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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第五章 古都・シティム
140/155

透明と白と黄金

 不明不在のプリニース。

 前六禍選筆頭であるその老人の部屋は、また一風変わっていた。

 補強用の枠で支えられた壁の一面、それに天井がガラス張りだったのだ。

「知ってるぞ。これ温室って言うんだ」

「夏の日差しがきつそうじゃのう」

 今日はいい天気なので、その太陽の日差しがなかなかに眩しい。部屋一杯に陽光が広がっていた。

「こういう環境って、本が傷んだりしないのかな」

 なお、本棚やテーブル、椅子も透明だ。

 ガラスじゃなく、何らかの鉱石だと思うんだけど……さすがに本棚に並ぶ書物は透明ではない。

「あまり保存に適した環境とは言えぬの。ちなみにここにある書物は複製(レプリカ)じゃ」

「分かるのか」

「うむ、匂いでの」

「犬か」

「書物には独特の匂いがするのじゃ」

 言われてみれば、書店には独特の匂いがする……ような気もする。

「……ただ、この季節にはなかなかいい感じの部屋だな」

 極端に寒い、という程じゃないけど、この部屋は日差しのお陰で暖かだ。

「うむ。ただ、城の防御力としてはここは、最悪じゃのう」

「矢で一発貫通だしねえ」

 さすがに、この透明な壁が頑丈という事はないだろう。

 趣味にしても、酔狂が過ぎる部屋だ。

 着替えとかどうするんだろう……と思ったけど、ここで着替えるとすれば、もう開き直るしかなさそうだ。

 なお、クローゼットに並んでいるローブは書物類と同じく、ちゃんとした布製である。

「実際、ここにいるとなるとプライバシーもへったくれもなさそうだな」

「丸見えじゃからの」

 まあ、この部屋自体は実は二階なので、見上げてもほとんど見る事は出来ないのだが、城壁やら展望塔からだと、普通に覗く事が出来る。

 こちらからそれらが見えるというのは、そういう事だ。

「おまけにここの家具は、冗談で作ったとしか思えない」

「下働きのモノは壊さぬか不安で、異様に緊張しそうじゃしのう」

 そしてケイは、頭に指をやる。

 パンフレットの内容を思い出したのだろう、やがて顔を上げた。

「うむ、検索完了。夏場の件じゃが暑い時はドルトンボルの部屋に通っておったらしい。冷たい飲み物も出るようじゃし」

「迷惑な先輩過ぎる!!」


 次の部屋は白一色、縁は細かい金細工で飾られた、品のいい部屋だった。

 天井にはシャンデリアが輝き、テーブルやソファ、キャビネットもよく手入れされているようだ。

「帝国幹部らしい部屋だなぁ……もしかすると初めてじゃないか、これ」

「うむ、一番()()()の。ただし、部屋の主の性格は最悪じゃったらしいがのう」

 そういえば、と思い出す。

 白々しきワルス。

 元は農奴の子供で、その精神も年相応。

 能力は言葉に強制力があり、人間どころか動物もそれに従ってしまう。

 そして、その力を存分に振るった『暴君』でもあるという。

 そりゃまあ、自分の言う事を皆、何でも聞いちゃうのだ。我が侭になってもしょうがないだろう。

「いわゆる子供の残酷さ」

「なまじ何でも出来ると、止めるモノがおらぬという事じゃな。待つのじゃ。何故妾を見下ろすのじゃ!?」

「いやいやいや」

「わ、妾はそこまで我が侭ではないぞ!?」

「ああうん、そうだねえ」

「その生暖かい目は何じゃー!?」

 などという小話のような展開もあったが、話を戻す。

「ま、気を取り直してつまりあれか。いわゆる貴族っぽい振る舞いをする奴だったって事かな。プライド高そうだなあ」

 何せ、部屋に自分の肖像画を置いているのである。

 白いタキシードを着た、癖のある茶髪のそばかす少年だ。

 ……相当、自己陶酔が入っていたと、精神分析医じゃなくても分かってしまう。

「実際高かったそうじゃの。城仕えの下女で最も()()されたのが、この部屋勤めの者だったそうじゃ」

「この部屋担当=死刑宣告みたいなもんか……また物騒だな」

 それからふと、思いついた疑問をケイにぶつけてみた。

「ちなみに一番人気は?」

「聞くまでもなかろ。緑じゃ」

「ここに来て、まさかのドルトンボル株爆上げ……!!」

 あの部屋は、正に憩いの場だったらしい。


 最後の個室は、黄金色に輝いていた。

 壁も、天井も、床もである。

 シャンデリアも暖炉も、テーブルもソファも、本棚もスタンド式の鳥籠も、全部。

「そしてここが――」

 僕はケイの言葉を遮った。

「ああうん、消去法以前にこんな変な部屋使うのなんて、ここまでの登場人物で一人しかいないよ」

「本当に目に毒じゃのう」

 なお、壁にぶつからないように、という配慮か等間隔にポールが立てられ、腰ぐらいの位置にロープが張られていた。

 まあ触ろうと思えば触れるんだけれど、抑止力としては効果はあるだろう。

「手癖の悪い人間とか、たまらないんじゃないかな。それとも、全部レプリカとか?」

「いや、基本全部本物らしいの。ただ……」

「あ」

 ケイが、部屋の天井端に視線をやった。

 するとそこには、監視カメラが設置されていた。

「そりゃそうか」

「一応、お触り禁止なのじゃが、その上での警備とな」

「当然と言えば当然の措置だろ。……鳥籠まで高級そうだ。これ一つでうめえ棒幾つ買えるのかな」

「買う物の単位が、それかや」

 黄金製なのか、メッキなのかは分からないけれど、とにかく細工の細かいスタンドで、僕の頭よりもやや高い位置で、その先端がへにょりと曲がっている。そして、そこに鳥籠が吊されているのだ。

「……コロリチョコとか?」

「大して変わらぬの!?」

 鳥籠から離れ、小机に目をやる。

 なめした上等そうな革には、複雑な円陣が刻まれている。脇にある小さな戸棚は敢えて開かれており、そこに小さな宝石類が転がっている。

「これは、何だろ。魔方陣?」

「じゃの。ふむ……魔力を込めた宝石を精製するための机だそうじゃ」

 つまり棚の引き出しにあるのは、儀式用の宝石という事か。

 また、別の引き出しには、薄い滑らかそうな布が幾つも畳まれていた。

「こっちの布は?」

「宝石を磨くための布巾じゃの」

 小机から離れ中央のテーブルに移動する。

 四方をロープで守られたそこには、食事のレプリカが並んでいた……が。

「……なあ、スープ皿に入ってるのってこれ、豆じゃないよね?」

「メニューは水銀のワイン、粒宝石入りスープ、珊瑚と真珠のシーフードサラダ、琥珀のステーキ、砂金を練り込んだパンとあるのじゃ」

「すごい無駄な豪華さだ!?」

 料理のメニューというか、素材に問題があった。

「一食でうめえ棒幾つかのう」

「もはや比較するつもりもないんですけど……」

「なお、飼っておったツバメも餌は粒宝石だったそうじゃ」

「聞いてるだけで、その、まともなご飯食べたくなってきた」

「妾達は石を食う習慣はないしのう」

 もはやため息しか出ない。

 僕達はまとめに入った。

「そしてこの部屋で、黄金の皇子オスカルドはユフ・フィッツロンを待ち構えておったという」

「個別戦闘、最後の一対だね」

「うむ。そこの窓から飛び出し、城外での戦となり、最後はセイスイバン大工房で決着がついた……となるの」

 ケイは金色の枠で出来た窓を指差した。

「謁見の間って、もうすぐなのか?」

「厨房、食料庫、食堂の次なので、もうじきじゃの」

「別ルートらしいからいいようなモノの、同じルートをもう一回辿る羽目になったら、大変だったろうな」

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