ワールド・コースター
「……これで、午前中のノルマは全部回った訳か」
大通りを歩きながら、僕はメモのセイスイバン大工房の項目にチェックを入れた。
「となると、いよいよ午後のメインである王城じゃの。ユフ王の物語で言えば、魔王城という事になる……が」
ケイが、通りの向こう、右手のビル越しに見える城の尖塔に視線をやった。
「とてもそうは見えないなぁ」
魔王城と呼ばれた、シティムの王城は今は白く塗り替えられていた。
「当時は真っ黒だったそうじゃがの。さすがにイメージが悪いと言うことで、塗り直されたそうじゃのう」
そういう意味では、今の色はなかなか悪くない。
この辺りの建物は茶色や灰色が多いが、青い空の下に黒い城はちょっとセンスに問題がありそうだ。
「僕も、悪趣味だと思うんだけど……誰の趣味だったんだ?」
「一説にはハイドラじゃの。あれは魔術以外に建築技術も優れておったそうじゃ。城の改装も一部手掛けておったという」
「ああ、黒色だしねえ」
玄牛魔神ハイドラは、顔も黒毛牛だったし、自分のイメージカラーでもあるそれを、割と重んじていたのだろう。
……商店街が黒一色じゃなかったのは、もしかすると誰かに止められたのかもしれない。
「あるいは単純に、皇帝の趣味」
「それも、納得がいく話だ」
黒色は何だか、強そうだし。
そして僕達は城の正面に着いた。
城の周囲全体が大きな広場のようになっており、外周に飲食店や土産物屋らしき店舗が並んでいる。
ケイが標識を読んだ所、この付近は昼間自動車は通行禁止なのだという。通りで車を見ないはずだ。
幅が広いアスファルトの歩道が逆T字になっており、その先には王城がある……のだが。
「でかいな」
「……うむ」
城もそうだけど、僕達が驚いたのは正門から城へ通じる庭園だ。
何というかこれ、カートか何かで移動した方がいいんじゃない? ってぐらいに、広い。
正門は高い鉄柵になっており、その柵や上部も精緻な細工が施されている。
右端には警備員の詰め所兼出入り口があり、観光客の列が出来ていた。
庭園にも、案内人が先導しながら、十数人の観光客が進んでいるのが、チラホラと見受けられた。
「僕達は、こっちが入り口じゃないんだって?」
「こちらからでも入れはするそうじゃがの。妾達はユフ王達のルートで進むのじゃ」
ケイが、標識を指差す。
文字は読む事は出来ないけれど、矢印は左手を差しており、僕達はそちらに行く事になるそうだ。
「……が、まずは腹拵えじゃの。うむアレじゃ!」
ギンッとケイの目が輝き、真後ろの店に振り返った。
白地に赤い文字で店名や縁取りがされた店だ。
「こと食事に関する事になると、お前の眼力数倍にアップするよな」
名前は『ワールド・コースター』といい、麺料理が旨い店なのだという。
「で、あれが昨日言ってたパスタ屋か」
「うむ!」
やや駆け足で店に向かうケイを、僕も少し早足で追い掛ける。
「……水差すようで何だけどさ、あまり張り切りすぎるなよ? もし外れだったら、ダメージでかくなるし」
僕の忠告に、ケイは振り返り、ふ、と笑った。
「ススムよ、憶えておくのじゃ……後悔とは、後になってするモノなのじゃ!」
「いい事言った風だけど、それ普通にパクりというかよく言われてるからな」
店はカウンターと、テーブルがいくつか。
ちょうど昼食時という事もあり、僕達は二人席についた。
この店は、基本のソースは一つで、他の具材をトッピングするという形式を取っているようだった。
僕もケイも特に具には拘りがなかったので、一番スタンダードなのを注文した。
そして、食べた感想。
「麺の味は悪くない。ただ、ソースはこれ、ものっすごく好みが分かれるな。駄目な奴はとことん駄目な類のソースだ」
なお、このソースだけれど、ベースはオイル。
そしてとてつもなく濃い。
やたらと粘りけのあるこれは多分、麺じゃなくてご飯でも食べられる……けれど、体調が悪い時などには正直、お勧め出来ない。
僕は一皿でお腹いっぱいになってしまった。
が、ここにそれだけでは満足しない奴がいた。
「おかわりじゃー!!」
ペロリと一皿平らげ、既に追加を注文するケイであった。
ソースはまだ余っているので、麺だけおかわりするつもりのようだ。
「……うん、お前が大丈夫なのは、よく分かったよ」
「このソース、お持ち帰りとか出来ぬかのう……」
「確か、お土産であったんじゃないか? ああほら、あった」
僕は店の隅にあった棚を指差した。
パッケージされた麺とソースのセットだ。
値札があるって事はあれも売り物なのだろう。
「何と!? それは買って帰らねばならぬの!」
「……大丈夫だと思うけどこれ、ちゃんと空港の税関通るよな?」
「ヤバイ物では無く普通にお土産なのじゃ! 問題ないはずじゃ!」
「別の意味で、ヤバイ系っぽいけどなあ」
既に僕の目の前に、中毒になりつつある奴が一人いるし。
なんて話している間に、麺の替え玉が来て、再びケイは料理に没頭し始めた。
「うむ、これは癖になるの」
「じゃあ、ウチでも一食買って帰るかのう」
なんて、聞き覚えのある男性の声が、後ろからした。
ぶわっと、脂汗が全身に浮かぶ。
恐る恐る振り返ると、そこには背広姿の白髪の老人……っていうか、ウチの爺ちゃんが、いたずらに成功した子供みたいな笑いを浮かべていた。
「どう思う、ススムや」
「げぇっ、爺ちゃん!?」
ここにいるはずのない存在の出現に、僕は本気で仰天した。
水を飲んでなくてよかった。間違いなく噴いていたと思う。
「何じゃ、久しぶりに会ったというのに、その叫び声は。儂はそんな挨拶を仕込んだ覚えはないぞ?」
「う、う、うん、久しぶり。っていうか、何でここに?」
我ながら阿呆な問いに、爺ちゃんは呆れたように肩を竦めた。
「そりゃ孫が行方不明になったら、心配するじゃろうて。適当に荷物をまとめて、こっちに来たのじゃよ。あ、ちなみにこっちでの泊まりは、そこの嬢ちゃんのお父さんトコで世話になっとる」
「コイツんちとも繋がってんの!?」
いまだ、パスタに没頭しているケイを、僕は指差した。
「失踪した二人の保護者同士じゃ。当たり前じゃろ? それにしても、見事にヒットしたのう」