金色城
そして入った喫茶店は、ほぼ満席に近かった。
いやそれよりも、僕は驚愕に思わず後ずさっていた。
何せ、字こそ読めないモノの、そのシステムは一目瞭然だったからだ。
「パン取り放題……おかずも取り放題だと……!?」
そう、客は皿を買い、長いテーブルに並べられた様々なパンや、深皿に盛られたおかず類を好き放題に取れるのだ。
何と、香茶、豆茶も飲み放題である。
「見よ、我が眼力の力を!」
「待て、微妙に力が重複してるぞ」
「それだけ、妾の力がすごいのじゃ!」
ああうん、間違いなくコイツ浮かれてやがる。
でもこの光景を前にしちゃ、しょうがないか。
「……ま、でも選べるのはいいな。食べきれない量を盛るなよ」
「ふ、問題ないのじゃ」
という訳で、僕達の朝食はまず、その具材を選ぶ所から始まった。
そして。
「……一応、加減はしてるのか?」
僕の向かいで、さっそくスクランブルエッグを頬張るケイの皿を見た。
他、目玉焼き、川魚の照焼き、ウインナー数本、ミニハンバーグ、フライドポテト、トマトソースのパスタ少々。小皿に盛られたサラダ類、カップの中身は確か木イチゴのソースの掛かったヨーグルトだったか。
飲み物はミルク香茶をチョイスしている。
種類は多いが、それぞれの量は少ない……いや、うん、少ないけどコイツの身体の小ささを見ると、どこに入ってるんだって思わないでもない。
「起きてから、ここまで我慢したのじゃ。その分は、食うのじゃ」
「んー……まあ、僕も人の事は言えないからいいけどね」
僕もスクランブルエッグをメインに、温野菜サラダとコーンスープを選んだ。飲み物は牛乳豆茶。柑橘系の果物も少々デザートとしていただく事にする。
「朝から、幸先がよいのう」
「朝食一つでこれだけ上機嫌になれる人間も、そういないと思う」
満足のいく朝食を摂ると、僕達は再び駅前に戻った。
さっきはよく見なかったけれど、大きな台座にユフ王と仲間の銅像が飾られている。
剣で彼方を指し示す、少女。
狼頭将軍ケーナ・クルーガーは前屈みで今にも飛び掛かりそうな態勢。
魔法使いニワ・カイチは杖を肩に預け、後ろをのんびりついてきている。
龍のレパートも皆と歩き、周りを警戒するように長い首をもたげていた。
バスで目的に向かう途中、さっき見たソルバース財団のバスが並んでいる光景が目に張った。
その奥には、石畳の広場、さらにその向こうに四つの尖塔が天に向かって建つ、直方体の大寺院が見えた。
「あれがツインサム寺院か」
「帰りに寄れるかもしれぬの」
ソルバース財団のスタッフが資材を運搬する光景が、後ろに流れていった。
そして到着した、最初の名所。
六禍選の一人、黄金の皇子オスカルドの住処。
その名も『金色城』である。
名前の通り、ミニサイズの宮殿、しかも建物全てが黄金に輝いている。……いい天気のせいで、大変眩い。うん、すんごく鬱陶しい。
「……悪趣味と優美の瀬戸際みたいな建物だ」
「見事な金色じゃのう」
僕もケイも、目を細める羽目になった。
「まあ、本人からしてアレだし、そう考えると相応しい建物なのかもね」
中に入る事は出来るらしいので、僕達は門に向かった。
「……中も金ピカなのか。目が痛くなりそう」
入ってすぐが、ホールになっていた。
朝方なので、人はあまり多くはない。
金が掛かっているのは、よく分かる。
そのデザインも、趣味は悪くない……と思う。ただ、建物全部がホント、輝いているのだけはどうにかならないモノか。
壁も床も、顔が映るほどなんだ。……スカートの女性には、お勧め出来ない。
「警備も大変そうじゃのう。……ふむ、メッキじゃの」
コンコン、と金色の床をケイは足先で小突いた。
「え、何だそうなの?」
僕の問いに、ケイは受付前でもらったパンフレットを開いた。
「いや、当時は本物だったと書いてあるのじゃ。がまあ、ユフ王の治政の時代に一度取り壊され、レプリカとしてこれが建てられたそうじゃ」
「何でまた、そんな面倒な事を。しかもユフ王からすれば敵のだよ?」
「一応、義理の弟じゃぞ?」
「……そういや、そうだったっけ」
まさか、ユフ王も金ピカ好きだった、とかじゃないよな。
「義理の姉弟という事情もあるが、名所の一つとして利用したともあるの。六禍選の建物全て、建て直されたとある。そして実際、妾達のように余所の国から訪れておる訳じゃ。しかも、レプリカと言っても千年以上前の建物じゃぞ?」
「先見の明って奴かなぁ」
「そもそも本物は本人存命の時はともかく、最大の権威がおらぬようになっては盗難の危険の方が大きかろ。世界中にある故人の墳墓がどれだけ荒らされた事か」
「……なるほどね」
建物全部が純金なら、ちょっと削るだけでも小遣稼ぎになるだろうし。
「それでも展示されておる宝石類は本物らしいのじゃ」
壁に沿うように、目線の高さぐらいの四角柱が等間隔で並んでいる。
その上にはガラスケースがあり、中に宝石が飾られていた。
……これまた、貴金属類なんて素人の僕が見ても、見事な石が揃っていた。
そしてホールの奥の小部屋。
「……これは、また」
台座に建てられた、オスカルドの彫像に僕は絶句した。
……肩に小さなツバメを乗せた、全身金色の純金製彫像だ。様々な宝石の輝きが彩りを添えている。
そういえば、ラクストックの博物館でも同じように呆れたっけ。
駅前にあったユフ王の彫像に対応するように、これもまた剣を彼方に向けて掲げている。……こういう所は、姉弟という所か。
「ずいぶんとまた自己顕示欲の強い人物だったようじゃのう」
「目立ちたがり屋だったのは、間違いないね。……あの宝石類も、本物?」
「本物だそうじゃのう」
「……ダンプカーか何かで突っ込んで、そのまま盗難事件とかいずれ、起こりそうだな」
「ま、その心配は妾達の仕事ではあるまい。ちなみにあの宝石類の一つ一つがオスカルドの魔力の源である、と伝承にはあるのじゃ。そして不可視の攻撃を、肩のツバメが主に担当しておる。また本人も帝国式戦闘剣術を会得しておる……じゃったな」
「ペンドラゴンさん、元気にしてるかなぁ」
僕はラクストック村で、これを教えてくれた人を思い出していた。
「ちゃんと妾も教えたのじゃ。昼にはデザートも付けてもらうぞよ」
「はいはい」
さて、主に見るべきモノは見た。
僕達は、次の目的地に向かう事にした。
「なお、この建物は世界文化遺産に登録もされておるという」
「芸術性ってよりも俗物性の方が、凄まじい気がする」
外に出ると、清々しい青い空が目に入った。
「おお、自然の風景が目に優しい……」
「次はシティムの大聖堂じゃったの。うむ、アレかや」
ちょっと遠くだが、白いホールケーキのような建物を、ケイが指差した。
「歩いて行ける距離でよかったな」
僕達はそれに向かって、歩き出した。