シティム大聖堂
広い公園は、なだらかな芝生が続く。
世界が大きく見えるのは多分、街灯も電線もないせいなんだろう。代わりに夜は真っ暗だろうけれど。
舗装された道路はなく、人々はのんびりとした足取りで思い思いの方角を目指したり、ピクニックシートを敷いてその場に座り込んだりしている。
まあ、ひなたぼっこには絶好の日和だ。
「おお、何かコスプレの人が増えてきた」
「古の建国祭じゃからの」
明らかに古めかしい衣装に身を包んだり、軍旗を掲げて進む甲冑の集団やら、見ていてなかなかに面白い、明らかに非日常な風景でもあった。
「……前にも言ったような気もするけど、ユフ王の生誕祭と一緒にすればいいのにな」
「ま、お祭りが多いのはよい事じゃ。少なくとも観光する側としては楽しめるからの」
なんて話しながら、のんびりと目的地、つまりシティム大聖堂を目指す。
「うーん、それはあるけどむしろ、ここの人達の生活的に大丈夫なのかと、そっちの方が心配になっちゃうなぁ」
「む!」
不意にケイの足が止まったかと思うと、ギラリと瞳を輝かせて首を彼方に向けた。
その視線を追うと、赤と白のカラフルな傘の屋台があった。
トラックを改造したモノで、コンテナのサイドを開く事で商品を展示しているようだ。
「何だ、屋台か。何が食べたいんだ?」
「違うのじゃ! アレが食べ物屋に見えるのかや!?」
近付くと、その店が何なのかハッキリした。
展示しているのは服や仮面、小道具類だったのだ。
「……布風の食べ物とはまた珍しい」
「貸衣装屋じゃ!!」
せっかくなので、僕達も借りてみた。
一番安い、使い捨ての衣装である。
緑のプラスチックのお面、安っぽい布で織られたマントのような衣装。
「まさかもう一度、この格好をする羽目になるとは思わなかった……」
すなわち、小鬼のコスプレである。
僕が青で、ケイは赤の衣装、という天満で同じだ。
使い捨てらしく、用が済んだら近くのゴミ箱に捨ててオーケーというお手軽さだ。
「前のよりは上等じゃの」
「そりゃ、あの時のは画用紙とビニール袋を加工したような格好だったしな……」
もっとも、それでも安っぽいのには、代わりはないけれど。
……捨ててもいいとは言ってたけど、これはお土産に持って帰ってもいいなと思った。
芝生の公園を抜け、僕達はシティムの大聖堂の足下に到達していた。
例えるなら、白いダンボールを丸く巻き、意図的に中央を盛り上げていった、幅広の円柱塔。円錐、と呼ぶには先端が少々太すぎる印象だ。
白亜の建物は金でも埋められているのか、陽光を浴びて輝いていた。
塔の頂上を見上げると、鐘楼が見えた。
「ユフ王の伝説の中では、白々しきワルスの死地とされる場所じゃの。本人の名に相応しく、真っ白い建物じゃ」
何かに似てるな、と考え、それに思い至る。
「ウェディングケーキみたいだなぁ」
「結婚式も実際に行なわれるそうじゃ。ふむ、時の鐘が鳴る時間には鳴っておらぬの。ちとパンフレットをもらって来よう。おそらく、ワルスの伝説も載っておるのじゃ」
という訳で、中に入ってみた。
入り口脇に、長細いガイドブックがあったので、ケイに預ける。
大聖堂内は左右に太い柱が並び、その柱にも高い天井にも無数の彫刻が施されている。
モザイク模様の床も磨き上げられ、輝いていた。
「なるほど、シンプルじゃが確かな方法じゃ」
というのが、白々しきワルスとユフ一行の戦った、伝承部分に目を通したケイの感想だった。
なお、ケイの話によると、ユフ一行はシティムに入り、城を目指した。
そして、侵入してから分断され、戦いは再び城の外、つまり僕達がいる市内に散ったのだという。
それはともかく、ケイの発言が気になった。
「ん、どういう事?」
「相手は、絶対命令権を持つ声の所有者じゃ。これに対抗するために――」
と、ケイに誘導され、僕は大聖堂の中を歩いた。
一旦建物の左脇の部屋から階段に上り、まるで大聖堂の裏舞台のように上へ上へと目指していく。
途中から螺旋階段に変化しており、見下ろすとちょうど大聖堂のど真ん中の床が見えた。
「――これじゃ」
息を切らせ、辿り着いたのは、さっき僕が見上げた鐘楼だった。
十幾つかの柱で天井は支えられ、シティム市内を一望出来る。
そして、ケイの話の中心は、この鐘楼の主役、つまり巨大な鐘だった。
「鐘楼の大音声……」
「そう。そしてここまでその白々しきワルスを誘い、鐘楼台で討ったのが、ケーナ・クルーガーじゃ」
「そうか、ワルスと狼頭将軍は因縁があったっけ」
ここで、ケーナ・クルーガーと白々しきワルスは決闘した。
誘い込む案は、ニワ・カイチが提案したのだという。
「狼頭将軍とワルスは、洗脳の時点でも確か知り合っておった筈じゃ。つまり、彼女に父親を殺させた、間接的な犯人とも言えるのじゃ。そしてワルスはここから――」
ケイが、鐘の真下、すなわち吹き抜けとなっている部分を覗き込む。
「――落ちた」
当然、柵はあるけれど、落とそうと思えば落とせるだろう。
「という事じゃの。ふむ、染みでもあるかと思ったら、ないの」
もちろん、ここから見える大聖堂の床は綺麗なままだ。
「千五百年前の血の染みとか残ってたら、ホラーだろ!? っていうかそういうの苦手だからやめて!?」
「この鐘楼、妾も鳴らしてみたいのう。どんな手応えなのじゃろう」
「……国に帰ってから、どっかのお寺にでも頼んだ方が、事態が穏やかに済むと思うぞ。それで我慢しろ」
「ちょっと頼んでみては、駄目かの」
「何かお前、足踏み外してワルスと同じルートで死にそうだから、駄目だ!」
強引に引っ張ったけど、僕の選択は正しかったと信じて疑わない。
大聖堂を出た僕達は、再び市内広場に出た。
さっきの芝生の公園よりも道は舗装され、並木道もあるようだ。
人の多さは変わらないまま、普通の格好の人半分、コスプレ半分と言った所か。
「さて、そろそろじゃの」
「ああ。でもちゃんと来るのかね」
僕は、バッグから細いポールに巻かれた旗を取り出した。
旗を解くと、大きな星を背景に、舞い散る桜が広がる。
ここで、ジョン・タイターの頼み事をこなす必要がある。
市内広場のイベントに、彼のお兄さんがやってくる。そのお兄さんに、預かっていた荷物を渡すのだ。
「確信があるようだったしの。目的地の方角でもある。旗を振りながら、待つとするのじゃ」
「ちょっと恥ずかしいんだけど」
旗をパタパタと振りながら歩くと、僕達が外人なのも珍しいのかもしれない、視線をやたら感じられた。
「照れるから、視線を浴びるのじゃ。何、他の者はもっと派手じゃぞ」
「そうみたいだけど……あれが、ジョン・タイターが言ってたイベント?」
「うむ……」
芝生にカラフルで大きな舞台が設置されていた。
その手前には椅子が幾つも用意され、既に観客で埋まっているようだ。
ただ、まだそのイベント自体は始まっていないようだ。
「なんかのコンテスト?」
「そうじゃの。舞台の後ろにある大きな文字で、『四英雄コンテスト』とあるのじゃ。つまり、ユフ王と三人の仲間のコスプレのコンテストじゃの」
「力、入ってるなあ。っていうか、明らかに着ぐるみの人もいるんだけど」
龍のレパートをデフォルメした、着ぐるみである。ああいうのでもいいのか。
「ネタ枠じゃな。妾なら高ポイントなのじゃが」