟に行きましょうか」

「え、あれ、でもケイが……」

「うまうま」

 ケイは飴を舐めて、ご満悦だった。

「……駄目だ、もはや役に立ちそうにない」

「さ、さ、こちらですよ」

 やけに急ぐペンドラゴンさんに促され、僕達は洞窟に向かった。


 ……あの行間にこんな事があったのだが、まあ、彼女が僕達と同じモノを見たのかどうかは、本当に定かではない。

 見たとは思うけど、結局本人の申告がなかったのだ。

 無理強いするような話でもなし、とにかくこのエピソードはオチも何もなく、ここで一旦終わる。

 この日の青い羽根にまつわる事件はここで終わり、次は翌日、グレイツロープのとある寺院を訪れた場面で再び、この事を書く事になる。

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