戯言・甦った四人
「もしくは魔法使いであるニワ・カイチが全ての戦いを終えた後、タイムマシンか何かでこの時代にやって来た、とか」
ペンドラゴンさんの案に、ジョン・タイターが頷く。
「ああ、そうそう、そういうのもいいな。イフの学院跡辺りにこっそり転移してきたとか面白いかも知れない」
だがこれに、白戸先生は渋い顔をした。
「タイムマシンなんて伏線、今までの話の中でどこにもないだろう?」
「いや、ユフ王の物語の中にはないんですけど、現代の、起こった事件の中にならあります。ですよね、園咲さん」
微笑むソアラさんに、ガクガクと首を縦に振るのは園咲女史。
「あ、は、は、はい! えと、でもあれは……成功したのか失敗したのか不明なままで……」
そういえばそんな話を、僕達もヒルマウントの教会で聞いたっけ。
ユアン・スウ教授、元気にしているだろうか。
なんて僕が考えている間も、ジョン・タイターの即興話は続く。
「なら、そのタイムマシンは時間の流れに乗って、過去へ送られた。そう、千五百年前に。それを使い、全ての戦いが終えたニワ・カイチが現代へやって来た。ほら、繋がった」
「……一応、理屈ではあるが、こじつけに近くないか。燃料の問題とか、その辺はまるで無視か」
白戸先生はやはり、難しい顔のままだ。
いや、元々そんな顔だけれど、これはやはり納得していないのだろう。
「ああ、俺もそう思う。何、プロットってのは、ホント大筋でいいんだ。何故そうなったかは、後で考えればいい。燃料も、魔力を代用するとか別ルートで未来から持ってくるとか、色々やりようがある」
「別ルートとか、どんどんややこしくなってきていないか……?」
「だったら、ニワ・カイチ視点で時系列順に整理しよう」
ジョン・タイターがメモを翻すと、手品のようにそれはノートに早変わりした。
そして、それに今の話を書きだしていく。なお、太照語である。
・千五百年前
ユフ一行と皇帝軍の戦いが始まる
ニワ・カイチ、チルミーの暴走した時間流に巻き込まれる
・現代(正に今)
ニワ・カイチ、シティムに降り立つ
現地の人間の助けを得て、この地に追い詰められたチルミーを討つ
用意してあったタイムマシンで過去に帰還する
・千五百年前
ユフ一行、全員揃い再び皇帝城にて最後の戦い
ニワ・カイチ、ユフ王に仮死の術を授ける
同じく狼頭将軍には、転生の術を授ける
タイムマシンで未来へ移動
・現代(現在から何週間か何ヶ月か前)
ニワ・カイチ、ヒルマウントで仮死状態だったユフ王を甦らせる
チルミーがヒルマウントに落下
チルミーを保護していた、現代に残る青羽教の支部を潰していく(また、囚われていた科学者達を救出する)
普通に生きていた龍のレパートと合流、狼頭将軍も転生を果たす
グレイツロープの百貨店にて、狼頭将軍の武具を回収
チルミーをシティムに追い詰める
過去のニワ・カイチが、シティムに降り立つ
ここまで書くと、ジョン・タイターはペンを動かす手を休めた。
「この流れでどうだろう?」
白戸先生が唸る。
「……そもそも、何の話をしていたのか、忘れそうになるな」
言われてみれば、僕も忘れそうになっていた。本当に何故、こんな話になったんだろう。
「仮にニワ・カイチとチルミーが現代で戦うとして、そこに到るまでの辻褄合わせの話だろ?」
「まあ……ジョン・タイターだったか、君の話は分かった。そもそも些細な疑問だったんだ。裏の設定をちゃんとしているというのなら、俺はこれ以上、何も言うまい」
「これ以上言えば、難癖っぽくなってしまうからの」
それまで黙っていたケイが、ようやく口を挟んだと思ったら、すごい余計な事だった。
「……思っていても、そういう事を言わないでもらえるか」
「で、長くなったが肝心の主役二人を妾達は見ておらぬのじゃ」
と、周囲を見渡す。
僕達は、寺院前の境内というか広場を正面から見ており、すぐ手前から四角くロープが張られている。
周りには少なくないギャラリーに、プロ使用のテレビカメラもあちこちに設置されている。そしてソルバース財団のジャケットを羽織ったスタッフが、忙しげに動き回っていた。
向い側には例の、よく分からない横長棒の装置。
……そして、イベントの主役になるはずの二人は、なるほどまだ出ていない。
「控え室ってあるのかな?」
「控え室はあるが、そこまで行く必要はなくなったな」
ジョン・タイターの言葉に応えるように、左の観客が割れた。同時に、何やらため息のようなモノも伝わって来た。……何だ?
「出て来ました」
「ほう」
左手のため息が、今度は境内全体に広がった。
青い髪に青い翼の有翼人。
女性的とも思える整った顔立ちの中でも特に印象的なのは、愁いを帯びた眼差しだ。
服装は、伝承に伝わる通りの半袖シャツにハーフパンツ、そしてサンダルという出で立ちである。
その進む道を阻む人は誰も無く、彼はロープをふわりと跳び越え、中に入った。
地面には着地せず、足を組んで待機する。まるで見えない椅子でもあるかのようだ。
「……ビ、ビックリするぐらい、綺麗な人ですね」
「そりゃまあ、チルミー役だからな」
声を震わせる園咲女史に、白戸先生が答える。
「こう言っちゃ向こうの人に失礼かもしれないけど、ウーヴァルト俳優とか、あっさり凌駕してないか……?」
ケイの作ったカード型カメラを構えようとした僕を、ソアラさんが制した。
「あ、すみません、相馬さん。撮影は禁止になってます」
「っと、すみません」
基本、ほとんど内々のイベントなので、その看板を用意していなかったらしい。
僕は謝罪し、カメラをポケットにしまった。
「もう一人の主役は……ああ、あれかや」
「あれだ」
右手の観客が割れ、紺をベースに白と金で縁取られた時代がかったローブの青年が入ってきた。
髪は黒髪、目は黒目。
お世辞にも美形とは言い難いが、ヤンチャ小僧の面影の中にふてぶてしさが滲み出ている。
ジョン・スミスだ。
そしてその顔は、やはり僕らのすぐ近くにいる弟にとてもよく似ていた。
それには白戸先生も気付いたようだ。
「君の親戚か何かかね」
「一応、兄って事になってるかな」
「こう言っちゃ何だが、魔法使い役としてはいまいちだと思うんだが」 白戸先生の感想に、ジョン・タイターは笑った。
「ああ、それ褒め言葉だ」
「ですね」
「うむ、だからこそ皆油断する」
「あの俗っぽさにどれだけの人間が騙されたことか……」
ペンドラゴンさん、アヌビス、ソアラさんと順番に同意を示していた。
そして、サウスクウェア老はしきりにメモを取る手を走らせていた。
「ふむ、格好や立居振舞から既に騙しに掛かっていると……なかなか、興味深いですな」
「嬢ちゃんや、彼らの名前は何というのかの。それなりに演劇には詳しいつもりなのじゃが、あの面構えはとんと見たことがないのじゃが」
爺ちゃんが、ソアラさんに尋ねた。
「チルミー役の方はクレジットはありません」
「ほ?」
「全て機密扱いです」
「ほほう、ソルバース財団の、いわゆる隠し球という奴かの」
「そんな所です。ニワ・カイチ役の方はジョン・スミス。こちらは公表可能になってますが……まあ、今回のリハーサル次第ですね。そろそろ始まりますよ」