ニワ・カイチVS青き翼のチルミー
なお、撮影は禁止とされたが、文章として起こす分には問題ないと許可を受けた。
故にこれは、僕が見聞きしたモノをケイや爺ちゃんらの補完により、なるべく忠実に再現した出来事である。
この戦いは口コミで一部に伝わってはいるが(主にチルミーの役者の素性に関して)、フィクションや都市伝説の類ではない。
僕達はちゃんとこの場に居合わせた。
魔法使いと六禍選が向かい合う。
「よう」
棍を肩に預けながら、ニワ・カイチがチルミーに声を掛けた。
が、チルミーは無反応だ。
足を組んで宙に浮いたまま、物憂げな視線を魔法使いに向けた。
「何か言えよ。頭の毛も生え治ったみたいでよかったじゃねえか」
が、それでもやはり、青い髪の青年は答えない。
「一通り資料は読んだぜ。アンタもこっちに来て、大変だったみたいじゃねえか。……ま、古代級の龍に睨まれちゃ、迂闊な真似は出来ねえわな」
ニワ・カイチは口を休めないが、それでもチルミーは相手を見据えたままだ。
やがて諦めたのか、ニワ・カイチは肩を竦めて、嘆息した。
「……なんか、俺の方が悪役っぽいなあ。俺と話す事はないってか?」
「ないな」
ようやく放たれた声は、驚くほどの美声だった。
周囲の観客、主に女性達から黄色い悲鳴が上がった。
バサリ、と翼がはためき、その右腕が瞬いた。
「って――!?」
ギャリ、とニワ・カイチの棍が盾のように回転する。
すると、青い羽根がいくつも弾かれ、地面に突き刺さった。
そこでようやく、チルミーが手を瞬かせた瞬間に羽根を放ったことに僕は気がついた。
「……ま、そうだな。空気に当たられてた。アンタと俺は、お喋りに興じるような間柄じゃなかった……な!!」
足を溜めた魔法使いが、チルミーに躍り掛かる。
しかし次の瞬間には、チルミーはその場におらず、ニワ・カイチの背後にいた。
瞬間移動、いや、時間停止か? どっちなのか、僕には分からないが、瞬間的に移動したのは間違いない。
だが、チルミーの放った延髄目掛けての蹴りを、ニワ・カイチは前に転がって回避する。
そこから息もつかせぬ攻防が始まった。
チルミーは主に空間から空間への移動を瞬間的に行ない、一方のニワ・カイチも地面が札を使い始めた。
地面に叩き付けることで火の柱、凄まじい風の渦が巻き起こる。
二人の激戦に、白戸先生が唸っていた。
「すごいな。アレは一体、どういう技術を使っているんだろう」
「そういう視点で見ると、色々と参考になる部分があるのう」
「再現出来るのか?」
僕の問いに、ケイは不敵に笑う。
「然るべき準備を整えればの」
ニワ・カイチが煙玉を投げ、境内が白い煙に包まれる。
その煙が裂かれ、僕達のすぐ間近にチルミーが迫っていた。
当たり前だけど、彼の目当ては僕らではない。
その視線の先には――微笑むソアラさんがいた。
「契約は守ってもらうぞ」
「はい」
何の契約だろうか。まさか求婚か。
なんて阿呆な事を考えていると、そのチルミーの頭上に棍が生えた。
煙を裂いて、振り下ろされる。
「隙ありぃっ!!」
だが、チルミーの脳天を砕く直前、彼は姿を消していた。
「ちっ……」
ニワ・カイチが舌打ちする。
大きく風が巻き起こり、煙が晴れていく。
風の中心にはチルミーがいて、彼の青い翼の回転力によって煙が散らされたのだ。
その彼に向かって、ニワ・カイチは腰の二挺の銃を撃ち放った。
「すごいな、およそ正義の側とは思えないえげつない攻撃」
「ほほ。隙があればそこを攻めるのは当然じゃろ。むしろそれを見過ごす方が失礼じゃて」
僕の感想に対し、さすが爺ちゃんは笑いながらも辛辣だ。
空高くに飛翔したチルミーが、ニワ・カイチを見下ろしていた。
その姿は豆粒よりも、少し大きい程度。
そして手を振るうと、無数の青い羽が雨のように降り注いできた。
「今更そんなモノ、喰らうか……ガッ!?」
横に転がり回避しようとしたニワ・カイチに、急降下したチルミーの蹴りが炸裂した。
魔法使いの身体が大きく跳ね、地面にバウンドする。
チルミーは速度を緩めず、弧を描いて再び高みに戻る。
ニワ・カイチもよろめきながらも、立ち上がった。だが、無傷という訳にもいかないようで、今にも崩れ落ちそうになっていた。
チルミーは容赦なく、急降下からの蹴撃を繰り返す。
そのスピードはまるで、青い弾丸だ。
先の攻撃で足を殺されたニワ・カイチは、致命傷こそ回避しているモノの、徐々にダメージが溜まっていっていた。
「速っ!?」
「有翼人の飛翔速度というのは、凄まじいのう」
「アレを回避するのは不可能かもしれぬな」
ケイと爺ちゃんが、頷き合っていた。
「爺ちゃんならどうする?」
「儂は別に、戦闘要員ではないぞ。密偵はしておったがの」
ふーむ、と顎の手を当て、考える。
「まあ、対策がないでもないが、それよりもあの高さが厄介じゃのう」
言われてみれば、ニワ・カイチも銃で反撃はするモノの、高い位置にいるチルミーは、軽く身体を揺らすだけでそれを避けられていた。
「ニワ・カイチなら、高さをゼロにする魔法を使えた筈だけど……」
「いや、それじゃ芸がない」
と、僕の意見を否定したのは、ジョン・タイターだった。
「芸とか、そういう問題じゃないんじゃない?」
「そうでもないです。魔法使いと奇術は通じるモノがあり、同じ芸を出すのは悪手なんですよ。効きづらいという話です」
ペンドラゴンさんの話に、今度はケイが食い付いた。
「む、どこで、そのような話を聞いたのかや?」
「そりゃ本人に……じゃない、奇術師に聞いた事があるんです。あと、何かの本とか……タ、タイトルは憶えていませんけど」
「しゃーねーな……せっかく皆がお膳立てまでしてくれたんだ。このまま逃がす訳にもいかねーし」
空に留まるチルミーから目を離さないまま、ニワ・カイチは地面に棍を突き立てた。
だが、チルミーは容赦せず、再び急降下を開始する。
「『繋がれ世界、並び重なる無限の異界へ上昇り給え!!』」
ビッとローブの一部が派手に裂ける。
血飛沫が飛ぶが、ニワ・カイチはそのまま言葉を紡ぎ続ける。
「『我は望む!! 二者の戦に他は認めず、届かぬ距離に意味はなく、三魂賭ける法則!!』」
いきなり、境内に光が灯った。
違う、背後にある装置だ。
あの、妙に横に長細い奇妙な装置が、動き始めたのだ。
危険を感じたのだろう、弧を描いて空に戻ったチルミーだったが、今度はそのまま再びブランコのように、地上へと戻ってくる。
超高速で迫ってくる敵に対し、それでもニワ・カイチの口は止まらない。
「『来たれ来たれ侵食せよ!! 魔を糧に刹那の宴よ輝き拓け!!』」
ニワ・カイチの足下から強い風が吹き荒れる。
「招来――中位修羅異界『ティセナ・コ・クトォーア』」
そして、ニワ・カイチは指を鳴らした。
風の障壁がチルミーの攻めを阻み、仕方なく彼は空へと逃れる……が、その高度は何故か、これまでよりもずっと低い。
建物の三階程度だろうか。
そして、妙に窮屈そうだ。
まるで見えない天井にでも、阻まれてでもいるかのよう。
一方、僕達にもちょっとした異常があった。
「お……」
「何か、空気が軽くなった……?」
単なる気のせい……かと思ったけど、周囲の反応からするとそうでもないようだ。
まるで、空気中にある何かの要素が急激の消耗したような……そんな感じがした。
「さー、遊ぼうか、青い鳥。こっちも本気出すからよ」
ニワ・カイチはチルミーを指で招いた。
「あ」
「どうした、ススム」
僕を見上げたケイが、ハッと境内に視線をやった。
正確にはその後ろにある装置だ。
「いやこれ……そうか。あの装置も……お前も気付いたか」
「うむ、これはあれじゃな」
僕とケイは頷き合った。
「「格闘ゲーム」」