紫電龍帝レドラガン・オーガストラ
食料庫を出た僕達は、広い廊下を歩き、両開きの扉を潜って謁見の間に入った。
「そして来ました、最終ステージ。ドラゴンが出現しても暴れられる」
「冗談抜きで、可能そうじゃのう。一体何人入るのやらじゃ」
部屋は縦に長いが横幅も相当で、競技用のプール施設ぐらいはあるだろうか。
両側に太い柱が並び、中央には赤い絨毯が敷かれている。
高い天井からは、同色の旗が柱の間隔に合わせて、垂らされていた。
天井を見上げると、ドームのようなそこには宗教画らしきモノが描かれていた。絵の名前は知らないけど、天使と悪魔、龍と魔物と亜人と人が剣や槍を交えている、最終戦争っぽい絵画だった。
「……一応三階建てみたいだけどこれ、実質五階以上あるよねぇ」
両サイドには吹き抜けの通路が二層。
皇帝を見下ろすとか何となく不遜な気がするし、多分ここはダンスホールか何かにも使用されていたんじゃないだろうか。広さとしては申し分ないし。
それにしても、玉座までの距離が長い。これ、表彰されたりした人達、皇帝の前に着くまでに、緊張で心臓麻痺起こして死ぬんじゃなかろうか。
「ちょいと向こうまで行って戻ってくるまでで、一苦労と言ったところじゃの」
「よしケイ、ゴー!」
「妾は犬か!?」
などとボケた事をしながら、他の観光客達と共に玉座に向かって歩く。
絨毯の敷かれていない床はつるつるで、天井の灯りを反射している。
「それにしてもホント無駄に広いな。掃除係泣かせというか」
「……何人ぐらい使うのじゃろうのう」
部屋の真ん中辺りまで来ただろうか、ケイが足を止めたので僕もストップした。
「ま、とにかくここで皇帝とユフ一行は戦ったそうじゃな。近衛兵は皇帝と同じく龍の血を飲んだモノが四人。戦の直前に飲まされ、おそらく先は短かったという。主人公側が非常識故に、こちらも少数精鋭にならざるを得なかったのじゃろうの」
「ぶっちゃけるなあ」
「言い伝え通りの性能ならば、まず勝ち目はなかろうて。一方皇帝――紫電龍帝レドラガン・オーガストラはたった一人といえど、その力は恐ろしいモノじゃったという。おお、あれがそうじゃの」
ケイは右に視線をやった。
それを追うと、柱と柱の間にイーゼルが置かれ、絵画が飾られていた。
他にもいくつか、飾られているようだけれど、ケイによればそれらは別の時代のモノなので、今の僕達には関係ないらしい。
近付いてみてみると、立派な甲冑にマントを羽織った、銀色の髪と髭を持つ壮年の男性が描かれていた。
右手には、太い装飾のされた剣、左の脇に龍を模した兜を抱えている。
体格的にはやや小柄っぽいけれど、貧弱という表現とは無縁の体格だ。
それにしても、こういうの飾られてもいいんだろうか。
「……一応、今の王族からすると、敵だよな?」
「やっつけたし、物語の主役は初代国王じゃからよいのではないかの? 観光用じゃし」
「何というアバウト」
絵の中の床は、どうやらここと同じのようだ。
ただ、薄暗い室内には、雷の柱がいくつか落ちている。
「何か背景に雷とか出てるんですけど、これ」
「言い伝えではまさしく雷を操ったとか言う話じゃの。……手から雷を放った、という言い伝えなので屋根があっても問題はなかったそうじゃ」
天井を見上げていた僕を、ケイが振り返る。
「こほん。それにしても不吉な顔だなぁ」
咳払いをしながら、皇帝の顔を見た。
顔というか目つきだ。眼光は強くあるがどこか病的というか「この人大丈夫か?」と心配になってしまう。隈も目立つし。
「龍の血を飲み、若干精神に問題が出来たそうじゃからの。そういう意味でもこの絵は忠実という……あ」
「何だよ、今の最後の『あ』って」
「いや、うむ、この絵を描いた宮廷絵師じゃが上手に描きすぎて、首を刎ねられたそうな」
「物騒な国だなあ、おい!!」
いい加減に描いたら描いたで叱られそうだし、一生懸命描いても殺されるとか。
「雷を使う他、戦士としても優秀だったそうじゃ。あの剣や甲冑も龍の素材で出来ており、軍場では自ら先陣を切ることもあったという」
「兵を束ねる立場として、それはどうなんだ……」
「じゃが、士気は最高に高まるのじゃ」
「ま、そりゃもっともだ」
「伝説では剣の一振りで三十の兵を斬り、槍を振るえば敵を貫いたまま彼方まで飛び、どのような武器も魔術も通じなかったとか」
さすがにそれは、嘘だと思う。
「『ぼくのかんがえたさいきょうのせんし』か」
「妾もそう思う。なお、この戦いにおいて最初に通じたのは、ニワ・カイチの床を弱める魔術だったそうな」
「……落とし穴っ」
また、しょっぱい攻撃が先制を取ったなあ。
ケイは、皇帝の絵を指差した。
「そしてこれが、第一形態」
「待て、まるで変身するみたいじゃないか」
僕のツッコミに応えず、そのまま左手にある絵に移動した。
「こちらが第二形態じゃ」
紫色の龍が後ろ足で立ち、両手を挙げて威嚇する絵がそこにはあった。
「ドラゴンキター!!」
「言い伝えによると、理性ぶち切れ状態、とも言ったそうじゃの」
「それは絶対に嘘だ!!」
「ま、人の姿を保とうとしておったが、もはやそれすらも叶わず、肉体が変容したという事らしいの。そして我慢せずに済む分、体力、耐久力、魔力、あらゆる力がどんと来い状態だったとか」
「……建物、無事で済んだのか、それ」
この絵だと、龍の大きさはちょっと不明だけれど、さすがに天井には届かないと思う。
が、それもあくまで、動かなければの話だ。
こんな生物が戦ったら、この部屋は多分、持たない。
「や、壊れたそうじゃの。ほぼ廃墟状態にされて、この間は修復されたモノなのだそうじゃ。ま、そうでなければ、ユフ王も仕事が出来ぬわな」
そりゃそうだ。
「なお、現在の王族は妾達が生まれるより遙か昔に、ここから離れた別の建物に移っておるぞ。ま、大暴れしてもこの広さじゃ。壊しながらでも戦闘は続いたのじゃろうな」
「……なあ、向こうにまだもう一枚、絵があるんだけど」
他にも何枚も絵が並んでいるのは、先述の通りだ。
ただ、ちょっと気になるのは、床に矢印の書かれた紙が張られている、という点だ。これって絵がまだ続いているって事じゃないか?
「ああ、第三形態……というべきか」
「まだ、変身残してたのかよ!?」
「正確にはちと違うのじゃ。ユフ王の物語はつまる所、本人主観では養父の敵討ちじゃが、大きな視点で見れば苦しんでいるこの地の民を救った者のお話じゃの。皇帝を倒し、めでたしめでたしじゃ。しかし、忘れておらぬか。まだ倒されておらぬ者が、チルミーを除いても一人存在しておる」
「皇妃か」
「左様。空の舞い手ノインティル。オーガストラ神聖帝国が強大に成り、暴走した真の黒幕。ラスボスじゃの」