サウスクウェア老
僕達の横で、うむうむと白髪の爺さんが頷いていた。
「って誰!?」
鍔つきの帽子にロングコートの老人だ。
白髪と長い鬚で、見上げるほど大きい。
身なりからして、相当いい生活を送っているんじゃないだろうか。
笑みを湛えた老人は、僕達に何やら蒸語で話し掛けてきたけど、この辺はケイに頼るしかない。
二三言葉を交わし、ケイは老人と握手を交わした。
「コンテストの審査員じゃそうじゃ。サウスクウェア博士。歴史学者だそうじゃ」
「はぁ、よろしくっとったってっ!?」
僕も握手をしたが、やたら力の強い老人で、身体が上下にシェイクされてしまった。
サウスクウェア老はそんな僕の様子に、ハッハッハと機嫌良さそうに笑っていた。
「力強いおっさんだなぁ。言っとくけど、僕達は出ないぞ」
「ああ、妾達ではなく旗に注目したそうじゃ」
「これ?」
僕は、もう一方の手に握っていた旗を掲げた。
すると、サウスクウェア老がまた、長い台詞を口にし始めた。
「この辺りには、その旗は売っておらぬ。かなりマイナーだが君達はニワ・カイチのマニアか何かかや? と聞いておる」
「マニアじゃなくて、頼まれたんだよ! っていうかそろそろ時間だけど、コンテストの審査員であるお爺さんは、こんな所にいてもいいのかって聞いてくれ」
「手洗いに寄っていたのだが、始まるまでもう少し時間がある。まあでも、そろそろ行かないと……と言うておるの」
「でしょうね。審査員がこんなトコで駄弁ってる訳にもいかないだろ。……っていうか、ジョン・タイターのお兄さんって、どこから現れるんだよ。まさかあの壇上か?」
僕は、まだ無人のコンテスト会場に目をやった。
「いやしかし、イベントは始まっておらぬし……ぬ?」
不意に、足下がグラついた。
「地震?」
ちょっと揺れる……震度3か4ってところか。
サウスクウェア老は悲鳴を上げて、地面に伏した。
「って何でこんなに慌ててるのこの人?」
というかそっちの方が余計、揺れを感じるんじゃないかって気もするんだけど。
揺れはまだ続いている……地震にしては妙、というか何だか空気自体も揺れてるようなそんな感じがする。
外国の地震ってのは太照のそれとは微妙に違うのかもしれない。
「よく見るのじゃ。周り皆、似たような様子じゃぞ」
ケイの指摘され周りを見るとなるほど、大勢の人が悲鳴を上げて逃げ惑い、またしゃがみ込んだりしている。小さなパニック状態だ。
「えと……どういう事?」
「太照は地震国で妾達は慣れておるが、このガストノーセンはそうではないという事じゃろ。この規模の揺れも、天変地異の前兆と思うても、おかしくないという事じゃ」
「ああ、なるほど」
パリッ……という音が空から響いた。
スタンガンの火花が飛び散るような音だ。いや、本物は見た事もないんだけど。
それに混ざるようにゴロゴロ……という雷雲のような唸る音も続いている。
でも、雨が降る気配なんて微塵もない、見事な快晴だ。だから逆に不気味でもあった。
「……晴れてるよな?」
「晴れておるのじゃ」
「なら、何で雷の前兆みたいな音が鳴ってんだ?」
これは、本物の天変地異か?
「それは」
とケイが口を開いた直後、それは起こった。
凄まじい落雷の音、ただし音だけ。
みたいな大音声とその直後、僕達から少し離れた所にあるコンテスト会場の舞台に、派手に土煙が上がった。
新たな悲鳴が上がり、次第にその煙が晴れていく。
「……なるほど、ずいぶんと派手な登場じゃのう」
ステージには、二十代前半ぐらいだろうか、黒髪の青年が尻餅をついていた。
手には棍、服装は紺をベースに白と金で縁取られた時代がかったローブ……というかむしろ、コートに近い。
コートの下は、動きやすそうな同色の上下だけど、何だか僕にはジャージのように見える。靴は、運動靴っぽい革のブーツだった。
全体としては魔法使い……コンテストでいうならずいぶんとアレンジが利いちゃいるけれど、ニワ・カイチのコスプレになるのだろうか。
そして、見て分かった。
ジョン・タイターの兄、ジョン・スミスというのは、あれで間違いない。何歳か年を取っているけれど、弟にそっくりだ。
「目立ってるな」
「そりゃ、空から降ってきたのじゃから、当然じゃろう。イベントの一環と思われておるようじゃの」
ケイの言う通りらしく、コンテストの観客らも次第に落ち着きを取り戻し始めていた。
まだ震えているサウスクウェア老に僕は手を伸ばした。
老人は照れ笑いを浮かべながら、立ち上がった。
「……どうやって、現れたのかガチに見てても分からなかったんだけど」
うん、最初から最後まで見た。
空が一瞬開いて、そこからあの人が降ってきたように見えたのだ。
……何かのトリックだろうと思うんだけど、それをどうやって起こしたのかがまったく不明だった。
や、まあ奇術の類ってのが一発で見抜かれたら、それは奇術師達の商売あがったりなんだろうけれど。
「それに、衣装が古いのか新しいのか、よく分からないな」
ジョン・スミスは周りを見渡し、やがて焦った様子でステージから降りた。
そしてそのままこっちに向かってくる。
何やら呟いているが……。
それに合わせて、サウスクウェア老が首を傾げて、何やら口にした。
「『あの野郎、よくも投げ飛ばしやがって』……と言うておるそうじゃ。妾は分からぬが、博士が言うには、古い言葉らしいの」
「待って、何かすごくややこしい」
つまり、ジョン・スミスの言葉をサウスクウェア老が翻訳して、それをさらにケイが僕に教えてくれてるって事になる。
うん、自分で言っててとても面倒臭い。
この辺りの通訳がもはや複雑怪奇なので、筆者権限でここからはサウスクウェア老や、ジョン・スミスの台詞はそのまま、ここに掲載する事にする(実際はケイが僕に通訳してくれている)。
老人の話はまだ続いていた。
ジョン・スミスの服装についてだそうだ。
「彼がニワ・カイチの衣装としてあれを着ているのならば、時代考証と一致していないのは、むしろ正しい。四英雄の中で唯一、異なる発達を遂げた文明圏からの来訪者だから、当時の服装でなくていいのですよ」
「あの時代に、ジッパーはなかったじゃろうからのう」
「その上でデザイン自体は当時を踏襲しているのです。コンテストでは万人受けせず厳しいかもしれませんが、学者としては及第点を差し上げたいですな」
なんて博士とケイが話していると、ジョン・スミスが僕達を見て、立ち止まった。
「!?」
しかも何か、すごくビックリしてる。
……この、旗のせいか?