演劇のチケット
ラクチョを降り、その手綱をソアラさんに預ける。
どうやらイスト・スリベル駅よりも多少人の気は多いし、土産物屋もいくつか開いている。
時折馬車や他のラクチョも通っていく。
多分、こっちから大瀑布や大峡谷を目指す人が多いのだろう。
そんな中、ソアラさんはバスの時刻表を指差した。
「バスの時刻には遅れないようにして下さいね。一時間に一本しかありませんから」
「はい。ラクチョの方は」
「こちらは、私の方で返却しておきます。ご安心下さい」
「すみません、よろしくお願いします」
まあ、そこまで仕事なんだろうけれど、どうも頭を下げてしまう。
「他には……ああ、そうそう、バスに乗ったら、右手の席に座る事をオススメします。お城が見えるんですよ」
思い出すように、ソアラさんは手を合わせた。
「城? 鏡の魔女のとは……まあ、違いますよね」
それはさっき通り過ぎたし、方向がまるで違う。
「はい。お二人の旅とは無関係ですが、第五次魔王城を見る事が出来ますよ」
「へぇ……」
と言われても、ちょっとピンと来ない。
第五次……? こんな事なら、もうちょっと真面目に歴史の勉強をしておけばよかった。あいにくと僕の頭の中は、漫画だのゲームだのが切欠じゃないと、あまり熱心には働いてくれないのである。
そこで、ケイが解説してくれた。
「第五次魔王城は、現在世界認定されておる、いわゆる魔王と呼ばれる人物が建てた城じゃ。第五次であるから当然、五番目じゃの」
曰く、ラノベファンタジーにある魔王ではなく、実在の人物達らしい。
「世界的に特に有名な所では、ペインロントのザナドゥ教会焼き討ちを行った第三次『灼熱王』オーディン・フラナガンや、近年では単独でヤレンの軍事基地五カ所等を壊滅させた第八次『国堕とし』ハンスール・フィランデルが知られています」
「そ、そうなんだ」
うん、名前ではやっぱり、よく分からない。
ただ、何となくすごそうではある。
教会焼いたってのも罰当たりなら、何だその無双キャラ。
なんて引きつった笑顔で何とか頷いていると、ケイが残念そうに溜め息をついていた。
「……もうちょっと、他の歴史も勉強すべきじゃのう」
「し、ししし、知らないなんて言ってないだろう!?」
「言わずとも分かるわ、それぐらい」
なんて僕達のやり取りを微笑ましそうに傍観してたソアラさんだったが、時計を見て長居するのもどうかとでも考えたのだろう。
「それでは、私はここで……と、そうそう。午後からはネモルドームなんですよね」
「あ、はい」
僕はケイとの口論をやめて、頷いた。
「では、また再会するかもしれません。これをどうぞ」
と、ソアラさんがウエストポーチから取り出したのは、二枚のチケットだった。
「ぬ、お金かや」
と、ケイがそれを受け取った僕の手元を覗き込む。
「って何で案内してもらった方がもらうんだよ!? チケットだよ!?」
まあ、何のチケットなのかは今から改めるのだが。
表面には龍人と青い羽の青年、さらに透き通ったガラスのようなドレスの女性。
演劇のチケットのようだ。
文字は読めないけれど、時間は十六時……夕方からだ。
「……あれ、この演劇って」
「テンニン劇団というとアレじゃの。うむ、場所もネモルドーム公園野外ホール。間違いないの。昨日宿で話しておったモノじゃ」
演劇は『レパートと鏡の魔女』。
そう、すぐ近くで大物俳優が同じ演目をやるからと、チケットが格安になっていた(けれど僕達は買えなかった)舞台劇だ。
僕達の会話に、ソアラさんは嬉しそうに笑った。
「え、それは光栄です」
「えと、その、何でソアラさんが、これを?」
「私、そこで劇団員もやってますから」
まあ、タダでチケットをくれるのだから関係者なのには違いないが……。
「ってちょっ、午後から演劇あるのに、ここで仕事してていいんですか!? リハーサルとか打ち合わせとか!」
そう、夕方から開演なら、もう既に現場にいないとまずい状況なのではないだろうか。
しかし、ソアラさんはまるで慌てた様子がない。
「はい、大丈夫ですよ。その辺は昨日の内に完璧に仕上げてますし、スタッフ皆の保証付きです。まあ、ラクチョを送り届けたら、これから現場に向かいますけど」
……そうかよかった。
まあ、現場の人達の了承済みなら、大丈夫なのだろう。
「そうして下さい……ちなみに劇団員ってお話ですけど、どんな仕事なんですか」
「主演です」
「さっさと行って下さい必ず観に行きますからまた後でお世話になりました!!」
僕は急いでソアラさんを追い払った。
ソアラさんがいなくなり、僕は大きく息を吐き出した。
「あーもー、ビックリしたー……」
これ、ソアラさんと呑気に食事を取ってたら、大変な事になってたんじゃないだろうか。
「うむ、妾も仰天じゃ……あれは、わざとかの、それとも天然かのう」
多分、天然のような気がする。
「ま、とにかくチケットは手に入ったし、行かない手はないよな」
「無論じゃ。ま、それはともかく妾達は飯にせぬか」
僕は、チケットを懐にしまった。落とさないように気をつけよう。
「ま、そうだな。でもあんまり食い過ぎるなよ? この後移動があるんだから」
喫茶『エムティ』はすぐに見つかった。
まあ、建物なんて限られていたし、その中で飲食店となるとさらに絞りこめた。
……店内に入ってしばし。
大惨事の始まりである。
「……ホント人の話を聞かない奴だよなお前って!?」
テーブルに所狭しと広げられたのは、丼のような深い大皿に盛られた具だくさんミートパスタ。タルタルソースの掛かった、大きな海老フライ二本のプレート。湯気を立てているコンソメスープの器も、大振りのお茶碗ぐらいある。そして、三人前はあろうかというチョコレートパフェ。
「おおお……これはまた、ものすごいのじゃ……海老も大きいのじゃ」
感動の声を漏らすケイであった。
「つか食えるんだろうな。これ、本当に食い切れるんだろうな。食べきれなかったら許さないぞ」
睨みながら言う僕の注文は、子供用平麺トマトパスタである。
……もっと食べたいのだが、これはこれで僕なりの思惑があるのだ。
ケイの注文したミートパスタは正に主役、山と呼ぶのに相応しい。
「うむむ……とにかく、登山開始なのじゃ」
そして、ケイの挑戦が始まった。