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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第四章 有翼人の峡谷・ラヴィット
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レパートの影

 外に出ると、やはり風が少々寒い。

 ……まあ、耐えられない程じゃないけど。

 日は沈み、街灯も灯り始めている。駅の近くだけあって、さすがに人の気は多いみたいだ。

 そんな中を歩きながら、僕はケイに尋ねた。

「市立の博物館は、ここのすぐ近くだって話だっけか」

「近いのはよい事じゃ。今日は特に移動が多かったからの」

「……明日、筋肉痛になってないか、ちょっと不安だな」


 そして到着した市立博物館に、僕は尻込みする羽目になった。

 ……イメージとしては、黒く輝く平たい直方体。

 そして内部、高級宝石店をものすごく広くしたような感じだ。全体的に硬質で、やたらとガラスが張られている。

 間接照明っていうのか? あまり強くない光源がホールを満たしていた。

「な、何か入るのが躊躇われるなぁ」

「博物館で間違いないのじゃがの。モダンな美術館というか……ううむ、近代的な造りじゃ」

 念の為、ケイに建物の名前を確かめてもらったが、間違いはないようだった。

 受付の人達の視線を感じる……のは、まあ多分僕が不審な振る舞いをしているからだろう。

 その受付でパンフレットをもらってきたケイが、建物の説明に目を通していた。

「ふむ、数年前に建て替えたのじゃな。道理で真新しいはずじゃ」

「……ど、どうやら普段着でそのまま入って、問題なさそうだな」

 僕は恐る恐る、ホールに足を進めていく。

 うん、ラフな格好の家族連れとか、耳にイヤホンつけながら早足で通り過ぎていく学生さんっぽい人もいるし、大丈夫大丈夫。

「小心じゃのう」

「だ、だって、入り口でドレスコードとかで入場規制とかされて、警備員さんに『帰った帰った』とか言われたら、結構へこむぞ? 自慢じゃないけど僕はかなり豆腐メンタルなんだからな」

 そしたら多分、今晩一日かなり落ち込む。

 そんな僕の様子に何を企んだか、ケイは面白そうに目を細めた。

「お主、家にパソコンはあるかや」

「え、急に何? 爺ちゃんちに置いてあるけど」

「よし、今度ハッキングさせてもらうのじゃ。お主の黒歴史、堪能させてもらう。日記か創作小説があればめっけもんじゃの」

 この偽幼女、トンデモナイ事を言い出した。

「ちょーっ!? やめて、絶対やめて!? つか平然と人のパソコンにアクセスするとか言うの、どうかと思うぞ!?」

 しかもコイツの場合、普通に実行出来る技術が持ってるのが、怖い。

 あ、あの数年前に書いた、僕の小説に目を通すだと……!?

「不安ならばスタンドアローンにでもしておくのじゃな」

 いわゆる、ネットに繋いでいないパソコンである。

「……それ、趣味でパソコン持ってる立場的には、人間で例えたら手足もいだようなもんじゃん」

「今宵はパソコンが使えぬのが、少々寂しいのじゃ。まあないならないで、どうにでもなるのじゃが、明日の予定はお主の記憶力が頼りとなるのじゃぞ?」

「ま、その辺はここを見て回ってから考えよう。……で、レパートとかユフ一行のコーナーってあるか?」

「ふむ、千五百年前なら、二階じゃの」

 ひとまず。

 僕は家に帰ったら、個人的に重要なテキスト文書をフラッシュメモリにでも移動させておこうと決意した。


 幅の広い階段を登り、やたらと幅に余裕のある通路を進む事しばし、僕達は広い一画に出た。

 若干、薄暗い雰囲気があるのは、内装が黒で統一されているからか。

 部屋の壁にはガラスケースが並び、鉱石やら有翼人の模型やらが陳列されている。

 その中でもまず目を引いたのは中央、僕達に口を開き、今にも火を噴きそうな(レパート)の模型だった。

「おお、『有翼人の恥』だ」

「違うのじゃ。これは、首や尻尾の向きが逆じゃし、翼の角度も若干異なる別物じゃ。大体、カラー塗装されておるではないか。要するに、龍形態のレパートの模型じゃの」

 なるほど、言われてみれば石像じゃない。

 あっちはあっちで迫力があったけど、これもいいなあ。

 模型とか、売店で売ってないだろうか。

「ふむ……んん?」

 正面から側面……そして、おかしな事に気がついた。

 模型の手前には柵があり、直接模型には触れられないようになっている。

 ただ、この柵が若干不自然で、右斜め後ろにもずっと伸びているのだ。

「何だこれ」

 そのまま足を進めると、もう一つの模型に到着した。

 黒い、(レパート)の模型だ。

 素材は何やらクリアなモノを使われているようで、僕やケイの顔を反射している。ガラスじゃないけど……プラスチックでもないなあ。何だろう。

 とにかく、龍の模型は二つあった。それも、同じポーズ。

 床を見ると、黒い板がカラーの模型の方に伸びている。

 ……意図が分からない。

「なあ、何で影みたいな模型があるんだ?」

「あー……」

 僕の問いが聞こえていないのか、何だかケイは阿呆みたいに口を開けて黒い模型の方を見上げていた。

「おい?」

 軽くニット帽をはたいてやると、ハッとケイは我に返った。

 そしてすぐに、思考に没頭し始める。

「いや、うむ、なるほど……龍がそうであるならば、当然影もそうなるという事じゃの」

「ちょ、何一人で納得してるのさ? ってかこれ何?」

「何も何も、お主が今、自分で言った通りじゃ」

 俯き、自分の思考世界に浸ったまま、ケイはそれでも答えてくれた。

「僕が言ったって……影って事?」

「そうじゃ」

 僕は照明で生じている、自分の影を見た。

 まあ、床が黒いから分かりづらいけど、影は壁に伸び、陳列にうっすらと僕のシルエットを作っていた。

「全然、違う」

 僕は再び、黒い龍に顔を向けた。

 影は、平たいモノだろう。こんな立体であるはずがない。

「それは、妾達が三次元の存在だからじゃ。この龍はの、もう一つ上の次元の存在なのじゃ。四次元の生物と呼ぶべきじゃの」

「よじ……」

 四次元?

 そういえば、三次元についてつい午前中、講義を受けたような記憶がある。

 確か、幅・奥行き・高さだったか。

 それにプラス、もう一つの軸、という事か……?

「三次元の存在の影は、このように平面、すなわち二次元で出来る。ならば四次元の存在の影はどうかと言えば、当然三次元で出来るのじゃ。そして大峡谷での戦において、魔法使いは高さをなくして、有翼人達の利を奪った。伝承にもあった、唯一飛べる存在、つまりこのレパートのみ、四次元から三次元に堕とされてなお、空の高みにいたのじゃ」

 ほとんど独り言のように呟き、ケイは顔を上げて、改めて黒い龍――レパートの影を見た。

「ソアラ嬢が洞窟博物館で勿体ぶった、龍の秘密こそこれなのじゃ……四次元生命体とはのう」

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