ユフ王と義弟
「龍狩の逸話なら、太照にもありますよ。でも確かあの血肉って毒じゃなかったでしたっけ」
確か、食べたら即死する程の猛毒だったはずだ。
食べて生きられるのは、ごく少数の人間だ。伝説になるような英雄とか。
ソアラさんも、同意するように頷いた。
「そうですね。ごく稀に存在する適合者以外、普通の人間では到底肉体の方が耐えきれない、というお話ですが……」
「太照の方でも、そういう話は幾つもの昔話に存在しておる。運がよくて、理性もない半分人間半分龍の怪物じゃな」
「それを退治する話も多いね」
そこでふと、気がついた。
「……あれ、っていう事は、オーガストラの皇帝は適合者って話になるのかな?」
「この地に伝わっている伝説では、皇帝は既に希釈した龍の血を飲み、半不死身の肉体を手に入れていたそうです。ただ、その希釈した龍の血ですら、皇帝の理性を弱め、軍事国家として各地を制圧して回った原因とも言われていますが……」
「じゃが、龍の血を手に入れたという事は、龍を倒してのけたのかの。それはそれで、すごい事じゃが」
龍の血肉を得る、というのはそれは当然、龍から手に入れるという事だ。
そして、龍がタダで血や肉を人間に差し出すはずがない。
欲しければ、力ずくで得るしかない。
「龍の血の入手先は、皇妃が前に嫁いでいた国の宝物庫から手に入れた……と伝わっています」
ソアラさんの言葉に、僕とケイは顔を見合わせた。
「……案外、皇妃の罠という線も有り得るの」
「だねぇ……イフでの件を考えると」
「ただ、その効果も弱まりつつあり……新たな龍の血肉を欲し、龍が現れるというこの地を訪ねた、というのが今回のオーガストラ軍遠征の事情でした。龍は空を飛べるので、主な編成は通常の歩兵や騎馬団ではなく、有翼人の部隊です。オーガストラの軍とラヴィットの軍の合同となりましたが、その大半が有翼人でした」
「すると、指揮官も有翼人……チルミーかの」
オーガストラ神聖帝国の有翼人……といえば、まあ登場人物の中では一人しかいない訳で、当然僕達はそれを頭に浮かべた。
が、ソアラさんは首を振った。
「いえ、そうだと鏡の魔女ミラも喜んだのでしょうけれど、彼は面倒くさがって後ろに控えていました。というかどう考えても、人の上に立つタイプじゃないです、あれ」
あれとか言っちゃったよ、この人。
「……青羽教徒に聞かれたら、えらい叱られそうじゃの」
「……お二人は、違うはずですよね?」
ふふ、と余裕の笑みを浮かべる案内人である。
「ま、そりゃごもっとも」
何せ、太照の人間は特定の神様をあまり信仰したりしない。というか、普通にどこにでもいる……みたいな認識だ。例えばお茶碗だのトイレだの太陽だの、何にでも神様は宿っている。
麦国南部の精霊信仰にも近いとかかんとか。
まあ何にしろ、青羽教を信仰はしていない、僕達である。
「第一、チルミーの性格面に関しては、青羽教の方々も美化のしようがありませんよ。あ、いや、正当化する分派も存在しますが、少数派です。孤高で気まぐれ、憂鬱で怠惰。それが歴史や多くの伝説に伝わる、六禍選・青き翼のチルミーという人物像のスタンダードです」
……また、ずいぶんとローテンションな幹部だなあ。
ただ、想像するだにそれもまた様になったんだろうなあ。ちょっとムカツク。
という個人的感想は置いておいて。
「とすると、指揮官は違う。言っちゃ何だけど、イフのマホト川戦みたいに目立たない人だったのかな」
「あ、いえ」
と言って、ソアラさんが歩き始めた。
どうやら、何らかの資料があるようだ。
その後を追うと、彼女はすぐに足を止めた。
「この時、オーガストラ軍の指揮を務めていたのは、この方です」
主に金色の刺繍で織られたタペストリーは、眩く輝いていた。
有翼人達を導く、黄金色の甲冑に身を包んだ美男子。その瞳は紅いルビーで、肩にはツバメを乗せている。
「……えーと、ビジュアルは強烈だったから覚えているんだけど……」
六禍選の一人であるのは間違いないが、容姿があまりに際立ちすぎてと言うか際どすぎて、他の一切が思い出せずにいた。
補足してくれたのは、ケイである。
「黄金の皇子オスカルド。名前の通りの当時のオーガストラ皇帝の倅じゃの。つまり、ユフ王の義弟にあたる。物理攻撃も魔術も効かずの無敵の肉体。帝国式戦闘剣術の修得者。秘剣の名前は『値千金』じゃな」
「……記憶力、すごいな」
僕は素直に感心した。
まあ、説明があったのは3日前なんだけど、それでもこんなに正確には憶えちゃいない。
「もっと褒めてよいぞ。ただし、晩飯にもデザートをつけるのじゃ」
「あー、はいはい。ホントよく出来ました」
ケイの頭を、帽子越しにガシガシと撫でてやる。
我ながらおざなりだが、本当にえらいとは思っている。
「ふふふふふ」
一方のケイも誇らしげだ。
改めて、壁掛けを眺めてみると、剣を掲げて進軍を命じるオスカルドの背景で、無数の有翼人達が飛んでいく。
場所はおそらく峡谷のどこかだろう。
「……こうしてみると、また随分な戦力差だなぁ」
「今回は、ザナドゥ教の聖騎士団のような味方もおらぬしの」
これに対するは、たったの四人だ。
「代わりに龍がいるけどね」
「はい」
むふん、と鼻息を上げて、ソアラさんが威張る。
「……え、そこで誇らしげになるんですか?」
「レパートも、頑張りました!」
「そ、そうですか……」
だからどうしてそこで、ソアラさんがとても威張るのかが分からないのですが!
「ユフ・フィッツロンを含めた面々は、それぞれ特別な力がありました。ただ、それを含めても数は少なかったのは事実ですね」
「不死の力を持つユフ・フィッツロン、超高速移動のケーナ・クルーガー、魔術と魔法の使い手ニワ・カイチ……そして……あれ、レパートってどんな力を持ってたんだろう」
そういえば、それに関しては説明を受けていなかった。
が、ソアラさんは人差し指を口元で立て、ウインクしてきた。
「今は秘密です」
「ちょ……っ!?」
それでいいのか、案内人。
「おそらく、飛行にまつわる何かなのじゃな」
「あら」
「勘じゃがの。前の説明でも、先送りにされたのじゃ。おそらく間違ってはおらぬと思うが、どうかや?」
「すごいですねぇ……」
ソアラさんは微笑んだまま、ケイに感心しているようだった。
「ふむ、じゃがま、それは妾も楽しみに取っておくのじゃ。それはそれとしていい加減、合戦の動きなのじゃ」
「合戦と言えば、こちらになりますね」
と言って、ソアラさんは再び、歩き始めた。
僕達はホールの次の展示品に移ることになった。