欠けていたエピソード
「クイズ番組?」
広場の向こうには、何やら妙な装置が設営されていた。
いくつかの柱で支えられた、横長の棒だ。
中央にはデジタル表示のタイムカウントがあり、左右に液晶だろうか長細いバーが伸びている。
スタッフがスイッチを押すと、バーは黄色と赤の交互に点滅していた。
「それにしては、解答者席がないの。それともこの国では席はフリーなのかや」
「椅子そのモノがないクイズ番組とかあまり……いや、ない事もないけど、そういうのって普通、多人数の場合だよな」
それに、そもそもクイズ番組とは違うような気がする。
「……何か見覚えがあるんだよなあ、アレ」
「奇遇じゃな。妾もじゃ」
何だろう、すごく馴染みがありそうなのにそれが何なのか思い出せない。
「ちなみに、クイズ番組ではありませんよ。演劇です」
と横から教えてくれたのは、ペンドラゴンさんだった。
「まさか二日連続で演劇を観る事になるとは思わなんだのじゃ」
「演目は、レパ……あ、いや、ソアラさん?」
口元を押さえるペンドラゴンさんから、ソアラさんに説明役が代わった。
「これは一種の実験的な劇でして、一般公開するかどうかは不明なんですよ。ある種、ちょっと派手なリハーサルみたいなモノと考えて下さい。そしてその演目ですが……ニワ・カイチと青き翼のチルミーのお話はもうご存じですね?」
「当然じゃ」
もちろん僕も、憶えている。さすがに昨日今日、それも実地で学んだ話を忘れるほど、記憶力は落ちちゃいない。
「戦闘中に消失したって話ですよね。そして、しばらくしてニワ・カイチだけは戻って来た」
だが、その詳細は不明のままだ。
その間に何が起こったのか、どうやって戻って来たのかは、現在でもまったく分からないままでいる。
ふん、とソアラさんの横から、ジョン・タイターが現れた。どうやら作業は終わったらしい。
「そう、これはその消えていた二人の間に起こった出来事を語る劇でな。つまり、連中は遙か未来にタイムスリップしていた! そしてそこで戦いが繰り広げられたのだ! という内容だ」
「……何か、その紹介だと恐ろしく陳腐ですね」
途端に、ジョン・タイターは苦虫を潰したような顔になった。
「別に俺が考えた訳じゃ……訳じゃ……」
「脚本はこの人、ジョン・タイターさんという事になっています」
「なっているんだ……何故かな」
ソアラさんの紹介に、ジョン・タイターは深々と溜め息をついた。心なし肩も落ちている。
「そのように、血反吐を吐くように言わんでもよいと思うのじゃが……」
ケイが頬を掻き、その後ろにいた白戸先生が手を挙げた。
「一ついいだろうか。俺もユフ王の物語なら一通り知っているが、そも何故、この時代に飛ばされた? その辺の解釈はされているのか?」
その疑問に、ジョン・タイターは肩を竦めて答えた。
「それを言えば、どの時代なら納得するのか、という話になるな。飛ばされた要因については、時空を操ると言われていたチルミーの力の暴走という事にしている。千五百年前の戦いの最中、頭にあった飛び出た一房の毛、これを奪われたのが痛かった。能力を制御出来なくなり、ニワ・カイチを巻き添えにこの地にやって来た……という筋書きだ」
そして、とジョン・タイターは付け加える。
「その途中、チルミーとニワ・カイチははぐれてしまった。チルミーは今から数日前、ヒルマウントの地に墜落した。そしてそこにあった青羽教の支部に保護された」
「待て、現実にあった事件も絡めるつもりなのか?」
白戸先生が目を剥いた。
「そう、支部が潰され、彼はグレイツロープ、ラヴィット、シティムと渡り、そして今この地で追い詰められた」
ジョン・タイターが話を区切る。
その視線を追うと、いつの間にか園咲女史が離れた場所で獣人……アヌビス・クルーガーと何やら話をしている光景が目に入った。
園咲女史は何度も頷き、やがてこちらに駆け寄ってきた。その後ろを、アヌビスがついてくる。
「ん、園咲、話は終わったのか」
「は、はひっ! 無事に、その、何とか……!!」
園咲女史がアヌビスを振り返ると、彼女は澄ました顔で一言だけ。
「問題は、ない」
「で、でで、です」
ガクガクガク、と園咲女史が何故か緊張した面持ちで、肯定を繰り返す。
ふむ、と白戸先生が顎に手をやり、首を傾げる。
「そういえば君は獣人だが……それに、金髪の子もいるな。園咲、お前を青羽教から助けてくれた言うのは……」
「た、た、ただの偶然ですよ!?」
「そうか……まあ、お前が言うのなら、別に構わんが……」
どうも深く追求してはいけない雰囲気のようで、白戸先生も黙ることにしたようだった。
そして、話の続きを思い出したらしい。
再び、ジョン・タイターに向き直る。
「すると、ニワ・カイチはチルミーよりもずっと前に、この時代に落ちて来たという事か。そうでなければ、青羽教の支部がこのタイミングで襲われるという事はないだろう」
「いや、それは単なる偶然じゃないのか? そういう事もあるだろう。たまたま、謎の襲撃にあって、チルミーが渡り鳥よろしく各地を移動した。苦しいかもしれないけれど、誰が襲撃したかはこの演劇の本題じゃない。俺の説明は、とにかくチルミーのルートはこうだった、というだけにすぎないからな」
「む、う……」
ジョン・タイターの説明に、腑に落ちないという表情を見せる白戸先生。
それをフォローするように、ジョン・タイターはメモを取り出し、何やら書きだした。
「だがまあ、そこの指摘は手直しの必要があるな。合理的な説明があった方がいい」
「ああ」
「例えば五日前、ユフ王の墳墓が中から荒らされたという事件があったな。そう、実は襲撃者はユフ王その人だった、とかどうだ?」
「罰当たりも甚だしいな!?」
たまらず白戸先生が叫ぶ。
「何、戯言の中から新しい物語が生まれることはよくある。そうなってくると問題になるのは、この時期にユフ王が甦るのは偶然かって話だ。それでもいいが、そうだな……例えば龍のレパート。龍は長寿という話だ。もしかすると千五百年前から今まで生きていてもおかしくはない。彼女が、王復活のための何らかの儀式を行なった、とかどうだろう」
ジョン・タイターの話を聞きながら、何故かソアラさんが苦笑いを浮かべていた。