食料庫
食料庫、と事前に聞いて僕が頭に思い浮かべたのは薄暗い、棚の並んだ空間だった。
足下は簀の子が張られているような。
と思ったら、全然違った。
「ここが倉庫……それも食料庫だったそうじゃの」
一旦外、城と城壁の間にあるスペースに出て、そこにあった大きな石造りの建物、それが食料庫だった。
灯りは見当たらない……けど、確かにあるのだろう。
オレンジ色の照明が、僕達を照らしている。
棚は一切なく、代わりに石柱が左右に幾つも並んでいた。
中央が、広い空間になっている。
「何か資材全部取っ払った工場みたいなんだけど」
「言い得て妙じゃの」
足下は石畳。
空気はヒンヤリとしており、そういうところはちゃんと食料を保存できる造りなんだなあと思った。
「やっぱ城内の人全部を賄うから、こんなに大きかったのかねえ」
同人誌即売会の会場一つ分ぐらいはありそうなスペースだった。
……といっても一般の人にはピンと来ないか。
イベントホール一つ分、と言い直そう。
「一説には、龍をこの蔵に収めておったそうじゃの。故にこの大きさだったとかいう話じゃ」
「あー、そういえば皇帝がそんな話を……」
それからふと、頭に浮かんだのはレパートのこと。
この手のお話で同族が絡むとすると、大抵それはドラマチックな展開になる。
「……あれ? もしかしてその龍って……」
つまり、そこにある龍の死体とは。
「うむ、まああれじゃの。お話では、六禍選を倒してここまで来たレパートには、ショックだったとあるのう」
ケイも言葉を濁した。
「そういう事か。皇帝との因縁が強まった……!!」
それを見たレパートの心境は如何ばかりだっただろうか。自身に通じる、何らかの面影はあったのかもしれない。
「ある意味、もう一つの親子対決じゃの。あくまで血肉レベルじゃが」
「でも足りなくて、皇帝は更に龍の血肉を欲した、と」
いや、足りないっていうのとはちょっと違うのか。
もしそうなら、大量の龍の死体、っていう描写と合わない。
「ニワ・カイチの書物によれば、当時ここには他にも大量の龍の死体があったそうじゃ。それを考えると……味とか体質の合う、合わないがあったのではないかの?」
「合わないのを食べると、龍の細胞に負けて化物に!!」
顔がトカゲっぽくなり、身体を鱗が覆い、尻尾が生えてくる……。
って、リザードマンじゃん、それ。
ああでも、頭に角とか、背中に翼になってくると変わってくるか。
「……末期は相当、脳をやられておったそうじゃの、皇帝。欲望に歯止めが利かず、本能が強まり、城内を徘徊しておったとかいう逸話もあったそうじゃ」
そして、夜それに出会った、出会ってしまった女中が次々と餌食になったという。もちろん性的なそれではなくて食欲的な……うん、なお悪い。
「狂皇って奴か」
「ま、六禍選という一騎当千の戦力があったからまだ何とかなっとったのかもしれぬが、後の歴史家から見ればその侵攻の進め方は戦略的に『正気の沙汰とは思えん』というモノだったそうでもあるし」
「ううむ……」
腕を組んで、何もない倉庫を見上げるケイに視線をやり、僕は唸った。
「……何ていうか、パンフレットを丸暗記してるだけの筈なのに、すんごいしたり顔で解説されているような気がする」
「わはははは」
笑って誤魔化しやがった。
なお順路としてはここはほとんど通過点に過ぎない。
……ちょっと、端から端まで歩くのにも、大変だけど、観光客の数がいくらそれなりと言っても、せいぜいが数十人。前述の同人即売会等とは比較にならないぐらい、スペースには余裕がある。
「これまでのパターンだと、ここにはその龍の死体の模型とかあってもおかしくないんじゃないか? 単にガランとした倉庫を見せられてもなぁ……」
「骨すら残っておらぬの。これに関しては後に龍の使者がやって来て、ユフ王の許しを得て全てどこかに持ち去った……という伝承があるようじゃ」
幸いケイの解説があるので、退屈はせず、想像はする事が出来た。
「どこか、ね。あれか、別次元って奴か」
確か龍はケイの説によれば、もう一次元上の存在、つまり四次元の生命体だったという。
「ま、違う世界のお墓に埋葬したのじゃろう」
四次元って、どういう所に死体を埋めるんだろう。
「もしくは骨をバラ撒くとか」
「ああ、そういう埋葬方法もあるの」
「空から地上へ」
「大迷惑じゃの!?」
海に骨をバラ撒く、という埋葬方法は聞いたことがあるけど、はて、空から撒いたりとかあるのだろうか。
……と思い、帰国後調べてみたら、本当にあった。
何でも空からヘリコプターで撒く、散骨というのが存在するらしい。
閑話休題。
「さてここからは単なる戯言だけど」
二人並んで歩きながら言う。
「よいぞ、聞こう」
「……龍の肉って、旨いのかな」
「何という、お腹の空く話題……!!」
ケイがお腹を押さえた。
「だが、これは外せないだろう腹ぺこのじゃロリとして」
「そんな称号はいらぬわ!?」
なんて突っ込みながら、ケイは額に指を当て、パンフレットの中身を思い出そうとする。
「……一応、その辺の記録もあったそうじゃの。料理人のメモとか」
「あ、そうか。作る人間はレシピも残すか」
「うむ。ただ、何人も味見の時点でぶっ倒れたそうじゃ。ほれ、何せ肉自体が劇物じゃからの」
そして増える、リザードマンの出来損ない。
いや、本来のリザードマンに失礼だけど。
「しかし、どうしても想像出来るのはステーキと赤ワインじゃの」
「あ、それ僕も同じ」
ドラゴンステーキは、ファンタジーの世界では鉄板の豪華料理である。
ステーキだけに鉄板。ごめん、言ってみたかっただけ。
「カツ丼とかじゃ、俗っぽすぎるもんな」
「……お主、それはこのガストノーセンでは、ましてや宮廷ではそもそもないメニューじゃろ」
ケイに、呆れられた。
「ニワ・カイチ辺りなら作ってもおかしくないと思わないか」
「後にこの城で世界初のカツ丼を食べる事になった英雄・ユフ・フィッツロンであった……いやな記録じゃ」
もちろん、そんな記録はないそうだ。
「ところで次がアレか」
「うむ……いよいよ謁見の間じゃ。いわゆるラスボスステージじゃな」
「まさか千五百年前の人間も、そんな風に呼ばれるとは思わなかっただろうなあ。約一名を除いて」
「それもまた、あの魔法使いは言いそうじゃのう」
この城巡りも大詰め、僕らにとってもユフ一行の旅にとっても、次が最後の大舞台だ。
なお、この異世界には普通にリザードマンは存在します。
あと獣人とか虫人とか、第一章の冒頭でモブ登場していたりです。