追いついた教師
「そ、そうだ。何で爺ちゃんこの店で待ち伏せ出来たのさ!?」
「……や、種をばらすとこの辺りが一番、城の正面をよく見渡せるからの。座って待っとれば、必ず見つけられると思うておったのよ。ちなみに、生徒指導主任の先生にも既に連絡済みなので、そろそろ来る頃じゃの」
ズルズルとパスタを啜りながら、爺ちゃんが言う。
その食べ方は、この国のマナー的にどうなんだと思うんだけど、特に誰も注目していないみたいだし、いいのか。
いや、それよりも今、すごく怖い事を爺ちゃん言った。
「生徒指導主任って……」
「俺の事だな」
店に入って、僕達の声が届いていたのか、強面の中年教師が近付いてきた。
「げえっ、白戸先生!?」
「ずいぶんと手間を掛けさせてくれたな」
怒っているのか今一つ表情の読み取れない眼差しで、僕を見下ろす。……いやまあ、普通に怒ってるだろうなあ。
「あ、う、そ、その……」
「ま、説教は後にしませんかな、先生。ここは飯を食べる場所ですぞ?」
「む……」
爺ちゃんの取りなしで、白戸先生は席を探し始めた。
なお、白戸先生は女性を一人連れていて、これで関係者は五人となる。
「……爺ちゃん、相変わらずマイペースだね」
「この歳になると、焦ってもしょうがないからのう。お前がこの地でのたれ死んでも、儂もその内行くじゃろうし」
「縁起でもないな!?」
「実際に、有り得た話だろう、この馬鹿者」
頭に拳骨が落とされた。
「うぅ……」
「ぷはぁ、ご馳走様なのじゃ!」
唸る僕の向かい席で、ケイが満足そうな声を上げた。
そして、初めて僕の後ろの人達に気がついたようだった。
「ぬ、この三人はお主の知り合いかの?」
「ってお前今まで飯に集中してたのかよ!? しかも一人は学校の先生だ!」
どこか憮然とした風な相変わらずの無表情で、白戸先生が頷いていた。
「おお、そうなのかや。と言っても妾、ほとんど学校通っておらぬから、先生の顔など知らぬのじゃ」
それからケイの視線が、先生の後ろにいた女性に向けられた。
「……一人は、顔に覚えがあるがの」
何でここにいるんじゃ? と、ケイの表情が物語っていた。
「ど、どうも、ケイちゃん」
「どーもなのじゃ、リオン」
「え、そっちは知り合い?」
「ほれ、教会で教授が話しておったじゃろ? 園咲リオンじゃ。教授の話では青羽教に軟禁されとった一人という話じゃったが、無事に逃げおおせられたようじゃの」
それで僕も思い出した。
つまり目の前にいるのは、ネーブル物理学賞を受賞した、とてもえらい人なのである。何だこの空間。
「色々あって、今はケイちゃんの実家の方に、お世話になってました」
「人の縁とは不思議なモノよのう」
いや、まったくだ。
「はて、それが何故、先生とここにいるのじゃ?」
白戸先生と園咲リオンさんの話によると、この人は私塾の卒業生であり、元は白戸先生の教え子であったのだという。
そして、青羽教の騒動のドサクサに紛れてユアン・スウ教授と同じように脱走、この土地で偶然出会った白戸先生の保護下に入ったのだという。
しかもその場所、イフの寺社施設群の辺りは僕らも通った場所だ。何か先生この日は大変らしかったけれど、どうやら僕達は危うくここで捕まりかけていたらしい。
「……まったく人の縁は、奇妙奇天烈なのじゃ」
さすがのケイも、呆れたようにため息をつくしかないようだった。
「……ひとまず、俺の話も飯を食べてからにさせてもらう」
「うむうむ、そうじゃの」
立ち話も何なので、と店員の薦めもあり、僕達は一つのテーブルに移る事になった。
……まあ、店側としても三人立ち話されちゃ、迷惑なのだろう。
昼飯時で、忙しそうだし。
先生らより一足先に、僕達と爺ちゃんは食後の一服となった。
「ま、無事で何より。その方面はさほど、心配しておらんかったがな」
豆茶を啜り、爺ちゃんが言う。
「爺ちゃん、ごめん」
「ま、こういう事をせねばならぬ理由もあったんじゃろ。ただし罰として、蔵の整理してもらうがな」
「げ……」
「大変なのかや?」
「すんげえでかい」
しかも、整理されていないから当たり前だけど、すごく雑然としている。
子供の冒険する場所としては最高かもしれないけれど、あれをどうにかしろ、と言われると……まあ、一日では絶対終わらないだろう。
という事を僕が話すと、ケイの目が輝いていた。
「ほほう」
「興味津々っぽいのう。嬢ちゃんもやるかね」
「妾は飽きたらやめるがの!」
ふふん、とケイが胸を張る。
「そこ言い切るかよ、おい!?」
「ま、嬢ちゃんのお叱りは保護者の担当だからの。儂がとやかく言う筋合いではないじゃろ」
「うむうむ」
「どうでもいいけど口調が被ってないか、二人とも!?」
「ふはは」
「くっくっく」
何か、労力が二倍に増えたような気がする、僕であった。
そして、白戸先生らも麺料理を食べ終えた。
なお、園咲さんの方はサッパリ味のソースなるモノを注文していて、僕はビックリした。
ソース一種類じゃないのかよ、とケイに尋ねた所、同じ味じゃが風味が違うのじゃとか言われてしまった。知ってたらそっち注文してたよ、僕!?
なんて横道にも逸れたけれど、本題に入る。
「――じゃあ、ここからの話をしようか」
「……はい」
さすがに、緊張する。
騒々しい飲食店の中なのに、何故か指導室にいるような気がする。
「飯を食った後でよかったのう。途中でも終わってからでも、食欲がなくなっておったかもしれぬ」
ただ、爺ちゃんのせいで色々台無しになった。
「あの相馬さん、真面目なお話なので」
「おっと、これはすまぬの先生」
コホン、と白戸先生が咳払いをして、本筋に戻った。
まずそもそもどうして僕がこういう無茶で無謀な行動を取ったのか、最初から話をした。
K原らの置き去りから始まり、この旅行における課題、つまりレポートの提出が重要な事、戻れば不可能になっていただろうという見込みについて。
先生は手帳にそれを書き込み、一度頷いた。
「お前の言い分は大体分かった。向こうの話とは若干、いや、大きく齟齬が生じているな」
「ああ、やっぱり僕が悪者ですか」
大体、K原達がどんな風に言ったか想像はつくのだ。
こっちがどれだけ本当の事を言っても、それを証明する証拠がないし、数でも力でも負けてるし。
連中の方がクラスでの支持もあるだろうから、その辺りはもう諦めている。
もう一話ぐらい、仮想指導室が続きます。