厳戒態勢?
さて、時間はまだ少々余っている。
とりあえずどうするかなーと、周囲を見渡す。
駅前だけに、さすがに人が多い。
太照と圧倒的に違うのは、やはり建物自体がいい意味で古くて味があるのと、電柱・電線がない点だろう。確か、地下に埋め込まれているんだっけか。
ネモルドーム駅は、僕達がイフから使ってきた国鉄に加え、いくつかの地下鉄が集中しているらしい。
天井から吊された案内の矢印は、あちこちに伸びている。
「ん……?」
不意に視界の入った、鮮やかな青色に僕は動きを止めた。
見ると、それは警官だった。
それも一人二人ではない、何十人が後ろに腕を組み、何やら待機状態にある。
多分上役らしき人達は、レシーバーに向かってしきりに返事をしているし、パトカーや護送車らしい車も何台も車道に列を作っている。
「はっ、追っ手かや!?」
動揺して後ずさるケイを、僕は制した。
「やめろ。ネタでも不審な行動取ってたら、普通に不審者として目をつけられるぞ。ちょっと見、分からないだろうけど、一応僕達外国人で目立つ筈なんだから」
「ふーむ……何やら厳戒態勢のようじゃのう」
空気がピリピリしているのが、こちらまで伝わってくる。
……と言っても、行き来する人達は素知らぬ顔だ。実際、後ろ暗い事がなければ、そんなモノだろう。
「……僕達相手に、あそこまでやらないよね?」
一応、後ろ暗いといえばそうなんだけど、さすがに僕達二人に対して、あれはないと思う。
「違うじゃろうのう。テロかの」
「物騒だな、おい!?」
思わず突っ込んだけど、あながち冗談になっていない事に、僕は気がついた。
「……あー、でもアレか。最近この国を騒がせている、青羽教ならあるかもな」
ついさっき、平和な方を見てきたばかりじゃないか。
「ふむ。現状どうなっておるのか、聞いてきてよいかの」
「そういうのを、藪蛇って言うんだよ。野次馬根性は抑えておけ」
「気になるのう」
とは言いながらも、さすがにケイも、本当に聞きに行くような事はしなかった。
「心配するな。俺達には関わりない事だ……というかむしろ、僕達にとっては警察の方が危険なんだから」
ま、触らぬ神に祟りなしとも言うし、さっさとここから立ち去るのが吉だろう。
どこに向かうにしても、ここはあまりよろしくないな、と考えていると。
「ちょっと待つのじゃ」
ケイに、裾を引っ張られた。
「ん、何だトイレか」
「そう言われると、ちと行きたくなったの。用事自体は別じゃが待っておれ」
問答無用で、ケイはすぐ近くにあるトイレに駆け込んでいった。
…………。
待っているウチに、僕の方も催してきたので、交代で用を足した。
「で、何なんだよ。……ま、ちょうど空白時間みたいな感じだから、いいけどさ」
「あれじゃ」
ケイは、駅ビルの広場に設置されている、大きな液晶ディスプレイを指差した。
「ニュースか。そういやちょうど午後の三時。今日のトップニュースが見られるかな」
なるほど、今の社会情勢を知るのも悪くない。
こういうのはどこの国も同じらしく、まず大きなニュースが最初に流れるようだ。
画面に映っているのは、フラッシュが焚かれながら高級車に乗る背広姿の壮年の男性だった。そんな彼に、レポーター達が群がっていた。
テロップも流れているけれど、ここはケイに頼るしかない。
「……誰、あのオッサン?」
「この国の、大物政治家じゃ。不祥事じゃの」
「違法な政治献金とか、そんなの?」
不祥事と聞いて、真っ先に思いついたのを口にしてみた。
「近いと言えば近いかの。宗教団体との癒着じゃ。もちろん、その宗教というのはあそこじゃの」
「青羽教か……」
「ここ数日続く謎の襲撃に、政治家との繋がりのリーク……というか、これがパトロンだったようじゃのう。青羽教は資金源を断たれてしもうたという事になるの」
言わば、活動の大動脈を断たれた訳だ。
「じゃあ、青羽教は終わり?」
「そのようじゃが……なるほど。青羽教の本部はここ、ラヴィッツにあるという。じゃから、この警察の多さなのじゃ」
「がさ入れかー」
おそらく、だけど、これまでテレビに映っていたあの政治家が警察を抑えていたのだろう。けれど、その強い権力が取り除かれ、警察もようやく本腰を入れられるようになった――って所だろうか。
「おそらくの。ま、大きな騒ぎになる前に、移動するのじゃ」
「だな」
それに異論を挟む余地はない。
ニュースは次の話題に移り、謎の青い飛行物体があちこちで目撃――みたいな内容に移っていたが、まあ言ってる事も分からないし、スルーしておく。
警察が見えなくなった辺りで、ホッと一息ついた。
車が行き来する大通り、石畳の歩道もやたらに広い。
「ひとまず、大劇場を見物に行こう。入れないけど、どれぐらいの人の入りかぐらいは見れるだろ」
その大劇場は僕達の進行方向に、バッチリ見えていた。
「ふむ、悪くない考えじゃ」
距離的には五分と言った所か。
なんて考えながら、歩いている時だった。
パァン!!
「発砲!?」
僕はケイの首根っこを掴み、地面に伏せた。
「むぎゅ」
…………。
周りを見ると、他の歩行者はまるで動じていなかった。怪訝そうな顔やクスクス笑いながら、僕達の横を通り過ぎていく。
「お、お主、ずいぶんと機敏じゃの」
「あ、ああ、ちょっとこういうに対しては、爺ちゃんに仕込まれてたから。でも違うかったみたいだ」
僕はケイを起こした。
「一体何じゃ……?」
「あれだ」
僕は、音のした方角を指差した。ちょうど、T字路に当たる部分だ。
他の建物三つ分の幅はあるだろう、白い神殿風の建物。
幅広の階段に並ぶ、タキシード姿の男性達やドレス姿の女性達。
真っ赤な外車。
舞い散る紙吹雪、空には幾つもの花火が上がっていた。さっきの発砲音はどうやら列席者達のクラッカーによるモノらしかった。
そして建物の中からは、やはりタキシード姿の男性と、それに手を引かれて降りてくるのは……。
「おおおおおー」
巨大な白鳥。
……いや、白鳥を模した超特大スカートを履いた、ドレス姿の花嫁だった。
「ラスボスの出現じゃ!?」
「いや違うあれ花嫁!! うちの国の年末歌番組じゃない!!」
気持ちは分かるけど、攻略対象ではない。
「あ、あれはその、何じゃ。動けるのかや?」
「多分ワイヤーか何か仕込んでるんじゃないか? まさか、機械仕掛けじゃないだろう」
「!!」
ハッと、ケイは目を見開いた。
「そこ、閃いたみたいな顔すんな!!」
「それにしてもまた、ずいぶんと派手だなぁ……しかも周りの人達、驚いた様子もないし」
……僕としてはあれ、どうやって車に乗るんだろうって点なんだけど。
後で聞いた話によると、ラヴィットの結婚式は、ガストノーセンでも特に、結婚式が派手なのだという。
まあ、色んな意味で一生記憶に残りそうだなあ、というのが僕の感想だった。