ジョン・スミス
「な、何でその旗と……いや、そのリュック、俺がこっちに来た時の……」
彼が動揺したのは、旗だけが理由ではなかったようだ。
「ジョン・スミス?」
まあ、間違いないとは思うけど、念の為、確認してみる。
「ジョ、ジョン?」
「ジョン・タイターの兄で合っておるかや?」
彼は、顎が外れそうな顔をした。
どうも、弟よりもリアクションは激しいようだ。
「って何でこの世界の人間が、そんな名前知ってんだよ!? つかジョン・スミスって何!?」
「おや、人違いかや?」
ケイの問いに、ジョン・スミスは口を開き、思案し、やがて頭を振った。
「あー……いや、ちょっと待ってちょっと待って。頭の中を整理させてくれ。つまりアンタらはジョン・タイターって奴の知り合いって訳だ」
「そうじゃの」
「私は違いますがね」
サウスクウェア老は肩を竦めたが、ジョン・スミスには興味があるようだ。
その間も、ジョン・スミスはブツブツと呟き続ける。
「ジョン・タイターって事はつまりジカンソコウ……悪い。ちょっと記憶が混乱してて申し訳ない」
なるほど、ずいぶんと混乱しているらしい。
……ところで、サウスクウェア老の目が、子供みたいに輝いてるのが気になるんですが。
埒が明かないと判断したのか、ケイは僕の持つ小さなリュックを叩いた。
「ともかく、この荷物を渡すように弟から言われたのじゃ。何か分かるかもしれぬぞよ?」
「……なんてこった。ああ、でも戻る手掛かりはあるって事か。おっけおっけ、マジサンキューだ」
僕がリュックを渡すと、ジョン・スミスは荷物の口を開いた。
一番手前に手紙があったのだろう、それを開く。
ザッと目を通し、彼は顔を上げた。
「ええとケイ・カシュー、ススム・ソーマ、それにサンタさんみたいなそっちの人が、ドクター・サウスクウェア?」
「ほう、私の名前も知っているのかね?」
ニコニコと、サウスクウェア老は微笑んでいる。
「この手紙に……いや、気にしないでくれ。ともかく会えて光栄です」
ジョン・スミスとサウスクウェア老が握手をする。
「どういたしまして。気のせいかもしれないが、この歳で自分の研究最大の出来事と遭遇しているような気がするよ。日記に書いておくとしよう」
「そっちの二人にも感謝だ。アンタらがいなかったら、俺はもっと混乱してたと思う」
「手助けになれて、何よりじゃ」
「特にアンタ」
ジョン・スミスが僕の方を見た。
「僕?」
「ここから俺はアンタの世話になるんだが、ありがとう。すげえ助かる。これで、俺達は勝てる。是非、このシティムでの観光を堪能してくれ。出来るだけ詳しく」
「は、はぁ……了解」
出来の悪い海外ミステリの翻訳みたいな台詞だったが、ケイ曰く今ので間違いなかったらしい。
「じゃ、俺は行く。礼に出せるモノはこんなモノしかないけど、感謝の印だ。受け取ってくれ」
言って、ニワ・カイチは懐から革の袋を取り出した。
大きな金貨が三枚出てくる。
受け取ると、ズッシリと重かった。
それと、手製の絵が描かれた木製の符も三枚。
氷の結晶、燃え上がる炎、拳の絵柄だ。
こっちも、手帳を出す事にした。
「あ、せっかくだから記念にこれ」
「サイン? こんなの書いた事ねーんだが……」
ジョン・スミスは手帳を受け取ると、マジックでサラサラと自分の名前を入れてくれた。
「……ま、これで」
うん、読めない。
が、まあそれはいいんだ。記念なんだから。
ついでに、サウスクウェア老のサインももらった。
「多分二度と会うことはないが、またいずれ会おう。その時は俺が世話をする事になりそうだな」
そう言って、ジョン・スミスは走って去って行った。
その背が小さくなり、この金貨と符をどうしようかと困った。
「博士よ、これは本物かの。オーガストラ神聖帝国の貨幣のようじゃが」
「絶対に売らない方がいいだろうね。私がここに居合わせたのは偶然なのだろうが、何らかの天の配剤があったのだろうね。今日はよい日だ」
サウスクウェア老は、金貨と符をハンカチで大事そうに包み、懐に収めた。
ああなるほど、そうすればいいのか。
「とにかく、これで一つ、肩の荷が下りたな」
「うむ。それでこのコンテスト、見ていくかの?」
「興味がない訳でもないけど、見てたら時間が足りないね」
僕達のメインはどちらかといえば、この広場にある銅像だ。
少し離れた場所にあるそれは、ニワ・カイチとチルミーの戦いを表現している。
二つの台座があり、それぞれに一人ずつだ。
魔法使いは二挺の銃らしき武器を構え、もう一つのやや高い方の台座にいるチルミーは弓と矢で武装している。
それを見上げながら、僕は首を傾げた。
「そもそも、どういう流れでニワ・カイチとチルミーは消えたんだ?」
それに応えてくれたのは、サウスクウェア老だった。
「チルミーは時間と空間の使い手だ。そういう意味ではレパートの上位互換という所だね。二人に関しては、知っているかい?」
「ええ、ある程度は」
「ふむ、なら説明に支障はないか」
といって、サウスクウェア老は説明してくれた。
つまり、時間を止めたり進めたり、一方で瞬間移動も可能。
またある種の運命改変能力も持ち合わせており、当たったはずの攻撃を無効化することも出来たという。もっとも、当たったという事実自体がなくなるので、その真偽を確かめることは不可能なのだが。
「またチートなキャラだなあ」
「それをいえば、ニワ・カイチも似たようなモノじゃの。世界干渉の大技使いという意味では、どっこいどっこいじゃろ」
「そりゃごもっとも」
サウスクウェア老は、チルミーの銅像を指差した。
「で。弱点は頭部にあるそうだ。一房、立っているだろう」
言われてみれば、チルミーの頭部になるほどピンと一房立っている。
「ああ、あのアホ毛」
「……その言い方もどうかと思うのだが、記録によるとあれが時空間操作の標といたという。切られたり水に濡れると困った事になったらしい」
「今、そこでその話が出たって事は、つまりそういう事ですか」
「うむ。戦の最中、ニワ・カイチの水の杖が力を放ち、あの頭の毛を濡らした。その途端、世界が歪み二人は消失した……というのが、その戦いを見守っていた帝国軍の兵士の証言として残っている」
水の杖、というのは、ニワ・カイチの持つ二挺の銃の一つだろう。
と、そこでアナウンスが始まった。
どうやらコンテストが始まるようだ。
「と、まあこんな所か。簡単だったが、参考になったかな?」
「ええ、ありがとうございます」
「ふむ……外国人がシティムを見て回るのなら、これも役に立つかもしれないね。シンプルだが、参考程度にはなるだろう」
といって、サウスクウェア老は薄いパンフレットと名刺をくれた。
「おお、感謝じゃ」
「それでは、私はそろそろこの辺で。よい旅を」
そうして、サウスクウェア老も去って行った。
「いい人だったな」
「うむ」