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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第四章 有翼人の峡谷・ラヴィット
109/155

青い羽根にまつわる収録されなかった短文(6)

 例によってこのエピソードは非公開のモノとする。

 本作はあくまで僕らの旅の記録であって、超常現象体験談ではないからだ。

 話は、前エピソードからそのまま繋がるモノである。


 石碑を眺めていると、強い風が吹いた。

「うわ……」

「ずいぶんと強い風が吹くの」

 帽子が飛ばないように両手で押さえながら、ケイは空を見上げた。

 そういえば、雲の流れがずいぶんと早い。

「風」

 ふと、胸に手を当てた。

 熱じゃないけれど、何だか力のようなモノが、コート越しに伝わって来ていた。

「まさか」

 コートの懐を除くと、青い光が明滅を繰り返している。

 僕が確認するのを見計らったように、その光は強さを増し――



 セピア調に近くやや色彩を欠いてはいるけれど、森自体はさして変化がなかった。

 だが、石碑はなかった。

 ……が、代わりに、二頭の龍がいた。少し離れた所に、何故かラクチョが佇んでいる。……いや、僕達の乗ってきたのじゃないよな、鞍ないし。

「どうしても残るのか、リント」

「ああ。彼女の身体では、皆と共に行く事は出来ない」

 その言葉は異国のモノなのに、すんなりと僕の頭に入ってきていた。

 ケイがさっきまで見上げていた空にも変化がある。

 小さな、幾つもの影。

 翼はあるが、有翼人ではない。数十はいるだろう、龍の群れだ。

 勘で分かった。

 この森に残っているのは、この地の最後の龍達なのだ。

「しかし、奴らは執拗だ。いずれ追い詰められ、お前達も狩られてしまうだろう」

「そう簡単にはやられはしないさ」

「だが」

 言い募るもう彼に対し、リントと呼ばれたもう一頭は長い首を振った。

「アレは子を産みたいと言っている。叶えてやりたい」

 どうやらこの龍は、(つがい)がいるらしい。

「それが終われば、こちらに来るのか」

 と言い、彼は空を見上げた。

「行ければな。六禍選といったか。敵も手強い」

「死ぬなよ」

「死ぬつもりはない。……が、最悪でも、(レパート)は守る」

 リントはラクチョの方を向いた。

 龍の視線にも、そのラクチョが恐れる様子はない。

「その為のラクチョか。我らの視線にも騒がぬとは、良い鳥だな」

「ああ。本当は、有翼人の友がいればよかったのだが……」

「奴らをアテにするな。あの臆病者どもめ」

 ケッ、と龍は唾を吐く真似をした。

 ゲッゲッゲ、とリントが喉を鳴らして笑う。

「そう言うな。敵が軍隊なら、誰だって怖い。たまたま、味方になってくれるモノがいなかっただけさ」

「しかし、ラクチョ(そいつ)を用意しているって事は……お前の連れ合いは……」

 言い難そうな彼の言葉を、リントは遮った。

「あくまで、最悪のケースを考えてのことだ。いや、最悪の一歩手前か」

「違いない」

 二頭は軽く笑い合った。


 つまり、リントは奥さんが身重で、皆と一緒に移住する事が出来ない。

 しかも身体が弱いようだ。最悪が夫婦二頭とも捕らえられる事ならば、最悪一歩手前というのは、母体が死んでしまうという事なのだろう。

 けれど、オーガストラ神聖帝国の六禍選が迫ってきているので、逃げる事も出来ない。

 だから、リントはここで踏ん張らざるを得ない……と、そういう事か。


 バサリ、と龍の背にある翼が開く。

「そろそろ行かなければ」

「そうだな。殿(しんがり)は俺が務めよう」

 リントは身体を沈め、四肢を踏ん張る形を取った。これが、彼らの戦闘態勢なのだろう。

 そして二人の会話から察するに、敵はもう目前まで来ている。

「必ず、生きて戻って来い。我らの飛ぶ方向を見逃すな」

 龍は羽ばたき、群れに戻っていく。

 それを、リントは見上げていた。

「叶うならば、いずれ第四軸の(さと)で」

「うむ」

 龍の姿はどんどん小さくなっていく。

 やがて、彼らは彼方へと去って行った。

 ……雲に隠れ、もはや見えない。


『リント』

 どこかから、女性的な声が響いた。

「ブルーム。声を上げるな。ボルコを差し向ける」

 リントが鳴くと、ボルコ――ラクチョが踵を返して駆け出した。

 声の主、ブルームというのがリントの奥さんなのだろう。

 そして、ボルコは彼女の元へ向かったのだ。

『貴方は』

「ここで踏ん張る事にする」

『そう』

 彼女の方も、それを止めるつもりはないようだ。

 多分、最初から分かっていたのだろう。

「お前はそこで頑張れ。悲願なのだろう」

『ええ。ごめんなさい』

「気にするな。自分で決めたことだ……そろそろ来る頃か」

『敵が来るのね』

「ああ、これが最後の会話になるかもしれん」

 そして、リントは大きく一鳴きした。

 同じく、ブルームも一鳴きする。

 意味は分からなかったけれど、別れの言葉かそれとも愛の囁きだったのか。何となく、両方の意味のような気がした。


 僕達が見ている、この二頭がレパートの両親なのだろう。


 やがて、遠く森の奥から一人の男が姿を現わした。

 見知ったその姿に、僕は思わず声を上げていた。

「来たか」

「やあやあ、お待たせお待たせ。ほら、風で髪が乱れちゃってさあ。セットするのに苦労したんだよ」

 軽い口調でこちらに近付いてくるのは、水色に近いローブを羽織り顎鬚を蓄えた、屈強そうな老人だった。

 不在不明のプリニース。

 前六禍選の筆頭であり、ユフ王の養父を倒した男だ。

「別に、貴様個人を待ってはいないがなプリニース」

「そんなつれない事を言うなよう。ところでどうして、そんな姿を取ってるのさ。いやいや、龍ってのはあれだね。人の姿を取っても様になるねえ」

 え? と思ってリントをみると、彼はいつの間にか人間の男性の姿を取っていた。

 短く刈り上げた()()()()、太照の着流しのような衣装に身を包んだ、二十代半ばぐらいの青年だ。

「……無駄にこの地を荒らしたくないだけだ」

 プリニースは道化じみた仕草で、手を叩き笑った。

「なぁるほど、龍は自然に優しいんだ! あ、それよりもだね、今からでも良いから僕達の味方にならないかい? 条件は単純で、新しい龍の郷を教えてくれればいいんだよ。それだけでいいんだ。あの龍の群れって、どこに行くのかねぇ?」

「戯言を。その結果が見えているのに、教えると思うか」

「えー? でも君は無事で済むよ? 生活だって貴族級のを保障しちゃうよ? 僕が保証する! まあ、皇帝陛下が責任持ってそれを叶えてくれるかどうかは、分からないんだけど!」

 あ、相変わらず、すごく適当な爺さんだ。

 当然、リントは怒った。そりゃ怒るわ。

「同胞の血と肉と引き替えの生など、いらぬわ!!」

「強情だねえ……龍狩兵団を作り出すには、大量の死体が欲しいってのに」

 龍狩(ドラゴンバスター)の兵団……?

 龍狩を生むには龍の血と肉が必要になる。

 兵団ともなれば、それは大量の龍の死体が必要だ。

 っていうか、なんて物騒な事考えるんだこの人。

「笑わせる。俺一人倒せぬ身が、同胞共を皆殺すだと?」

「ま、その辺は色々やりようがあるんだよ。でも僕も、そんなに暇じゃないんだけど。セッキーの行方も追わなきゃならないし、新しい検体の確認とか、魔導学院の偵察とかさぁ」

 セッキーというのは、ユフ王の養父セキエン氏だろう。

 とすれば、新しい検体というのは、狼頭将軍の故郷グレイツロープの兵士だか将軍達。

 魔導学院は言うまでもなく、ニワ・カイチの召喚された場所だ。

 この空間がいつなのかは不明だけれど、セキエン氏を探していると言っている時点で、ラクストックでみたあの幻視よりも、時間軸的には前に当たるのだろう。

「よく回る舌だ」

「はっはぁ、それが売りだからね! いいけどね、最悪君だけ連れ帰っても、皇帝陛下(こーてーへーか)には、血を献上出来るし、最低限の任務はこなせた事になる ま、ともかくこれは交渉決裂かな?」

「元より、交渉などしておらぬ! ゆくぞ、六禍選!!」

「どーぞどーぞ。でも、出来れば名前で呼んで欲しいなあ」

 そして、龍と六禍選の戦いが幕を開く――


 ――と、一番良い所で景色がぼやけ、世界の色が戻った。

「お……」

「戻った……のかや?」

 どうやら、そうらしい。

「緑色の髪、ねぇ……」

 人間体のリントの姿を思い出す。

 そして今、僕達のすぐ傍にその、同じ色の髪を持った女性がいる訳だが。

「どうかしましたか? さ、そろそろこの森を抜けて、鏡の魔女の城へ向かいましょうか」

 ソアラさんは前と変わらぬ様子だった。

「ススムよ、妾を乗せるのじゃ」

「はいはい」

 僕はケイの両脇を持って、ラクチョの背中まで持ち上げる。

 ケイがよじ登ったら、次は僕の番だ。

 ふと、後ろにいるソアラさんが気になって振り返ると、彼女は空を見上げていた。

 はて、何かあるかなと思ったが、何もなかった。

 が、すぐに思い出す。

 龍の群れが去って行ったのが、あの方角だ。


 これが青い羽が見せた、レパートにまつわるエピソード。

 この地で最後に、青い羽が力を放つのは、かつてオーガストラ神聖帝国の首都があったシティムでの事となる。

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