四人ルートと魔法使いルート
僕らは王城を右手、つまり東側に回り込み、幟の立っている公園に入った。
こんもりと立てられた岩山が、城への隠し通路の入り口なのだ。周りにはそれほど高い建物はないけれど、それでもコンクリート製のビルやらの中にこんな施設が存在するのは、結構な違和感があった。
観光客は僕らを含めて、十人程度。国籍人種様々だ。
……後ろを振り返ると、爺ちゃんが軽く手を上げてきた。それに、白戸先生と園咲さん。ちゃんと付いてきているようだ。
そしてもう一つ驚いた事がある。
「え、なんで隠し通路が二つあんの?」
歴史学者である白髪の老人、サウスクウェア老からもらったパンフレットには、ここから更に北、王城の背後にも別の通路があると書いてあった。
「文によると、帝国時代には無数にそうした通路があったそうじゃ。そりゃそうじゃの。一つだけではそれを潰されては敵わぬ。複数の脱出口を用意するのは、当然じゃろう」
「んで、この近辺には二つ、入り口が残ってると」
「正確には出口じゃがの。なんぞ、中は迷宮になっておって、これらの脱出路はいくつかが重複しておったり、罠も仕掛けられておったとあるのじゃ」
「……いわゆるダンジョン?」
「じゃのう。妾達がいるここが最初にユフ一行の侵入したルート、奥が後にニワ・カイチが先導したルートじゃという話じゃな」
「それって、二回、城に入ったって事だよな?」
「うむ、つまりこういう事じゃな」
ケイが説明してくれた所によると、
1.ユフ一行がシティムを訪れる
2.正面突破は無謀という事で、この隠し通路から魔王城に侵入
3.六禍選に気付かれ散開、シティムの東側を主な舞台に戦闘
4.ニワ・カイチが城の背後のルートを案内、再び城に潜り込む
5.皇帝と対決
この3に当たる部分が、僕達が午前中回った場所だ。
ニワ・カイチは青き翼のチルミーと戦闘中消失、再び現れ皆と合流し、4に到る……という訳だ。
「両方行くのは、難しいな」
「というか、ニワ・カイチルートは跡は残っておるが入り口で封鎖されておるらしいから、通るのは無理じゃの。そちらの方が、罠が多数あったらしい」
ケイは、サウスクウェア老から預かったパンフをめくっていく。
すると、僕達が通る第一ルートの他、ニワ・カイチが案内したという第二ルートの紹介も図面でされていた。
ご丁寧に、罠の痕跡も写真付で紹介されている。
「ちょ、何このパンフレット。攻略本?」
「ま、もう通れぬルートとはいえ、お主のように好奇心が旺盛な者は多いと言う事じゃ。それを満たす為に作ったのじゃろう」
「結構細かく書いてあるなあ。かなり充実してる」
つまりあの老人、国か何かの許可を受けて、実際に入って調べたという事だ。それが出来るって事は、本当にえらい人だったんだなあ。
パンフレットを、改めてめくっていく。
「……っていうかホント、ゲームの攻略本っぽいんですけど。何この六禍選とか皇帝夫妻の紹介」
一ページに六禍選六人、イラスト付で解説がされていた。
「ちなみにここに書かれておるのが弱点じゃの」
「マジか。いや、マジだ」
他はよく分からないけれど、チルミーのアホ毛の説明は絵で分かった。
――なお、このパンフレットの一部は本書の一部にサウスクウェア老及び出版社の許可を得て、転載させて頂いている。
そして僕達は、隠し通路に侵入した。
苔の匂いだろうか、どこか青臭く湿っぽい斜面を降っていく。
左右には松明……を模した電球が設置され、石造りの通路は薄暗くも、何とか進む事が出来る。
下り坂はすぐに終わり、平坦な通路になった。
天井の高さはジャンプすると頭をぶつかりそう……高い身長の人には窮屈かもしれない。
幅は二人並んで歩いて、何とか余裕が出来るぐらいだ。
この通路の観光は時間制で、十五分おきに集まった人達で進む形式なのだという。
「この薄暗さとか、ちょっと雰囲気あるな」
「さすがにコンクリ補強された通路では、観光地として失敗であろ」
「……掃除とか、されてんのかな」
さすがに、千五百年前の通路が、こんな綺麗に残っているとは僕だって思わない。
「おそらく最低限はの。この造りじゃ。放っておいては埃だらけになってしまう。そうなるとアレルギーを持つモノなど、入る事は難しいであろう」
「アレルギーとかまた、しょっぱい理由だなあ」
しばらく進むと、直線の途中で曲り道だったり、T字路だったり、通路にはいくつか分岐が用意されていた。
といっても、それらはロープが張られ、何やら小さな看板がぶら下げられていたんだけれど。×印が付いているので、子供でもそれが何を意味するのか分かるというモノだ。
分かるはずなのに、好奇心旺盛なのが僕の隣にいたりする。
「……このロープの先は」
「おいやめろ。絶対行くな」
僕はケイの首根っこを掴んだ。
「分かっておる」
「これが漫画とかだったら、お前がうっかり奥に進んで迷ってしまい、一日がかりぐらいのトラブルになったり異世界に行っちゃったりするんだろうけれど、そうはいくか」
「つまりこの奥には隠された転送用の魔方陣が!!」
「あったら楽しそうだけど、ホントそのルートに突入する気はないぞ」
そして僕達は、更に通路を進む。
地上から考えると、そろそろ城内に入ってもいいはずなんだけれど、曲がり角が多くてそろそろ、方角も怪しくなってきた。
「分岐も結構あるな」
「それ故にこその隠し通路なのじゃろうな。一直線ではもしも敵に追われた時、すぐに捕まってしまうではないか」
曲がり角が多いのは、弓兵対策というのもあるらしい。
確かに真っ直ぐじゃ、弓矢のいい的だ。
「皇族も色々考えてるんだな」
なんて呟きながら、ふと思った。
「……それとも、恐がりなのか?」
これだけ逃げる事に万全ってのは、臆病なのかなと首を傾げたが、ケイは違う意見だった。
「それは皇族に対して失礼じゃろ。彼らを守る方の身からすれば、自衛の策を講じるのは当然じゃ。もしもの場合に備え、こういうモノは普通に造っておくに決まっておる」
「そういうもんか」
「そういうもんじゃ」
なるほど、トップが勇ましくてもそれが倒れれば全て終わる。
部下が、その対策を考えておくのは当たり前の事か。
…………。
「ちなみにまさか、ここも玄牛魔神ハイドラが造ったとかじゃないよな」
頭に、あの地下迷宮風味な商店街が、よぎった。
「妾もちょっと思ったが、違うの。ハイドラが仕官した時点で、城は既に存在しておった。いくら何でもその後で、この広大な地下迷宮を造るには、時間がなさ過ぎるであろ」
「時間があれば、造ってた可能性があったのか」
「まあ、あの商店街を考えればの。ちなみに城内中庭のデザインも、ハイドラ作らしいのじゃ」
「クリエイター幹部だ……」
「戦闘以外でキャラが立つとは、珍しいタイプじゃのう」
「いやでもほら、ドルトンボルとか」
同名の都が、グレイツロープに存在する。
「おお、言われてみれば」