大瀑布の下の下
「ん……?」
ふと、僕は大瀑布の中に、何かある事に気付いた。
目を凝らしてみる。
何せ、水面には怒濤の勢いで水が落ちていて、靄で視界が薄白く遮られているのだ。
が、うん、間違いない。
「にゅ、どうかしたのかや?」
「いや……ほら、あそこ。水の底になんかないか?」
僕は比較的靄の薄い場所を指差した。
水は澄んでいて、その影はよく見えた。
水の中に、建物があるのだ。それも幾つも。
「む……おお、確かに。あれは建物のようじゃの」
数からして、おそらく水の中には街……いや、都市と言ってもいいレベルの建築群があったと見ていいだろう。
「ここは、ダムか何かだったのか?」
「……そんな、利権蠢く山奥の村展開とか、そういうのではないと思うのじゃが。ここは太照ではなく、ガストノーセンじゃし」
と言いながらも、どうやらケイも同じ想像をしたようだった。
政治屋の利権、ダム建設反対、反対派住人の謎の失踪、水没した村、そして十数年後、この地で惨劇が……!
話が盛大に逸れた。
とにかく水の中には都市が有り、でも今は使い物にならない。
いや、ならないはずだ。
「あのソアラさん、ここに実は水棲人が住んでるとかってオチじゃないですよね?」
「うーん、そういう話はありませんね。もしあれば、多分有翼人とすごい確執が生じていると思いますし」
それもそうか。
となると、やはり後で水没したという事だろう。
「ダムぐらい、余所の国にもあるよな?」
「ダムから離れるのじゃ! あんな水流せき止められるダムの建設など、国家事業レベルじゃぞ!?」
「じゃあ、何なんだよ」
「そう言う事も聞くために、案内人がおるのではないか。大体何故、水棲人の話をしておきながら、まずそこを聞かぬか」
「おおっ」
ポン、と僕は拳を打った。
「そろそろ、解説に入った方がいいでしょうか?」
微笑みながら、ソアラさんが軽く手を上げた。
「って全部聞いてたんなら止めて下さいよ!? いらん恥を掻いたじゃないですか!?」
「うふふ、面白かったので、つい」
……何気にお茶目な案内人さんであった。
軽く咳払いをして、水底にある建物を手で指し示す。
「それでは、説明いたします。あちらにあるのはですね、ユフ王の時代よりも遙か以前の古代文明の遺物と言われています」
「ふむ、ガストノーセンじゃから……プロチレン文明かの」
思い出すように、ケイが呟く。
「はい。よくご存じですね」
「や、太照ではごく一般レベルの知識じゃて。のう、ススムや」
「あ、あああ、そ、そそそ、そうだね」
僕はそっと、目を逸らした。
「……ほれ、ススムもこう頷いておる」
「ちょっ、二人揃ってその生暖かい視線やめて!? 心が痛い!」
畜生、どうせこの程度の事も知らない頭の悪い小僧ですよ、僕は!
つーか古代の文明も四つぐらいならともかく、三十近くもあるんだ。全部憶えるなんて、無茶もいい所だと思う!
羞恥に悶える僕を無視して、ソアラさんのケイへの抗議が続いた。……まあ、時間も無駄には出来ないしね。
「なお、この『イスト・スリベル水底都市』は世界遺産にも指定されていますが、現在は立ち入りを禁止されています」
「いや、普通に入れないですよ!? 濡れ鼠になっちゃいますよ!?」
立ち直った僕は早速突っ込んだ。
一方ケイはマジ顔で考え込んでいた。
「スキューバダイビングの道具があれば、あるいは」
「検討すんな!? 賭けてもいいけどお前がやったら、酸素ボンベつけてても溺れるに決まってる!」
「酷い言われようじゃが否定も出来ぬ!?」
僕と同じ光景を、またケイも幻視出来たようだ。
ボンベをつけているにも関わらず、水中で無様にもがき足掻く自分の姿を……!!
ちなみに僕は、助けようとして自分の酸素ボンベのチューブを引っこ抜かれる所まで見えた。
「なお調査自体は現在でも行われてます。ほら、時代が進むと機器の類も精度を増しますから。ただ、何しろ遙か古代の遺産ですから、うっかりすると壊れてしまいます。なので、研究は遅々として進まないそうです」
ちょっと困ったような笑顔を浮かべ、ソアラさんは自分の頬に手を当てていた。
「水の中ですしねぇ」
「はい。陸の上ならまだ、やりようはあるんですけど」
「これは、レパートや有翼人、ユフ王らとは関係があるのかの?」
なるほど、そこは何気に肝心だ。
「直接的な物語としては、ほぼ無関係ですね」
「……ほぼ?」
ちょっと、引っ掛かった。
「初期の文明発祥の地として有名な一方で、オカルト方面としてはザナドゥ教会のシンボルに酷似した印があちこちにある事で知られています。救世の娘ユトーバンが現れるより、遙か昔になりますから……まあ、彼女と繋がりのある存在が、既にこの時点でいた、という推測がある訳ですね。もっとも、本当に本筋とはおそらく関係ありませんが」
ふーむ……と、僕は唸った。
一応この事も本書には書き記したが、実際、この水底都市の事はユフ一行の旅とは関わらない。
重要だったのは、ここがレパートにとってユフ一行の仲間になって、最初の戦いの地だったという事だ。
大瀑布の見物を終え、僕達は再びラクチョを走らせていた。
空気も乾き始め、滝が遠ざかっているのが分かる。
「そろそろ、本当に腹が減ってきたのぅ……」
グッタリと、ケイが僕の背中にもたれかかってきた。うん、こういう時ヒロインがもたれかかってきたらその感想を書き込むべきなのだろうけれど、残念ながら特にない。
というかどう書いても、文句が出そうなので黙っておく事にする。
ただ、進む先に人工物……というか、建物が見え始めていた。
小さいが、街のようだ。
「大丈夫ですよ。この先が、もう駅になります」
「おお、確か喫茶店があるのじゃったな。大盛り料理の」
ガバッと、ケイが起き上がった。実に現金である。
「……朝食といい、この辺りは食料が有り余ってるのかねぇ。あ、そうだ。駅があるって事は……」
いよいよ終着点。
ここからバスに乗って、僕達はネモルドームに戻るのだ。
つまり……。
「はい。ですので、本日の案内もそこで終了となります」
「そうっすか。ありがとうございました」
「いえいえ」