青い羽根にまつわる収録されなかった短文(2) 前編
前にも語った青い羽根に関する出来事がここでも起こったので、記しておく。
例によって、これは掲載されない、僕の独り言のような記述である。
中途半端な所で区切ってしまったが、事が起こったのは洞窟に入る前、森の広場での事だった。
風が強く吹き、不意に景色がぶれた。
「あ、まただ……」
「ぬ?」
ケイが怪訝そうな顔をする。
何だか見えない波動のようなモノを感じ、僕は内ポケットから青い羽根を取り出した。それを見て、ペンドラゴンさんが目を見開いた。
「それは……!?」
「え……?」
何か続きを言ったような気がしたが、びゅうびゅうと耳元で風が唸りを上げ、よく聞こえない。
そして、景色が薄く滲んだ。
「コイツは……」
視界に色はついているが、どこかセピア調というか、古い動画を見ているような感覚。
そして、広場がすり鉢状に傾斜していない。
同時に、直感で理解する。
ここでは、僕は単なる観察者であり、この風景に対して何も干渉する事は出来ない。
「おやおやおや、何やら観客の視線を感じるんだが……」
道化じみた口調が、耳に届いた。
太照語ではないのに、何故か意味が分かる。
声の主は、ローブを羽織り顎鬚を蓄えた、屈強そうな老人だった。
ふぅむ、と彼は顎鬚を撫でながら僕に視線を合わせたが、微妙にずれている……というか、僕を認識出来ていないようだった。、
「……気のせいか。うん、続き続行コンティニューといこうかセキエン」
「っ……ふざけすぎでしょう、プリニース!」
老人、プリニースが声を掛けたのは、広場の中心の血だまりだった。
いや、眼鏡を掛けた細身の男性だった。血だらけだ。服装からすると聖職者のようだけど……黒いから分かりにくいけど、その服もかなり血を吸っているようだった。
これは……過去の光景だろうか。
前の羽根の力と違うようだけど……プリニースにセキエンと来れば、ここで起きたかつての戦いの光景を、追体験していると考えるのが、妥当だろう。
「ははははは、何を言っているのかな? ふざけない僕に一体、どんな存在意義があるというのかね。道化を貫いてこその不明不在のプリニース! さあ、大盤振る舞いと行こうじゃないか!」
大仰な身振りで手に持った魔導書らしき書物を開くと、そのページが一気に広がった。
風に乗って舞い上がったページが鋭い剣やら槍やら火の矢やら雷やら大量の水流やら岩の塊やら人形やら食いかけのケーキやらに変わったかと思うと、それが一斉にセキエン氏に襲いかかる。
地面が陥没し、セキエン氏を中心に血を混じらせた土煙が上がる。
「あ、こりゃいかん、全部使い切っちゃった」
「後先考えてないですね、本当に!」
土煙が晴れると、両手で印を結んだセキエン氏が姿を現わす。
が、その様はもう見るからに限界だ。動く事すら出来るかどうか。
セキエン氏が袖から小さな人形を取り出し複雑な印を切ると、人形は金色の巨大な獅子となり、即座にプリニースに襲いかかった。
が、彼は避ける気配すらない。
「何、なくなったらなくなったで何とかなるさ大丈夫ノープロブレム無問題!」
スゥッと獅子が、プリニースの身体を通り抜けた。
彼の腕が獅子の頭を貫き、手の動く気配。……おそらく脳を破壊されたのだろう、獅子は白目を剥いて倒れた。
「ううう……こんなふざけた人なのに、なんでこんなに強いんでしょう」
よく見ると周囲には無数の魔物が倒れていた。……言い伝え通りだとすると、セキエン氏は召喚師。その全てが、倒された……と見るべきか。
「そりゃあ君、僕が天才だからさ」
プリニースは袖を漁り、短剣を発見した。
そしてその姿が不意に消失したかと思うと、セキエン氏の真ん前に立っていた。
「く、う……!」
足の動かないセキエン氏が、身体を倒す。
が、完全には避けきれず、その短剣を太股で受け止める事になった。
「僕の事を思い出せるのは、僕が現れた時だけ。それ以外の時間は僕の存在はなかった事になるから、そもそも君が何故、そんなに傷ついているのか、ここにいるのかすら思い出せない。因果が断ち切られているからねえ」
「因果が断ち切られているなら普通、傷も消えるでしょうが!」
転がったセキエン氏とプリニースの間で、またわずかに距離が開く。
「はっはっは、そうはいかない。こういうのをね、御都合主義っていうのさ! さあ、もはや君に勝機がないのはご覧の通り! さっさと諦めたまえ! そうすれば、僕もダービーの後を追って、あの娘さんとお話が出来る」
「……させませんよ。貴方のような変質者に、娘を会わせる訳にはいきません。何をされるか、分かったもんじゃありませんから」
「諦めが悪いねえ。もう、勝ち目はないんだよ? 脳と心臓、どっちを壊されたいのかな?」
「私もただ、怠惰に過ごしていた訳ではありませんから……一方的に、やられるつもりはありません」
「ふむ、じゃあどうぞどうぞ。是非やってみて下さい。僕には、何をしても通じないだろうがね」
「それは、どうでしょうね」
セキエン氏の手がジャラリと鳴る。
そして、小さな礫を投げたかと思うと、それが何十もの兎に変化した。
「おお-、こりゃまた壮観な。で、これを愛でればいいのかな?」
「――行け」
セキエン氏の一声で、兎達が一斉にプリニースに飛び掛かった。
プリニースは薄ら笑いを浮かべていたが……。
「いっ」
兎の一撃が、彼の背中を切り裂いた。
次から次へと兎が跳びはね、その度にプリニースを斬撃が襲う。
「痛っ、いたたたたっ!? ちょ、何それずっこい! 何で君の攻撃が僕に通じるんのさ!? っていうかどうして僕の力が発動しないの!?」
「今の今まで一方的に嬲っておいて、その台詞ですか」
「僕がやるのは、構わないんだよ! ってだから人が話している時に攻撃しちゃ駄目だろ! そういうのは反則だ!」
腕を切断しようとした兎を払い除ける。
「存在自体が反則な人が、よく言う……」
疲れたように、セキエン氏は溜め息をついた。
「……貴方のその、存在を忘れさせる力の正体、ようやく確信しました」
「え!? 嘘!? 分かるはずないだろ!?」
「色を塗っても駄目、臭いが追えない、足跡も辿れない、音が聞こえてもそれすら認識出来ない。消える、透過する、その存在を忘却させる」
指折り数え、セキエン氏はその指をプリニースに突きつける。
「それは正確には自分を消しているんじゃなく、自身をこの世界に溶け込ませる力です。極限まで薄れたそれは、僕達に認識する事が出来ない。究極の偽装の力……そうですよね」
「さあ、どうかなー? ピーピピー」
プリニースは明後日の方角を向いて、下手くそな口笛を吹いた。
「口笛を吹いて誤魔化そうとしても、無駄です。全部試した結果ですから……まったく、骨が折れました」
セキエン氏が、眼鏡の位置を直す。
だけど、何故。
今まで攻撃が通じていなかった(らしい)プリニースに、今攻撃が届くようになったのか。
僕も不思議に思い……不意に、地面に幾筋もの青い光の線が浮かび上がっているのに気がついた。無数の直線が地面をランダムに走り、統一性のない網の目を描いている。
線を結んでいる点は、魔物の死骸……があった場所に残されている、小さく砕けた人形達の欠片だ。
「そうか、この地面の線……結界か!」
プリニースも同じ結論に達したようだった。
「ご名答です」
ちょっと延びた。続きは明日となります。