赤と青
大廊下よりは狭いが、それでも塾舎の廊下よりはよほど広く、装飾も凝った通路を進む。
「ここから先は、六禍選の間じゃの。つまり、幹部の個室じゃ」
「外に個別の館まで持ってるのに、贅沢な話だな」
「住む場所と、職場とは別じゃろ。現代でも、その辺は変わらぬ筈じゃ」
「言われてみれば、そんな気もするな」
そして最初に入った部屋は、真っ赤だった。
壁も赤、天井も赤、赤いカーテン、鏡の縁も赤、暖炉も赤くて、床も赤いカーペット。
「……精神衛生的に、どうなんだこの部屋」
しかも家具は、部屋の中央に応接用のソファとテーブル(これらも赤い)ぐらいで、目ぼしいモノは無い。
まず有り得ないだろうが、泥棒が何か盗もうとここに入ったら、さぞ困るだろうという部屋だった。
「紅き魔女ズッキーニの間じゃが……あれは基本、故郷から身動き取らんかったという話じゃから、基本飾りだったのではなかろうか」
「そういえば、寝たきりの病人だっけ」
紅き魔女ズッキーニ。
幻術の達人であり、自分の分身で人々を惑わせる力を持っている。
その本体は森の奥深くで眠る、病弱な少女だったと記憶している。
「……城に登る時も、分身だったのかね?」
「動けんという事は、そういう事になるじゃろな。まさか、部下を代理にするのも失礼じゃろ」
移動範囲が相当に広いのか、もしくはこちらにだけ分身を出現させられるよう、何らかの細工をしていたのかまでは、分からない。
……まあ、この魔術に何らかのトリックがあるとすれば、影武者説だろう。
何にしても、その性質上この城に長居は出来なかったはずだ。
「という事は、ほぼ新品同様だったって事か。あ、いや、でもこういう部屋って普通、王が変わったらなくなるもんじゃないのか? 何かパンフレットに書いてないか?」
かつては皇帝の居城だったが、後にユフ王の住む城となった。
当然、六禍選はいなくなった……にも関わらず、この部屋はまだ残っている。
どういう事なのだろう。
「言われてみれば、おかしな話じゃの。ふむ……」
ケイは、首を傾げた。
パンフレットを見ないのは、中身をもう全部記憶しているからなのだろう。
「……ユフ王から『後に役に立つから残しておくように』という命が下り、残ったとあるの。どういう役に立ったのかは分からぬが」
「観光客が増えた」
「そりゃ確かにこの地の役に立っておるが、そこまで見越しての発言はないじゃろ」
「実は、ユフ王には未来を見通す力が!」
「そういう史料はないと思うが、出来る仲間はおるのう」
頭に浮かんだのは、あの魔法使いである。
続いて入った部屋は、また酷かった。
壁も青、青いカーテン、鏡の縁も青、暖炉も青くて、床も青いカーペット。
前の部屋との違いは、建物全体が円筒形である事と、その形の為、とにかくやたら天井が高いという事だ。
上に登るハシゴはあるけれど、×印の看板があるという事は登ってはいけないという事なのだろう。
それにしても、いい加減にしろ。
「ええと……その、何だ。これからこの手の部屋がしばらく続くのか?」
前の部屋よりも更に質素というか、目につく家具なんて一人用の丸テーブルぐらいしかない。 椅子すらもない。
「六禍選と言うからには最低六つはあるの」
「精神的にもタフだったんだな、と思わせる部屋だよな」
「ここはアレじゃの。脱出路のあった応接間を出てから見えた、展望塔のあった場所じゃ」
「なるほど、それでこんな造りなのか」
「ここも、ほとんど使っておらぬらしいのう」
「ホント部屋の意義ないな!?」
「いや、この部屋の場合正確にはちょっと違うのじゃ。使われておったのは、主に上層、この高い場所なのじゃ」
「ああ、翼があるもんねえ」
ハシゴは登れないけれど、家具があるとすれば上なのか。
……よく見ると、上の方に止まり木らしき横棒は見えた。あれが椅子代わりらしい。
「記録によれば、ここに詰めている間はほぼ、頂上付近で物憂げに外を眺めておったとあるの」
「らしいといえば、らしいなぁ。ただ、部屋が役立たずって意味では、赤と大差ないけど」
「役立たずというか、勿体ないのう」
「家具も少ないしね」
これだけの個室があれば、色々やれそうな気もするんだけど。
……もっとも、何に使えるのかと問われると、すぐに頭に浮かぶモノはなかったけれど。
「生活というのは衣食住。それを考えると、そもそも前二つを必要としないと言われた紅き魔女、最低限で充分という青き翼は、極端な位置にあったと言えるの」
「逆に、豪勢な生活を送ってそうなのは? あ、いやいいや。聞く前に思い出したし、サングラス欲しくなってきた」
「うむ、妾もおそらく同じ人物を思い描いたのじゃ」
言うまでもなく、金ピカのアレである。
「これは」
丸テーブルの上には高そうな皿があり、豆が入っていた。が、作り物だ。
「食事のレプリカじゃの。蝋細工かのう」
スプーンやフォークすらないんですけど。
「質素というか味毛ないなぁ。ま、本人が満足しているなら、僕が言う事でもないんだけどさ」
「別に満足もしておらんかったのではないかの」
「え、何それ」
ポツリというケイの言葉に、思わず反応してしまう。
「や、特に喜んだ様子もなかったようじゃし、基本生きる事そのものに興味なかったのかもしれんのうと思っての。ラヴィットの鏡の魔女の城、青の館、そしてこの部屋とみてきての印象じゃが」
うーん、とケイは高い天井にある、止まり木に視線をやった。
「そんな彼が唯一興味を持っておったのが、レパートかのう」
「言われてみれば。人物像的に感情の起伏がほとんどなさそうだから分かりにくいけど、確かに龍に関してだけ、反応してるな」
頭に、物憂げに外を見ている青い翼の美形と、ラヴィットの森に潜む龍を浮かべる。
「ま、確かに似てるしな」
「む?」
「いや、環境的には全然違うけど、一人って点では近いだろ」
龍は一人じゃなくて一頭って数えるんだろうけれど、それはこの際どうでもいい。
チルミーの場合、容姿やら性能やら、自分と同格の人間が存在しない。
一方、レパートはそのまま、同族が周囲にいない。
孤独という点では共通しているのだ。
チルミーがレパートを意識していても、おかしくはない。逆はどうだったのかというと、鏡の魔女や皇帝の庇護にあり余裕があったチルミーと比較して、レパートは生きるのに懸命でそれどころではなかったのではないだろうか。
「おお、真面目な指摘じゃ」
「珍しく語ってみたらこれだよ!?」
「しかしそれでは一つ、納得がいかぬ点があるのじゃ。惚れておったなら、手助けしてやれば良かったのではないのかの?」
「惚れた腫れたのレベルまでいったかどうかは分からないけど……んー」
ちょっと考え、僕なりの解釈を語ってみる。もちろん、これが事実かどうかなんて、分かるはずがない与太話である。
「チルミーが、相当に怖がりだったとしたら? 例えば声掛けて拒絶されたら、そのまま年単位レベルで立ち直れないみたいな、精神超弱いタイプだったら? ……言ってて思ったんだけどさ、このチルミーってのはアレだ、基本流されるタイプっていうか、誰かがスカウトしたらそのまま付いていく性格みたいだし。割と当たってるんじゃないかな」
「なるほど、さすがボッチは似た者の性格を把握するのに長けておるの」
「大きなお世話だよ!?」