皇帝夫妻の私室
玉座の左手から、僕達は皇帝と皇妃の私室に入った。
要するに寝室である。
天蓋付きのベッドを始めとした見るからに高級そうな家具。
ただ、残念なのはそれらが皆、金箔でコーティングされているという点か。個人的にはちょっと悪趣味だ。
そしてそれとは別に気になる点が、一つ。
「……こういうのってさ、普通は王様の部屋とか復元しないものかな? この場合はユフ王治政の城内って意味で」
皇帝の居城は、ユフ一行との戦いの後、修復されて長らく王城として機能していた。
ならば、ここは皇帝の私室としてではなく、ガストノーセンの王家の私室になるべきではないのだろうか。
「まあ、そうじゃの。しかし、王の遺言でここを破棄する時は、前皇帝の居室を再現するようにとあったそうじゃ」
「何でまた、そんな面倒な」
まさか、死者を尊べ、という話でもないだろう。
こう言っては何だけど、尊ぶ対象として間違っていると思う。
「妾達ですらそう思うのじゃから、当時の職人達はもっと不可解な気分だったであろうのう。ちなみに先ほどの謁見の間、屋上から幾つも旗が垂れておったであろ。アレもオーガストラ神聖帝国時代のモノじゃ」
「……王様本人が許可してるとは言え、何か国的には微妙な気がする。その帝国に勝ったんだろ?」
「観光資源として活かしたという事ではないかのう。ぶっちゃけタダの城よりは、あの六禍選の間などがあった方が確かに面白いのじゃ」
「それもまあ……そうか」
建物というのは人が入らないと朽ちるという。
このガストノーセンの初代国王が仲間と共に駆け抜けた戦場の再現、という事ならば、実際観光客の訪問で毎日賑やかだろう。
ついでにお金も落としていってくれるので、国庫も潤うという訳だ。
「とまれ、ここが終点じゃ。皇帝と皇妃の私室の感想はどうじゃ」
「絢爛豪華」
なお、家具が金箔貼りなのは先述の通り、壁紙も金糸が縫い込まれているわで、とにかく目に優しくないお部屋である。
「うむ。さすがアレの親じゃの」
「ユフ王の」
「違う」
ボケてみたら、一蹴されてしまった。
半分は正解だけど、正しい答えは言うまでもなく、黄金の皇子オスカルドである。
「眩しすぎて落ち着かないというか、アイマスクでもないと眠れそうにないな、この部屋」
「さすがに暗くなれば……いや、ランタン程度でもきついかもしれぬの」
通常の光でこれだけ反射して、僕達の目を細めさせるのだ。
例え灯りの一つでも、煌々と輝くのは想像に難くない。
「ここはここで、掃除係泣かせな部屋だよな。手間的な意味で」
「うっかり宝石の一つをくすねて首を刎ねられた輩がおっても……」
ケイはキャビネットに埋め込まれている紅玉に視線をやる。
「……無理じゃの。本人どころか家族恋人親戚縁者まで処刑されかねぬわ」
「まあ、皇帝陛下のお部屋だからなぁ」
そういえば、宝石類も多い。
宝石箱の中には本物かレプリカか知らないが、色とりどりのそれがひしめいていた。
城の出口は裏手だったが、そこもまだ城内だった。
と言うのも、城壁があるからだ。
城と城壁の間の通路は舗装されており、定期的に多人数用の電動バスが巡回しているらしかった。
無料のそれに乗り、僕達は正門前に戻ったのだった。
「まだ、ずいぶんと明るいな」
今度こそ本当に城を出て、僕は青い空を見上げた。
やや日は傾いているけれど、没するにはまだ何時間かあるだろう。
「結構歩いて、大体三時間弱……ふむ」
「そろそろ気は済んだか」
どうするかな、と二人で考えていると、後ろから声が掛かった。
振り返ると、白戸先生だった。
「あ、先生」
もちろんその後ろに園咲女史と爺ちゃんもいる。
「妾としては、まだ一つ心残りがあるの」
「お、そりゃ奇遇だな。僕もだ」
「まだ、あるのか……」
僕達の会話に、白戸先生はどこかうんざりしている風だった。
それをフォローしてくれたのが、爺ちゃんだった。
「まあまあ、そう言わずに。それは時間の掛かるモノなのかの?」
「いや、帰り道にあるんだよ」
「やはりそれか」
という事は、ケイも同じ事を考えていたらしい。
「ああ、まあ見て帰れるんなら、悔いのないようにしときたいなってレベルなんだけど」
「うむ、気になったまま飛行機に乗っては、眠れぬかもしれぬしの」
「その……気になるモノって何ですか?」
控え目に手を挙げたのは、園咲女史だった。
「それが妾達にも分からぬ」
「ツインサム寺院ってトコでイベントやるらしいんですよ。ソルバース財団が」
ただ、内容はケイも言った通り、不明なのである。
だから、気になる程度なのだ。
「それは確かにちょっと気になりますね」
はい、と園咲女史も興味を抱いたようだった。
「おい」
ミイラ取りがミイラになる……じゃないけれど、確実にこちら側になりそうな仲間に、白戸先生は声を上げる。
「まあ、要は帰り道なのじゃろ? 幸いまだ日も高いし、歩いて駅まで戻っても問題はなかろうて。そのついでじゃ」
「そう、ついでです」
爺ちゃんと僕は、生真面目な表情で頷いた。
それを見て、白戸先生は溜め息をついた。
「……何というか、その顔に血筋が見えるぞ」
「いわゆる隔世遺伝じゃの」
うむうむ、とケイが納得していた。
そんな訳で帰り道。
「イベントという割には、それほど混雑しているようには見えないな」
人の行き来はもちろんあるけれど、それはあくまで大きな都市では平均的。
イベントに向かう……という気配の人間はほとんどいないように感じられた。
「ですね。町の人も気がついていない感じがします」
園咲女史もちょっと不思議そうに首を傾げる。
「もしかすると内々のイベントの類じゃったのかもしれぬの。ならばやはり、妾が聞きに行って正解だったではないか」
ふんす、とケイが胸を張った。
「はいはい。確かにえらいです」
「ここからツインサム寺院ですと……それほど遠くなかったですよね?」
園咲女史が、爺ちゃんの広げていた地図を覗き込む。
「ふむ、歩いて五分ちょいと言ったところかの。ま、健康には良いわい」
「うん、あまり歩くと、また腹が減ったとか訴える奴が出るし、これぐらいがちょうどいい」
「ぬお、ススムよ。あそこに旨そうな揚げ芋を売っておるぞ!?」
「って言った傍からこれかよ!?」