白への対抗策
順路を進み、階段を下りると大きな廊下に出た。
どれぐらい大きいかというと、六車線ぐらいはある。
……廊下の右から左へ移動するだけでも、一苦労だろう。
等間隔で細かい彫り物を施された柱が並んでおり、これも決して細くはないのだが、廊下自体の大きさを考えるとどうしても頼りなく見えてしまう。
そして、左右の壁には、絵画や彫刻が飾られていた。
「下手な美術館よりも立派だな……」
ゆっくりとそれを眺めながら、僕らは廊下を進んでいく。
「上手い美術館というのは、どういうモノなのじゃろう」
「揚げ足を取るな、揚げ足を」
金色の額物に飾られた大きな風景画で、足を止めてみる。
「ふむ、この絵はアレじゃな。多分立派なのじゃろうな」
「……うん、多分ね」
ケイの判断基準もおそらく、僕と同じく額縁と大きさだろう。
「お互い、芸術関係には造詣が浅いのう」
「感性とか、やっぱそういう施設通ってなんぼとか、自分で創作したりとか、そういうのが必要なのかもな。とりあえず、高そうなのは分かる」
「俗物的発言なのじゃ……」
「というか、それぐらいしか分からないよ。まあ、人物は分かりやすいね。皇帝と皇妃と皇子とか」
僕は隣の、やたら目立つ絵を指差した。
具体的にどう目立つかというと、その人物が光っているのである。
「……凄まじく浮いておるの、皇子」
「一人だけ光輝いてるからねぇ」
このモチーフの時は、サングラス必須だと思う。
なんて毒にも薬にもならない批評をしながら、僕達は廊下を進み続ける……けど、一向に終わりが見える気配がない。
待て、この城どれだけ巨大なんだ。
「なお、この通路をどう思うかや?」
「広い」
「うむ。他には」
「さすがにお前でも迷いようがない」
「大きなお世話なのじゃ!?」
何せ、分かれ道は全くないからなあ。
そういう意味では、迷子の心配だけはしなくていいのだ。
「じゃが、一直線という点の指摘は正しいのじゃよ。ここまでで二人離脱し、ここで白々しきワルスが待ち構えておったという」
「つまり……」
僕は、大聖堂でのエピソードを思い出した。あそこで白々しきワルスは死に、その時の対戦相手は……。
「……狼頭将軍クルーガーとの戦いって訳か」
そこで、ちょっと首を捻った。
「ふと疑問に思ったんだけどさ、兵士とかどうなってたんだろうね。いくら隠し通路使って侵入したとは言え、いくら何でも敵だって気付いてただろ」
「そりゃそうじゃ。じゃが考えてもみよ。目にも留まらぬ速さで動き回る戦士やら、言葉一つで人を殺せる子供やらの戦いに、どうやって参戦するのじゃ」
「僕なら絶対嫌だな」
「妾だって嫌じゃ」
仮に戦闘スキルなるモノを僕が有していたとしても、ごめんである。
自慢じゃないけど、性格的に戦いとか苦手なのだ。
ただ、城の兵士達はそうも言っていられないだろう。……が、中心となって戦う二人の次元がまるで違うとしたら。
「……仕事、といってもそもそも幹部の仕事の邪魔をしてちゃ、駄目だしなぁ」
ついでにもう一つ、疑問をケイにぶつけてみる事にした。
「ところでさ、先に倒し方は外で分かったけど、根本的な問題として白々しきワルスの『言葉』を防ぐ手段ってないんじゃないか? 『死ね』って言ったら死ぬんだろ?」
「そうじゃが……お主のような迂闊な使い方をすれば、周囲の人間動物植物、軒並全滅してしまうのではなかろうか」
「え、そ、そうなのか?」
困惑する僕に、ケイが教えてくれた。
「『死ね』では主語がないじゃろ。誰が死ぬのじゃ、何が死ぬのじゃ。標的を定めねば、おそらく聞こえた範囲無差別じゃろうて」
「……おっとろしいな」
「最悪、自分も死ぬのじゃ」
「ホントにおっとろしいな!?」
なんつー物騒な力だ。
「コレは想像じゃが、子供の頃からこんな能力持って追ったら、確実に性格歪むじゃろうのう。基本、自分の願望口に出した時点で、よくも悪くも大抵の事は叶ってしまうからの」
「?」
ちょっと、よく分からない。
眉を寄せる僕に、ケイが更に説明する。
「例えば自分の親に、『構って』とお願いすれば叶うのじゃ。親の愛情とは別にの」
「僕にはきつい例えだな。重い話は却下で頼む」
「うむ。それでこうした声に対する対策じゃが、一番シンプルな方法は耳栓じゃの」
「身も蓋もないな!?」
そりゃ確かに、言葉で人を虜にする類の相手にはすごい有効だろうけど。浪漫がまるでない。
「もう一つ、実は狼頭将軍クルーガーにしか出来ぬ対策というのは、妾にも想像出来たのじゃ」
「それは、パンフレットには書いてなかったのか?」
「うむ、伝承には通じなかった、とだけなのじゃ。が、博士の説として書いておった。妾と同じ推測じゃの。これは狼頭将軍の特性を考えると有り得るし、そも当時ではこの考え方自体がおそらく出来なかったのじゃろう」
「焦らすなぁ」
ずいぶんと回りくどい言い方だ。
「狼頭将軍クルーガーの特性は、超高速移動じゃ。つまりの、音より早いのじゃ」
「……音速超えるなら、そりゃ通じないに決まってるね」
音を超える、すなわち声が届くより先に動けるのだから理屈は合っている。
それに音速という概念が、千五百年前にあったかと言われると、確かに疑問だ。
「ただ、白々しきワルスも隠し球を持っておっての。『人を超えろ』という自己暗示。これによって将軍と同格の戦闘力を身につけておったという。そして、二人の戦いの痕跡が――」
ケイは廊下の左右を見回し、逆の壁を目指した。
ちなみに僕達がいたのは左側の壁であり、右側に行くにもちょっとした運動である。
僕も、ケイの後ろをやや駆け足で追う。
「――これじゃ」
ケイが指差したのは、大型トラックが突っ込んで出来たような亀裂の入った壁だった。
こちらの壁は外に通じており、等間隔で窓が並んでいる。
ただ、この一画だけ、やけに分かりやすく補修の跡があった。
「破壊跡?」
「じゃの。ユフ・フィッツロンを先に行かせるため、将軍が開けたと伝わっておるようじゃの」
開けっ放しという訳にも行かず、ひとまずこれが修繕の跡なのだという。
「どこのバトル漫画だコレ」
「ここで狼頭将軍クルーガーが離脱し、いよいよユフ・フィッツロンは一人で城を探索する羽目になったという事じゃ」
「城一つ分の兵士VS一人とか、無茶すぎるだろ……」