百鬼夜行のユフ・フィッツロン
「興味深い伝承も書いてあるの」
「うん?」
ケイが、パンフレットを読み上げる。
「幼い頃からユフ王はここで、獣を狩ったり薬草を集めたりの生活以外に、剣の研鑽も積んだとある。その際の訓練相手は、セキエンの呼び出した魔物達であったという」
「そういう意味では、村から少し離れたこの小屋はうってつけだったって訳か」
そんな真似、あの村の広場でやったりしちゃ、大騒ぎになるだろう。
そこでふと、疑問が頭に浮かぶ。
「もちろん、セキエンが召喚師だって事は、村人達には秘密だったんだよな?」
「そりゃそうじゃろう。そうでなくても、神父が魔術を使う時点で、どうかと思うぞ? ……いや、妾は単にゲームのイメージで語っているので、現実の歴史的には正しいのかもしれぬが」
「聞いた事ないよ、そんな神父」
「では、やはり秘密だったのじゃろう。とにかく――」
ケイは、建物の山側に視線をやった。
「すぐ後ろが森で、さらにその先に広けた場所があるという。最初は弱い魔物から初めて、徐々に強くしていったそうじゃ。ちなみに、セキエンの呼び出せる魔物は百種にも及んだという」
百種とはまた、すごい。
いや、そうでなくちゃ、皇帝直属の幹部は務まらなかったって事か。
そして、ユフ王は来るべき時の為に、魔物達と訓練を積み続けた。
「それを、毎日」
「毎日!?」
「主に夜のようだったようじゃな。セキエンの日記には、魔物は夜の方が強いし、夜目の訓練にもなっただろうと」
「……そもそも、召喚術って、現実に本当にあったのかな。今更だけどさ」
それは総じて、魔法全体やモンスターに関しても言える事なのだが。
「これは推測じゃが、獣使いと考えれば、そこは辻褄が合うのではないかの? 鳥や獣と心を交わす術ならば、モンスターよりもよほど現実的じゃろ。テイマーやブリーダーは、現代にも存在しておる。日記の方も古い文体で、翻訳の段階で色々変わったのかもしれぬが……それでも召喚術というのが、ここにあるのは」
「……何より、魔術があった方が話として面白い」
「うむ」
「っていうか、仮に獣だったとしても、狼や熊相手に戦えるだけで、普通にすごいよな」
「妾は童相手に喧嘩しても、負ける自信があるぞ」
「うん、まったく自慢にならないね。僕も荒事には自信ないけど。近所の犬にも勝てないよ」
僕は、小屋の中を見渡した。
あちこちに置かれた、粘土細工の人形。
スライムや小鬼は、雑魚の定番だ。本人達には不名誉だろうけど。
吸血鬼や大鬼ともなると、物語によっては主役とも言える。
ドラゴンは、モンスターの王様と言ってもいいだろう。同格は天使や魔神と言った、神話クラスだろうか。……それらの人形も、ちゃんと部屋にはあった。
「その百種のどこまでを、倒したんだろうな」
「パンフレットには、セキエンの日記には書かれていたとあるが……どこまで、ではなかったようでの」
「どういう事?」
「最後は百人組み手だったそうじゃ」
「一対百!?」
モンスター百体となれば、こりゃスライム相手だってシャレにならないだろう。
けど、今の話だと、ここにある全種混在での戦いのようだ。
「『あらゆる魔物の特性、長所、弱点を知る事が出来るならば、百一体目の見知らぬ魔物が現れても、対処する事は可能になるだろう』というのが、セキエンの遺した言葉での。しかも記録によれば、王が使っておったのは、まだキリフセルの封印を解く前の、多少霊力のある程度の剣だったそうな」
「前の六禍選もどうかと思ったけど、国王陛下も大概だな。いや、さすがというべきか、物語の主人公らしい無双っぷりというか」
それぐらいのエピソードがなければ、個人で帝国を倒そうなんて物語には、説得力がないか。
いや、現実には後に軍隊を率いたのかもしれないけど、少なくともこの時点では、頼りになりそうな味方は養父以外、皆無だ。
ただまあ、太照では受けないだろうな、と思う。何せ登場人物がこの時点で、主役を除けばオッサンしかいないのだ。
「ついた二つ名は百の魔物を討ち倒す者、百鬼夜行のユフ・フィッツロンという。ちなみにこの姓は、セキエンの母方のモノらしいの」
ケイが、パンフレットを軽く叩く。
「そのセキエンとプリニースの戦いの場は、件の森にある広場だったという。そこでセキエンがプリニースを足止めしている間に、彼女は洞窟に入って霊剣の封印を解き、宝玉を手に入れた」
「そういや、霊剣が何で洞窟に封印されてたのかって疑問が出て来るんだけど、普通に考えてこれ、セキエンの仕業って事でいいんだよな?」
「そうじゃの。洞窟には魔物が多く潜んでおり、これもセキエンの罠じゃったらしい。本来なら、ユフは素通り出来るはずだったのじゃろう」
確かに。
罠とは誰かに取られないようにするためのモノだが、霊剣がユフ王のモノだとすると、彼女にはそれを解くための合い言葉だか近道があってもおかしくないはずだ。
「その時間も無いほど、切羽詰まってたって事か」
「うむ」
そして、ケイはパンフレットを閉じた。
そのまま、ポンチョの裏にしまってしまう。
「あれ、もう見ないのか?」
「王の物語の先は、向こうに着いてからのお楽しみとするのじゃ。説明がなければ、もう一度開く」
となると、話が中途半端に終わったというか、終わってはいるんだけどエピソードの結末部分が話されていないのがある。
「セキエンとプリニースの戦いは、どうなったんだよ」
「そこもまだ、読んでおらぬ。が、詳細を語るのは難しいのではないかの」
「って言うと?」
ケイの浮かない顔に、僕も何だか嫌な予感がした。
「真偽に関してそれを語れるのは、その時代を生きた者のみじゃからの。しかも死者は語れぬ」
「二人が共倒れなら、そこでの戦いは痕跡から推測するしかない。どちらかが生きていたなら……いや、セキエンが生きていたら、この物語は……」
その時は、逃亡の旅が再開されたかもしれない。
けれど、ここでユフ王の旅立ちの物語が幕を開いた。セキエンがこの地で亡くなったのは分かっているので、問題はどういう亡くなり方をしたのか、だ。
残るはプリニースだが、これはおそらく、僕達の進む先にその解答がある、と思う。ないのならば、また後で調べればいい。
「続きは洞窟に向かってからにする、という君の意見を尊重しよう」
「うむ」
話を切り上げ、改めて小屋を見渡した。
「当たり前の話だけどさ」
「ふむ?」
「王様も飯食ったりしてたんだなぁ」
「そりゃ、そうじゃろうが……言われてみると、確かに不思議な感じじゃの」
ここで、国王が暮らしていたのだ。
そう考えると、何だか妙な気分だった。
他の部屋は、セキエンの私室、ユフ王の私室の二部屋。
セキエンの部屋は一言で言えば、書斎と職人部屋の合作というか、半分が本棚でもう半分が粘土細工で埋まっているような造りだった。残ったスペースが寝床になっている。
ユフ王の私室は……ごく、変哲のない女の子の部屋だった。いや、女の子の部屋に入った経験なんて、ないんだけど。とても、百の魔物と渡り合える猛者のイメージなんてなかったのは、確かだ。
トイレや風呂はどうしたんだろうと思ったけど、ケイの説明によると近くに川があり、そこで何とかしたんだろうという話だった。下の話に興味は無いので、そちらには向かわなかったけど。
新たな観光客が数名、小屋に入ってきたのと入れ替わりに、僕達は外に出た。
人の足で作られたなだらかな斜面が、森の奥へと続いていく。広い散歩道と言ったイメージだ。
「封印の洞窟まで、少し歩く事になる」
「うむ。例の広場のその更に先であるな。自慢ではないが、体力に自信は無いぞ」
「胸を張って言うなよ。それを言うなら、僕だってそうさ」
「では、無理のないペースで行こうではないか」
「それに関しちゃ同感だね。うっかり足を滑らせて、怪我したりしないようにね」
「分かっておる」
何て話をしていたのだが……。
「……どうしてこうなった」
僕にも訳が分からない。
今までの話は、つい数分前の事だ。
にも関わらず、僕とケイは今、別行動になっている。
というか、この先が広場なのは分かっているので、消えたのはケイという事になる。
つまり。
ケイが、迷子になった。
ほんの数分、ちょっと目を離しただけで。
空を見上げると、森の木々の向こうから青い空と太陽が透けて見える。
道だって広く、二人並んで歩けるぐらいの幅はある。
頭がどうにかなりそうだった。
だが、叫ばずにはいられなかった。
「何でこんな普通の一本道で、アイツ迷子になれるんだ……っ!?」