待ち受ける幹部達
狭い螺旋階段を昇ると、僕達は広間に出た。
いや、部屋こそ大きいモノの、絨毯の敷かれたこの部屋は来客数人向けの個室であるようだった。
中央に木製のテーブル、向かい合わせのソファ、壁の一画には絵画に暖炉。
どれも高級そうだ。
僕達が出て来たのは、部屋の隅にある太い円柱だった。
柱の中が空洞になっており、そこが螺旋階段になっていたのだ。
「ここは、応接室の一つのようじゃの」
「隠し通路として使うなら、当然か」
それなりの部屋とはいえ、あまり頻繁に利用されそうな感じじゃない。
要するに内装に金は掛かってるんだろうけど、全体で見ると地味な部屋だ。
それはケイも同意見であるようだった。
「まあ、城の中にあからさまに脱出口なぞ、造れぬわな」
「でも脱出路の使い方から考えると、ここって玉座と近いのかね?」
そうでないと、えらい人が敵に攻め込まれたりの緊急避難時に使用する、という用途からは外れてしまう。
「ここはむしろ、皇帝達の寝室から逃れる場合のルートのようじゃの。もっとも、そちらに直接は行かぬぞ。近道しては探索の醍醐味もなくなってしまうのじゃ」
「……そりゃ、もっともだ」
ちょっと見では分からないけれど、何か壁の一つがどんでん返しになっているらしい。
いや、即座に分かるような造りだったら、それはそれで困るか。
「ちなみに当時は一方通行だったそうじゃ」
こちらからは、押しても駄目、という事か。
「ユフ王らなら、蹴破れそうな気もするけどね」
そして、皇帝の間まで一直線。
これがゲームなら色々台無しだ。
「……一応、同レベルの敵がおって、その連中が作った罠が用意してあったそうじゃが」
「…………」
頭の中に、コマンド選択式のゲーム画面が浮かび上がる。
ボスに皇帝と皇妃、そして残っている幹部四名と同時バトル。
無理ゲーすぎる。
「それは、通りたくないな」
「うむ」
ガイドブックには、王城の案内図も当然掲載されている。
「でも実際、隠し通路を通れば、ビックリするぐらい近いな」
この部屋から三つほど壁を隔てると、玉座に到達するのだ。
「うむ。じゃがそもそも、妾達は城の構造を知っておるが、当時のユフ一行はそれらを知らぬはずじゃて。ここからどう進めばよいのか、分からぬであろ」
そうなると、扉から出る事になるのは当然だ。
ただ、別の疑問が僕の頭にもたげてきていた。
「それ言ったら、脱出路自体どうやって知ったんだって話になるんだけど?」
ふむ、とケイがガイドブックの文字を追う。
「妾達が通ったルートは、ユフ・フィッツロンの養父セキエンの話によるモノじゃという。ユフ王は城から出た場所だけは、教えられておったのじゃろうな。二つ目のルートは何故か、ニワ・カイチが知っておったらしいの」
二つ目のルートはここより更に玉座に近い、クローゼットの奥のようだ。ほぼ目と鼻の先になる。
「……青き翼のチルミーと消えて、再び現れた間に何かあったんじゃないかなぁ?」
「そう思う根拠は?」
「最初から知ってたら、そっちを使ってる気がする」
距離が短い、という事は敵に気付かれる可能性が下がるという事だ。
六禍選が訪れるより前や、もしくは機を伺って皇帝を襲撃する事だって出来ただろう。
「一理あるの」
「そういう所から考えて、つまり最初の侵入時にはニワ・カイチも第二の通路を知らなかった。……例えば、戦闘になってからチルミーから何か聞き出したとか、かな」
「もしくは、想像も付かぬ方法で知ったのかもしれぬの。魔法使いじゃし」
「ああ、魔法使いだもんな」
何となく、あの魔法使いには、それでもいいような気もしてきた。
部屋を出ると、そこは城内二階の回廊だった。
彫刻の彫られた手すりの向こうには、中庭の庭園が広がっている。
植え込みで出来た迷宮のような造りだけれど、木々の背丈が低いので、子供ならともかく大人なら迷う事はないだろう。
冬の花なんて僕は知らないけれど、色んな彩りの花が咲いていた。
そんな庭園を、案内人が先導する観光客達が歩いていたり、庭師が木を刈り込んだりしている。
何より、僕は自分がいる位置にちょっと感心を憶えていた。
「なるほどなぁ」
「何がじゃ」
「隠し通路を探すなら普通一階から探すから、そういう意味では盲点だなって思ってさ」
「うむ、まさか二階から地下へ移動とは、あまり考えぬな」
「まず真っ先に玉座の後ろとか探したりな」
古いRPGを思い出しながら、言ってみる。
「当時の皇帝に対してそれやったら、多分頭から囓られてたじゃろうがの」
「そういえば、玉座とかってやっぱメイドとかが清掃してたのかな」
「上級メイドとかきっと、そんなのがいるのじゃよ」
「メイドの世界でも階級差があるのか……奥が深いな」
そして改めて、中庭を見下ろした。
「これは見事な庭園だ……」
素人でも分かるレベルの、手間の掛かってそうな造りなのだ。
「……んん?」
ただ、妙に既視感を憶えた。
何だろう、と思い出せない一方で、僕はガイドブックをめくっていた。
そうしたら、あった。
「うむ、妾が言う前によく気付いたの」
「あれってまさか」
僕は、玄牛魔神ハイドラの黒の館があったという商店街のページを指で押さえ、迷宮庭園をもう一度見下ろした。
やっぱり、そっくりだ。
「形自体は、後のユフ王の命で当時を保っておるそうじゃの。察しの通り、ハイドラ作じゃ」
「クリエイター幹部!!」
「肉体面では明らかに武闘派なのじゃが、根っ子の部分はやはり魔術師なのじゃのう。紹介によると、この庭園自体が転移装置となっており、あちらの――」
と、ケイはとある方角を指差した。
「――迷宮に送られてしまうそうじゃ」
「ケイ」
「む?」
「向こう西だけど、お前が言いたいのって商店街だよな?」
「あっちじゃ!」
真反対の方角を指差し直した。
コホン、とケイが咳払いをした。
「ホントかどうかは知らぬが、伝承ではここでニワ・カイチは玄牛魔神ハイドラと対決、仲間と離脱する事になったとあるの」
「強制転移かー……事前情報ゼロじゃ、引っ掛かっても無理はないな」
「ほぼ同時に、あの展望塔」
と次にケイが指差したのは、僕達のいる部屋の向かい、王城の向こうにある尖塔だ。位置的には城壁に造られたモノだろうか。
「ああ、あれ?」
「あそこで羽を休めておったチルミーが急襲、龍のレパートもまたパーティーから離脱する事になったという」
「それが、外の戦いに繋がる訳か」
黒の地下迷宮付近での、ニワ・カイチVSハイドラの兄弟弟子対決。
青の館近くでは、龍のレパートと青き翼のチルミーの空中決戦。
「なお、残っているユフ・フィッツロンと狼頭将軍クルーガーは、あっという間の戦力の半減に唖然としておったそうじゃ」
パンフレットを読みながら、ケイが言った。
「そんな記録も残ってるの!?」