黒と緑と銀
次に訪れたのは、玄牛魔神ハイドラの部屋だった。
「比較的、普通だ」
「比較的、普通じゃの」
一見した感じ、部屋は黒ベースである事を除けば、それほどおかしくはない。
家具だってソファとテーブル以外に、大きなキャビネット、部屋の主に合わせた大きな姿見、クローゼットにも服が並んでいる。
「でもこれ、魔術師の部屋じゃないよなあ」
壁には交差された一対の斧、飾られた黒塗りの全身甲冑、暖炉の上には見事なスークの剥製が飾られている……けど、これ自分で仕留めた物では無かろうか。
床のカーペットにしても、巨大な黒虎の敷物である。
「明らかに武将の部屋じゃ。……というか、寛げる部屋ではない気がしてきたのじゃ」
よく見ると、クローゼットの衣服の下にはダンベルがあった。
部屋の隅にあるクッションかと思ったモノは……サンドバッグではなかろうか。
ワインか何かの瓶がいくつかあるけど、中には砂が詰まっている。
あれ、何か普通じゃなくなってきた。
「……これ、もしかしてトレーニングルーム?」
「それじゃ」
「つか六禍選はホント、まともな奴がいないな!?」
「落ち着くのじゃ、ススム。突っ込み魂が騒ぐのは分からぬでもないが、少なくともさっきの二人よりは遙かにマシであろ」
「どっかにプロテインの入った壺とか、あるんじゃないか?」
キャビネットにあるのは小瓶類だ。
魔術師らしいけど、逆にこの筋肉部屋では違和感を感じてしまう。
「魔術師は古来より薬師でもあったというからの。その類の薬品はあってもおかしくなかろう」
「書物がほとんどない……」
そう、この部屋には本棚がなかった。魔術師の部屋なのに。
「それはあれじゃ。おそらくすぐ近くにあんな立派な図書室があるのじゃから、そちらを利用したのではないかのう」
「ああ、確かに汗で本が湿りそうだもんなあ」
何だか、当時の雄の臭いまで感じられるような錯覚を覚えた僕であった。
玄牛魔神ハイドラの部屋を辞して、次に入ったのは緑色の間。
草隠れのドルトンボルの部屋だ。
「ここは、ちょっと広いな」
他の部屋も、僕の知っている太照の一般的な『部屋』に比べると広かったけれど、ここはそれらと比べてもその倍はあった。
ソファも多く、明らかに個室ではない。
「基本、チームで動いておったそうじゃから、それが理由であろ」
「ああ、そうか。そういう戦い方だったっけ。おまけに二つも部屋があるなんて、贅沢だよな」
他の部屋は基本一室だ。その点でも、この部屋は破格だ。
クローゼットは別にあるので、城に詰める為の寝室だろうか。
扉は開いているので、覗いてもいいのだろう。
……見てみると、何だか雑な造りだ。
床も板張り……どころか、むしろ土間に簀の子のようだし、とにかく部屋には棚ばかりが目立つ。
「いや、そちらの部屋は厳密にはこちらでいう所の『部屋』ではないそうじゃぞ」
「え?」
「保存庫じゃ」
「保存庫!?」
「地下にはワインセラーもあると書いてあるのじゃ」
「ワインセラー!?」
言われてみれば、簀の子の一部が切り取られ、地下への扉らしきモノが床にあった。
改めて部屋を振り返り、見渡してみる。
「まさか……!」
やっぱりあった。
分厚いブロックのようなテーブルは、いわゆるキッチンだった。
へこんでいる部分は、水洗い用だろう。
暖炉はオーブン代わりになるのだろうか、鉄製の器具が近くに立て掛けられている。
「さすが食通ドルトンボル。どうやら、己で料理もするようじゃのう」
「これはこれで、生活感溢れすぎてやしないか」
「なお、あそこにある書物の多くは手製のレシピ集らしいのじゃ」
と、ケイは本棚に並んでいる、分厚い書物を指差した。
「徹底してるな……」
「故にここは水回りも完備、そこの棚には食器類も揃っておる。ドルトンボルの部下達は、料理の味見役も兼ねておったとあるの」
「……実は、ドルトンボルは料理がすごく下手だった、とかいうオチは?」
「いや、むしろ逆じゃ。彼の者の料理を食べるため、直近の部下になろうという者が後を絶たず、熾烈な競争が繰り広げられていたそうじゃ。なお、料理の一部は皇族用のメニューにも加えられていたというから、腕前は本物だったのじゃろうのう」
「涎、涎」
「おっと」
想像だけで、口に唾液が溜まったらしいケイが、慌てて口を拭う。
「ごめん、ここの住人、暗殺者ってイメージから料理人にクラスチェンジしてる」
「ある意味、ここもまともではないの」
ホントまともな人はいないのか、ここ。
「……あれ?」
次は白々しきワルスか、黄金の皇子オスカルド……と思ったら、全然違っていた。
色は銀色。
といっても、鉱物としての銀ではなく、銀色に輝く鉄製の部屋というべきか。
天井からは幾つも鎖が垂れ下がり、床には人がスッポリ入れそうな長方形の穴。
何か重いモノを運ぶのか、大きな台車もある。
壁の一面は上開きになり、おそらく仕掛けでスロープが出来るのだろう、外に出られるようになっていた。
ソファだのテーブルだのは部屋の隅に追いやられている。
これは……。
「銀輪鉄騎のダービーの部屋じゃの。つまり、六禍選入り予定だった者の部屋という事じゃ」
「狼頭将軍、この部屋に来る前に離脱しといてよかったのかもな」
狼頭将軍ケーナ・クルーガーは、ユフ王陣営に属する前はこちら側、つまり銀輪鉄騎のダービーだったのだ。
「相当複雑な心境になったのは、間違いないの。もちろん、この城がユフ一行によって陥落された後に、訪れはしたのじゃろうが」
「個室というか、ガレージだよなあ」
天井からプラプラとたれ下がる鎖を眺めながら言う。
「狼頭将軍ではなくダービーとしては、あの二輪騎馬が重要じゃったからの。その整備の為の施設も兼ねるつもりであったのじゃろう」
キャビネットは開かれ、様々な工具らしきモノが並んでいた。
「個人的には、こういう秘密基地みたいな部屋は嫌いじゃないんだけど」
他の部屋より若干手狭なのも、むしろ好感が持てる。
「男の子じゃのう」
「……問題は、部屋の住人は女の子の予定だったって事だ」
「洗脳されておったから、その辺り気にしなかったのかもしれぬの」
「この辺の工具とかは、現代から見るとよく分からないな。ただの棒とか、何に使うんだ……」
スパナっぽいのやらペンチっぽいのはまあ、分かるんだけど。
「妾達には想像も付かぬ使い方をしておったのか、もしくは魔法の道具だったのかもの」
「それにしても、まさか現在の……いや、違うか」
ちょっと訂正する。
現在というと、大変ややこしい。
「最後の六禍選以外の部屋もあるとは思わなかった」
「ふむ……確かもう一つ、あったはずじゃぞ」
ケイは思い出すように、自分の頭を指差した。
「え、残り白と黄金色だけじゃなくて?」
「最後の六禍選にその称号を譲りながらも、動いておったのが二人おったであろ? ……深緑隠者ディーン・クロニクルともう一人」
ディーン・クロニクルは主に外で研究をしていたから部屋はないのだという。
もう一人。
そういえばいたなあ、すごく傍迷惑っぽいのが。