博物館外のラクチョ騒ぎ
それは、レパートを中心に据えた、ユフ一行の石像群だった。
レパートは祈りを捧げる乙女の姿を取っており、しかしその背中の翼は有翼人のそれとは大きく異なり、蝙蝠のような皮膜だ。
服装は、その時代の標準的な衣装らしい、麻の服にショートパンツ、革のベルト、サンダル。
左右を守るように、剣を構えるユフ・フィッツロンと鋭い爪を立てる狼頭将軍ケーナ・クルーガー。
そして背中を向けているのは、棍を持った魔法使いニワ・カイチ。
「おお、立派な像じゃ。よく、この地で砕かれなかったモノじゃの」
ケイが感心した声を上げた。
うん、まったく同意だ。
ただこう、石像なので細部までとはいかないけれどこの乙女姿のレパート、何だかソアラさんにやたら似ているような気がする。
……がまあ、本人を前にこんな事を言うのも何だか、ナンパっぽい気がするので黙っている事にした。
石像は他の有翼人や動物のモノもあったが、他に僕の目に付いたのは……。
「こっちは……でも、戦ってなかったよなあ」
果物を囓りながら片肘をついてダラリと横たわっているチルミーと、地面に突き立った槍に囲まれている傷ついた龍のレパート。
状況こそまるで違うが、二人の視線はぶつかりあっている。
この二人の対立という構図なのだろう。
僕の呟きが聞こえていたのか、ソアラさんが補足してくれた。
「レパートとチルミーが戦ったのは、ここからさらに先、シティムでの決戦になりますね」
「え、チルミーと戦ったのはニワ・カイチじゃなかったでしたっけ」
「その前段階で、レパートとも戦ったんですよ。そも、あの魔法使いは色々な場所で恨みを買ってますから、敵も多いんです。ほら、まだ玄牛魔神ハイドラも残っていますし」
「言われてみれば、六禍選ってまだ四人も残ってるんだよなあ……」
黄金の皇子オスカルド。
白々しきワルス。
玄牛魔神ハイドラ。
そして、青き翼のチルミー。
…………。
あれ、何気にこっちの四人とそれぞれ、対応してる?
なんて首を捻りながら、僕達は洞窟の通路を進んでいく。
「この博物館を抜けた先から西に向かうと、ミラの居城があります」
先導をするソアラさんが、通路の先の光を指差した。そろそろ出口なのだろう。
「あー、でもラクチョの所まで戻らなきゃいけないんですよね」
結構歩いたような気がするし、この博物館はグルリと回って元のホールに戻るタイプではなく、正に洞窟を利用した、ほぼ一直線の作りになっているのだ。
僕の方向感覚が間違っていなければ、元来た場所まで歩くのはちょいと骨だろう。
「それはちと面倒よの」
「大丈夫ですよ。笛を鳴らせば、ラクチョは来てくれます」
微笑みながら、ソアラさんがウエストポーチから小さな銀色の笛を出した。
何とまあ、そんなモノがあったのか。
そして僕以上に好奇心に瞳を輝かせたのは、コイツである。
「ほう、それは便利じゃの。妾が吹いてもよいかや」
「待て。念の為に言うけど、吹くのは外に出てからだからな。ここで吹いたら……ってだから、口をつけるなー!!」
大騒ぎになりながら、僕はケイの口に笛を近づけさせないのに苦労する羽目になった。
博物館の出口を出ると、そこは屋台の並ぶ通りだった。
おそらく土産物屋さんなのだろう。
商売をしているのは主に有翼人達、そして僕達と同じ観光客らしき人々が露店を眺めている。
……まあ、ここはちょっと御守りを買うだけで我慢させてもらって、通りの外れに出た。
左右は高い崖になっており、幅広い天然の通路になっている。
「では、吹くのじゃ」
「軽くでいいですよ? あまり全力で吹くと……」
ピイイイイイイイィィィィィーーーーーーーーー!!
が、ソアラさんの注意もどこへやら、甲高い笛の音が大峡谷に響き渡った。
しばし、反応はない。
がやがて、地響きが遠くから伝わってきた。
「にゃ?」
戸惑う、ケイ。
やがて、左右の崖に濛々とした土煙が上がる。
「……ちょっと、えっと、あの土煙は尋常じゃないですよね……?」
威勢のいい土煙は高らかに、茶色いそれが青空に昇っていく。
「お客様、どうぞこちらへ」
「あ、はい」
ソアラさんは何か対策があるのか、僕達を後ろにやった。
左右の崖から、何十ものラクチョが駆け下りてくる。まるで首長鳥の軍勢だ。
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ」
ああ、このままだとまたケイが踏み潰されそうだなあと、僕は思った。ただ、昨日のスークと異なりこれはちょっと、マジで死ぬかもしれない。
「はい、ストップですー」
が、不幸な事故は未然に防がれた。
ソアラさんの一声で、ラクチョの集団は急ブレーキを掛けたのだ。
背後の観光客も珍しい光景なのか、何だ何だと野次馬が増えてくる。
「うちのラクチョさん出て来て下さい。あとすみません、残りは間違いですので、駐鳥場へお戻り下さい」
なんて僕達の案内と変わらない声音でソアラさんが言うと、二頭のラクチョが群れから出て来た。
そして、他のラクチョ達は今降りてきた崖を再び登り、やがて消えてしまった。
ふぅ……とソアラさんは軽く吐息をつくと、困ったように微笑んだままこちらに振り返る。
「吹きすぎですよ、お客様」
「き、き、気をつけるのじゃ」
「……お前、昨日のスークといい、動物とはホント相性悪いのな。しかもかなり自業自得な部分で」
ガシガシと僕はケイの被っている毛糸の帽子を掻いた。
「た、助かったのじゃ」
着替えだって、無限にある訳じゃないのだ。
こんな所で泥だらけになられても、困る。……いやその前にラクチョの巨体じゃ、病院の心配が先か。
「まったくだよ。下手をすれば、ここから徒歩になる所だったじゃないか」
「もちろん付き合ってくれるのであろうな」
「…………」
「何故目を逸らすのじゃ!?」
「ともあれ、無事でよかったです。それでは、次に進みましょうか」
と言って、ソアラさんは手綱を握って、僕達のラクチョを牽引してくれていた。
「そうですね。あと、笛はソアラさんに返しておくように」
「うむ」
さすがに学習したのか、あっさりとケイはソアラさんに笛を返した。