封印の洞窟
ペンドラゴンさんの案内に従って岩場の泉で顔を洗い、森を歩いてしばらくすると広い場所に出た。
木々に囲まれたその奥に、黒い何か板のようなモノが立て据えられていた。
近付いて、その正体が分かった。
「石碑があるな」
僕の背丈ほどの石碑には文字が刻まれているが、当然蒸語なので読む事が出来ない。ケイにお任せする。
「うむ。そのまま、さっきの説明通りじゃの。ここでセキエンとプリニースの戦いがあったという。その戦いの激しさで、微妙に地面がくぼんでいるという話じゃ」
「言われてみれば、すり鉢状だな。お皿レベルだけど」
うっすらと緑の絨毯が敷かれた広場は、若干ながら傾斜があった。
「そしてここで、セキエンが粘ったから、王様は剣を抜くのに間に合った、と」
「そうですね。どういう戦いが繰り広げられたのかは、結局不明ですが。残っていたのは、お義父さんの亡骸だけでした。いや、だったそうです」
「生き残った方が記録でも残さない限り、そりゃ詳細なんて分からないよなぁ」
「そういう事です」
僕の独り言に、ペンドラゴンさんが頷いた。
「ちなみにお墓は、ユフ王と同じ寺院に納められているそうじゃぞ」
ケイが、西の方を指差す。この近くだったっけ。
「そちらも、案内します。ボクもお墓参りをしたいですし」
「え、ペンドラゴンさんも、血縁のお墓があるんですか?」
「あ……え、ええ、まあ」
不意に、ペンドラゴンさんが帽子を押さえた。
「のわっ」
「っと」
突風が吹き、バランスを崩したケイが僕にぶつかる。
「風が強いですね。洞窟に向かいましょうか」
更に歩く事しばし、僕達は洞窟の入り口に着いた。
「思ったよりも広いのう」
天井も相当高く、これは車の一台ぐらいなら普通に通れそうな規模だ。洞窟と言うより、トンネルと呼んだ方がいいんじゃないだろうか。
左右にはカンテラが設置されていて、薄暗い中でも先に進めそうだ。
振り返ると、ペンドラゴンさんが目尻を腕で拭っていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい、すみません」
本人曰く、風で目にゴミが入ったそうだが……って、いつの間にかケイが消えていた。
洞窟の奥から微かに声が聞こえる。
「おおい、勝手に先に進むな! また迷子になるぞ!?」
しばらくすると、ケイが戻って来た。
「ぬ、じゃが先が気になるのじゃ」
「一回失敗したんだから、学習しろ!」
「あの、結構響きますから、あまり大きな声は」
まだ目尻の赤いペンドラゴンさんに指摘され、思わず口元を押さえてしまう。言われてみれば、確かに他国で恥ずかしい真似をしているかもしれない。
「う、そ、そうですね……他の観光客の迷惑になりますし」
「……幸い、今はいないようですけどね」
「え? 何で分かるんですか?」
「それは、人の気配とか臭いで……って、ああ、勘です、勘」
「……動物と仲良くなるには、やっぱり野生の勘とかそういうのも、必要になってくるんですかね」
「多少あると、確かに仲良くなりやすいかもしれませんけどね。あ、ケイさん先に進んでますよ?」
振り返ると、またケイが消えていた。
「ええい、あんにゃろは!」
少し急いで、僕も洞窟の中に進む。後ろにペンドラゴンさんもついてきていた。
「聞こえておるぞ! 妾は女じゃから女郎と呼ぶのじゃ! ……たわっ!?」
叫び声と共に、派手な音がした。何が起こったのかは、容易に察する事が出来た。
「余計な事を考えて歩くから転ぶんだよ。一応洞窟なんだから、足下には気をつけろ」
「うむぅ……油断した」
いくつかの分かれ道があったが、ペンドラゴンさんの話では順路の矢印以外は行き止まりだという。
そして一番奥らしき場所は、ホールになっていた。
天井の高さといい、ちょっとした体育館ぐらいの広さはあるだろうか。
「おお、大きいのう」
「どうやらここが、ゴールみたいだな。台座もあるし」
部屋の奥には、剣を刺した台座があった。
そちらに近付いてみる。
剣はレプリカだろう。いくら何でもこんな、無防備に刺してあるはずがない。
「ふむ……しかし、疑問じゃの。台座に剥き出しに剣を刺していては、錆びたりしなかったのかや? この洞窟、地層の関係か、水分が結構あるのじゃ。それとも当時は、乾いていたのかの?」
ケイはケイで、別の疑問を呈していた。
それに答えてくれたのは、ペンドラゴンさんだった。
「台座はこれ、後付けですね。前は、普通に木の机の上に置いてあったんですよ」
「へえ? 前にも来た事があるんですね?」
「え?」
「うん?」
何か、微妙にかみ合わなかった。
てっきり以前にも、ここに来たかのような口ぶりだったから聞いてみたんだけど……。
先にハッと気がついたのは、ペンドラゴンさんの方だった。
「あ、ああ、数年単位じゃないですよ? ボクが言っているのは、ボクらの生まれる前の話です!」
「あ、な、なるほど、そうですか。ちょっとビックリしました」
やっぱり、若干太照語でも、齟齬があるようだ。
「となると、物語性を生むため、王の配下かその子孫が設置したと考えるのが妥当かのぅ」
「ですね。そもそもケイさんの疑問通り、剥き出しの剣を刺してたら錆びてしまいますよ。時折お義父さん……セキエン氏が訪れては、手入れをしていたんです」
なるほど、と納得していると、ふと台座の横にあった段差に気がついた。
「……この、横に階段がついているのは?」
「これ、抜いていいようじゃぞ?」
言われてみれば、階段を登るとちょうど、逆さになった剣の柄を引き抜けるようになっていた。
「そりゃ、是非試すべきだな」
「うむ」
そして、ケイ、僕と試してみた結果。
「抜けぬ!」
「勇者じゃないからか」
「いや、単純にこれ、普通に抜けないようになっているんですよ。多分底で鉄板と一体型にでもなっているんじゃないでしょうかね。足で鉄板を踏ん張っていれば、千切らない限り絶対抜けません」
台座の周りを確かめながら、ペンドラゴンさんが指摘する。
「それはもはや抜くとは言わぬの」
「要するに、本物の勇者でない限り、抜けませんよって事か」
「いやあ、本物の勇者でも抜けないでしょう、これは」
そう言って、ペンドラゴンさんは苦笑した。