祭の罠
峡谷の狭間を、ラクチョがのんびりとしたペースで進む。
と言っても、自転車なんかよりはよっぽど早い。うっかり落ちちゃうと、大惨事間違い無しだ……が、ラクチョ自身のペースがそれほど速くないせいだろう、またがっている僕も焦らずに済んでいる。
そして僕とケイ、二人乗りのラクチョに並走する形で、ソアラさんが彼方を指差した。
「遠くあちらに見えるのが、鏡の魔女ミラの城です」
僕は指の先を追った。
遠く離れた場所に、尖塔が見える。
太陽に反射されて輝いているのは……まさか、建物自体が鏡とかじゃないだろうな。ただ、色は白とか銀とかに違いなさそうだけど、詳細はもうちょっと近付かないと駄目そうだ。
「ずいぶんと遠いですね」
「はい。でもラクチョなら、先程も申し上げた通り、さほどの時間は掛かりません」
うん、それは確かだろう。
「うむ、目視出来る距離じゃしの」
しかもほぼ障害物はない……いや、この谷間が真っ直ぐならばの話だけど、そうでなくても案内人のソアラさんが言うんだから、直線に近いんだと思う。
ただ……僕達の先には緑の森が生い茂っていた。
広い谷間を覆う森は迂回することは不可能だろう。それはつまり。
「この先は、あの森を突っ切るんですか?」
「はい。と言ってもちゃんと道は開かれていますから、ご安心下さい。今日は晴れてよかったです」
「雨だと、この観光は辛そうじゃしのう」
二足歩行のラクチョには、サンルーフなんてない。
雨が降ったら、僕達はずぶ濡れだ。
かといって、合羽だけでもおそらくきついだろう。今でこそ、風が気持ちいいけど、この速度で食らう雨は、多分とても痛い。
「そうですね。ラクチョ屋も、天気に左右される事が多いんです」
「バスとかじゃ、駄目なんですか?」
「駅周辺ならともかく、この大峡谷は文化遺産指定もされているんです」
「なるほど、自然保護の観点から、排気ガスの規制がされておるのじゃな」
「そういう事です」
言われてみれば、この土地に来てから自動車やバイクは見ていない。
……まあ、ラクチョもほとんど見てないんだけど。
考えてみれば、有翼人達は翼があるから、そう言った交通機関が余り発達していなくても不思議はない。利用者は、僕達のように陸を歩く者達だけだ。
「馬車を所有している店もあるんですけれど、あれはあれで管理が大変らしいんですよ。御者のなり手も求めないといけませんしね」
「色々、大変なんですね」
「はい。でもどんな仕事でも苦労があるのは一緒ですから」
ソアラさんは微笑んだ。
やがて森に到着した。
ソアラさんの言っていた通り、森のほぼ真ん中が拓かれ、ラクチョでも充分通れるだけの道が出来ていた。
ただ、さすがに若干ペースは落ちる。
しばらく進むと、開けた場所に着いた。
ザッと見た感じ、円形をしているみたいだった。
ラクチョから降りたケイが、青空を見上げた。
「この森は、上から見るとドーナツ型なのかの」
「そうですね。ユフ王のエピソードの一つの場所でもあります。と言っても主役はレパートなんですけれど」
ソアラさんも既に、ラクチョから降りている。手綱を引き、虹色に透けた六角石柱で出来た石碑に近付いていく。
「こちらの石碑に、その説明が刻まれています」
「ほう」
有翼人達はここで、龍のレパートと和解の宴を開くことにした。
これまで、レパートを虐げてきたことを詫びよう。
もしもレパートが許してくれるのなら、自分達の群れに入って欲しい。
そう、提案した。
これまで追っ手から逃れていたレパートにもその声は届き、宴に誘われこの森に現れた。
レパートは孤独で、仲間が出来る事を喜んだ。
酒を飲み、料理を食べ、そして痺れ薬を盛られたレパートは有翼人達に捕まった。
鏡の魔女に龍捕縛を命じられた有翼人達の罠だったのだ。
彼らは、龍を鏡の魔女の城へ運ぶ事にした。
しかしそれは叶わなかった。
罠に掛けられ涙を流す龍の前に現れたのは、数年前友となった魔導学院の魔法使いだった。
ずっと待っていた友と再会し、龍はこれまでとは違う涙を流した。
魔法使いは、二人の戦士を仲間に連れてきていた。
魔法使いの名前はニワ・カイチ。
二人の戦士は、ユフ・フィッツロンと狼頭将軍ケーナ・クルーガー。
彼らは有翼人を退けた。
レパートに、新たな友達が二人増えた。
もう、龍は孤独ではなくなった。
レパートはユフ・フィッツロンの旅に付いていくことにした。
「先ほど博物館でオーガストラ軍との戦いの説明をしたため、時間が前後しますね。当然、こちらがお話としては先となります」
ふぅむ、とケイが腕組みをして、唸った。
「よくまあ、有翼人が残したモノじゃの。……そう言う意味では、博物館にあったあの恥の彫刻と同じかもしれぬが」
「反省の証というか……むしろ、羞恥心の産物なのだろう、というのが現代の学者の見解ですね」
森に吹く風に頭を押さえながら、ソアラさんは石碑に触れた。
僕は何となく、手を合わせた。
「レパートがこれを見たら、どう思うのかのう」
「どうでしょう。ただ、この森自体に悪感情はなかったと思います。騙されたのは辛かったかもしれませんが、ここで龍は生涯の友と出会う事が出来たんですから」
どこか懐かしむ風に、ソアラさんは語る。
「ふむ、そういう見方もあるの」
「はい。今は時期を外していますが、この地域では龍の祭が開かれます。その時は、ここには沢山の屋台が並ぶんですよ」
「むむ、屋台か。それは残念なのじゃ」
ホント、ケイはお祭りが好きだよなあ、と思う。
そうだ、せっかくだからソアラさんに聞いておこう。
「そういえば確か、シティムって食べ物関係の名物って多いですよね。この辺りで旨いモノとかありますか?」
「そうですね……この先、鏡の魔女の城の地域をエンディアと言います。確か駅前に、大盛りを売りにするエムティっていう喫茶店がありますよ」
エムティか……憶えておこう。
昼食は、ここで決まりだな。
「おお、大盛りか。いっぱい食べられるのは、よいことじゃのぅ」
「……注文するのはいいけど、残さず食えよ?」
「それは、妾の台詞じゃ」
僕とケイは睨み合った。
そんな僕達の様子に、ソアラさんはクスリと笑っていた。