無骨な部屋達
大廊下を通って、次に僕達が訪れたのは武器庫だった。
「男の子はみんな大好き武器庫に来たぁ!!」
「女でも好きなモンは好きじゃあ!!」
二人揃って大興奮である。
ガッチリ握手をする、僕とケイであった。
「趣味が合うな」
「うむ、妾は軽い系が好みじゃ」
この場合の軽い系というのは、短剣や小剣といった、文字通りの軽い武器の事である。
室内は保存のためか、やや薄暗い琥珀のような明るさの部屋だった。
壁はモルタルが塗られ、ところどころ剥げたところに石を積まれているのが見える。
「まあ、自分で振り回すのイメージするとそれが妥当だろ。それで長剣はどこだ長剣」
武器類は棚や壁に掛けられ、また甲冑類もロープを張られながら飾られている。
「この甲冑もよいのう……妾が着るとダブダブじゃが」
「こっちの獣人用フリーサイズとかどうだ? 色々カスタマイズ出来るっぽいぞ」
ケイが見ていたのは全身甲冑だが、僕の前にあるのはブレストアーマーや膝当てなどの部分甲冑を着せられている木製マネキンだ。
「おー、これなら妾でもいけそうじゃ。ぬ、あそこにあるのは連射用の弓かや」
ケイが奥にある武器に気付き、そちらに掛けていく。
「何だと!? そんな面白武器、何としてでも見なければ! っと、これは格闘用の篭手か!? すげえ、殴られたらマジ死ぬぞ……」
……先述の通り、僕達の後ろを白戸先生や園咲女史、爺ちゃん達が追っている。
様子を見守っていた三人曰く、僕らは「ここまでで一番浮かれていた」らしい。
次に僕達は地下に降りる事になった。
長く続く薄暗い石造りの通路、そして左右には鉄格子の部屋。
牢獄である。
もちろん、現在は牢の住人は存在しない。
「ほう……どういう者が投獄されておったのかの」
「授業サボった奴とか、塾舎裏で煙草吸ってた奴とか、試験でカンニングしたような奴じゃないか」
「王城内にそんな阿呆な輩はおらぬじゃろ」
「見回りサボった見回りとか、城裏で煙草吸ってた騎士とか、文章を丸々余所からパクッて来た学者とか」
「よくもまあ、そんなのが即座に出るもんじゃの!?」
うん、我ながらこういうしょうもない所には頭が回る。
「ちなみにここは、生徒指導室にそっくりだ」
「私塾超おっかないのじゃ」
「あと、ここの看守とかは、あの顔のイメージでよろしく」
「嵌りすぎじゃ……」
……小声で話していたが、地下の通路だけあって声が良く通るのか、後ろにはバッチリ聞こえていたらしい。
後で、先生に超怒られた。
園咲女史は、どこか納得したような顔をしていたそうである。
通路を抜け、再び地上に戻る。
次の部屋は図書室だった。
天井は高く、細長い窓が並んでいる。
吹き抜け構造の三階建てで、そのどれもが本で埋まっていた。
ここは同時に、宮廷学者の詰め所でもあったらしく、書物だけではなく長机が幾つも並んでいた。
「ふむ」
「あれ、思ったよりリアクション薄い」
ケイの事だから、てっきりまた大興奮かと思ったが、そうでもないようだった。
「いや、嬉しくない訳ではないのじゃが、本は飾るモノでは無く読むモノじゃからの」
「武器は……いや、違うな」
「うむ、違う」
武器庫の武器や防具類は、装備した姿を想像する事が出来る。
それは形状や性質が様々なので、一つごとに想像する形は異なる。
が、書物の場合は基本、本を読む姿しか想像出来ない。
何せ、ここにある本は皆、本棚に収められているのだから。
「でもまあ、一部は読めるからそれだけでも由としよう」
「うむ」
来場者用なのだろう、ガラスのケースが等間隔で設置され、その中にはそれぞれ古い書物が広げられていた。
名刺サイズの蒸文が添えられているのは、内容の解説だろう。
「ちなみに僕には何が何だか分からない」
もちろん解説も、本の中身もだ。
「読めるのじゃ」
「マジか」
書物の文章は、僕達がこの国に来てから常に目にしてきたような、綺麗な文章ではない。手書きの、それも多分相当癖のある文章だ。
「当然古い文字じゃから、自分の中で意訳する部分が相当大きいがの」
「……太照の、古典文学みたいなもんか」
「じゃの。で、訳して欲しいのかや?」
「いや、ここはいいや。重要なのがあれば教えて欲しいけど、そうでないなら別に」
という訳で、ケイはケースの書物に目を通しては、次のに移るを繰り返した。
それぞれ見開き一ページとはいえ、全部で三十近くもある。
にも関わらず、ケイは一つの書物を、大体五秒ぐらいで終わらせていた。
「内容自体は興味深いのじゃが、確かにこれらは訳してもしょうがないの」
「その内容ってのは?」
「魔術の構築方法とか、その辺りに関してじゃ」
「マジか」
普通に興味あるんだが。
「と言っても、お主が聞いてもホントしょうがない話じゃぞ。要するに『モノを燃やすためには、大気中の燃焼する要素に干渉する』とか『火傷させる術には燃焼以外に凍結という手法が存在する』とか、そんなんじゃ」
「……化学の本?」
「というか科学全般じゃの。じゃから今言ったように興味深くはあるが、現代知識を持つ妾達では参考になるような文はほとんどないという事じゃ」
なるほど、それじゃ僕が聞いてもあまり為にならない。
いや、勉強にはなるんだろうけれど、だったら塾の教科書に目を通した方が有意義だろう。
「ここの、全部そんなの?」
「いや、向こうは憲法関係、宮廷料理人の業務日誌なども存在しておった」
「業務日誌は面白そうだけど」
「……今日のメニューの羅列じゃが、ラインナップを言えば良いのかや?」
「ううむ、さっき食べたばっかりだしなあ」
「空腹なら空腹で、辛い内容じゃ」
言われてみれば、確かに。
「ユフ王関連でお主の興味を引くモノがあるとすれば、これじゃの。ニワ・カイチの旅の報告書じゃ。……ま、要するにニワ文庫の写しなのじゃが」
と、ケイは自分のすぐ傍にあったガラスケースを指差した。
「こっちのは写しじゃの。イフの博物館にあったのがオリジナルじゃ。といっても写しそのモノが、当時作られたモノじゃから、これ自体にも価値はあるのじゃが」
「普通、王室に納めるもんじゃないのかね」
「書いた本人次第であろ。説明によれば、何故か当時のイフのザナドゥ教団に寄贈したそうじゃ。それが、後の博物館に収められたというのが経緯じゃの」
「何か、理由でもあったのかな」
「よく分からぬが、つまりそこにオリジナルがないと困る事があったとか、そういう事ではないのかのう」
自分がこの世界を訪れてから去るまでの記録が綴られているのだという。
ケイの説明によると、やはりチルミーとの戦いからしばらくの記述は欠落しているらしい。
「ちなみにこの写本じゃが、製作者はニワ・カイチだそうじゃ」
「本人じゃん!? 本物じゃん!?」
イフの博物館のオリジナルは、前にも語った通り、後に吟遊詩人などが手を加えているが、こちらは当時そのままで残っている。
そういう意味では、こちらの書が本当の意味でオリジナルと化しているのだとか。