決意
「団体行動を乱したという点は認めるな?」
「クラス全体の、という意味では認めますけど、そもそもはぐれた原因からすると団体行動を乱したのはK原達です」
僕は、自分が連中とはぐれた事情を説明した。
まあ、要するに置き去りにされた訳だが、理由は知らない。多分、ただの面白半分だったんだろうとは思うけれど、実際何が面白いのか僕にはサッパリ分からないし。
「そこは曲げられんか」
「本当の事なんで、曲げようがないです。証拠が出せないのがホントに残念です」
「分かっているとは思うが、今の所は完全な水掛け論だからな」
「ですね」
向こうだって、何らかの言い訳をしているのは察しが付く。ただ、先生の言い方からすると、向こうも人数がこちらよりも多いだけで、ちゃんとした証拠がある訳じゃないんだろう。
先生の表情からは、僕の言い分がどれだけ通じたか、いまいち読む事が出来ない。
そして、その考え自体が表情に出たのか、白戸先生はメモを取る手を休めて僕を睨んできた。
「俺はまだ、どちらが正しいとは言えん。それぞれの話をようやく聞けた状態だからな」
「分かっています」
「しかし、ここまでしておいて、仮にレポートを提出したとして、留年を免れると思うか?」
「無理かもしれませんけど、自分なりに筋は通しておきたいんです」
かも、とは言うものの、実際無理だろうなあとは思っている僕であった。
その辺はもう、開き直っているのだ。
「筋か」
「正直、もう留年になろうが退学になろうが、知った事ゃないです。それなりに今回の旅行楽しみにしていたのに、面白半分にぶち壊され、カッとなってやったって部分もあります。けどここで僕にとって一番重要なのは一番最初の決意、この旅を全うしようって事です。それは今も、変わっていません」
胸に手を当てて考えてみる。
ここでやめて、先生の保護下、帰国の手順を踏むというルートもある。
けど、まあ、ないな。
その道に踏み込んで残るのは、中途半端でこの旅を終わらせてしまったという後悔だけだ。
「つまり、帰る意思はないと」
「ありますけど、それは半日待って欲しいです。あと、レポートはちゃんと提出します」
「ずいぶんとムシのいい話だとは思わないか? 駄目だと言ったら?」
「ここで先生を殴り飛ばして、逃げます」
白戸先生の目が、わずかに細まった。
「一応、俺には武道の心得があるんだが」
「手段は選んでいられませんから」
と、そこで爺ちゃんがケイの手首を押さえた。
「おっと嬢ちゃん、そこのフォークから手を離しておいてくれんかの」
「ぬ、さすがじゃの」
「って本気で手段選ばないつもりか、お前ら!?」
舐めてもらっては困る。
これでも文字通り、寝食を共にした関係だ。
この程度の息ぐらいは、合わせられるというモノである。
「武道の心得のある人間が、ロクに運動神経のない人間を制しようって言うんですよ? だったらこっちも多少卑怯な手ぐらい使います」
「ちなみにスプーンで眼球抉り取るという手も、一応考えてはおったのじゃが」
ひょい、と空いている方の手には、いつの間にかスプーンが握られていた。
「いやいや、そこまですんなよ怖いよ!?」
「決心は固いという事か」
わずかに表情を引きつらせ、白戸先生が尋ねてきた。
こちらとしては肩を竦めるしかない。
「毒食らわば皿までって奴ですよ」
「なるほど……少し待ってろ」
言って、先生は腰を浮かせる。
何をするのか気付いたらしいケイが、先んじてそれを止めた。
「おっと、連絡もちょっと待って欲しいのじゃ」
「そういう訳にはいかん。保護者への連絡は、俺の務めだ」
「いやいや、妾達は逃げも隠れもせぬし、どういうルートを通るかも説明する。が、ここを出てそうじゃの、十分待ってもらいたいのじゃ」
ケイの奇妙な交渉に、先生の眉が少しひそめられた。
「その十分に、何か譲れないモノがあるのか?」
「ブックメーカーで賞金を受け取らねばならぬ。先に連絡されては、妾達の取り分が取り消されてしまうかもしれぬからの」
「そういや、その可能性があったな。あ、ちなみにこの金で、国に帰る予定でした」
胸ポケットからブックメーカーの賭博票を出した。
ケイも同じくだ。
これが成立すれば、それなりのお金が懐に入る。
「予算的には、余裕だったの」
振り返ってみれば、金銭面ではそれほど苦労しない旅立ったような気がする。
「なかなかに逞しいコンビじゃのう」
「ふてぶてしいとも言いますな」
爺ちゃんが皮肉そうに笑い、白戸先生は再び席に腰を下ろした。
「まあ、それぐらいはいいだろう。それと、保護監督責任からここからは俺もお前達と一緒に行く事になる」
正直、この提案には「えー?」となった。
別に先生が悪い訳ではない。
目上の人が一緒だと、どうしても息苦しさを憶えるって事は、誰にだって覚えはあると思う。
ただし。
「む、それは緊張するの」
コイツは別だ。
「嘘つけ。僕はともかくお前が教師相手に緊張なんてする柄か」
「そんな事はないのじゃ。これでは迂闊に寄り道も出来ぬではないか」
「さりげなく僕舐められてるよね、それ!?」
僕らのやり取りに、爺ちゃんが軽く息をついた。
「ま、監視せざるをえんじゃろ。お前達はいつも通りにやればええわい。儂らがその後を追おう」
「ちょっ、お爺さん!?」
爺ちゃんの提案を、白戸先生が咎める。
けれど、爺ちゃんはいつもの温厚な笑みを浮かべたまま、主張を覆す様子はない。
「まあまあ、固い事を言いなさんな。本人も言っておったように、もはや意地でここまで来たんじゃ。今更目的から外れるような事はせんじゃろ」
何気にこの笑いと押しの強さって逆らいにくいんだよなあ。
「僕としては、これの脱線が怖いぐらいです」
僕は、ケイを指差した。
「余所の国は、興味深いモノが多いのじゃ!!」
「主に食べ物関係で!」
「うむ!」
そこは、否定しないケイだった。
方針は決まった。
僕は自分の手帳を先生に渡した。
「ひとまず、ここまでのレポート預かっておいて下さい。手帳で読みにくいし、後で整理はしますけど、四日間の僕らの行動は大体、これで分かると思います」
「分かった。読ませてもらう」
ただ、ここから先が困るだろうと、爺ちゃんが別の手帳を貸してくれた。
「んじゃ、続きと行くか」
「うむうむ」
という訳で、料理店を出て僕達は城侵入ルートに向かうのだった。
……いやあ、ここで先生や爺ちゃんに会うとは、ホントビックリした。