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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第四章 有翼人の峡谷・ラヴィット
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ユフ王と義弟

「龍狩の逸話なら、太照にもありますよ。でも確かあの血肉って毒じゃなかったでしたっけ」

 確か、食べたら即死する程の猛毒だったはずだ。

 食べて生きられるのは、ごく少数の人間だ。伝説になるような英雄とか。

 ソアラさんも、同意するように頷いた。

「そうですね。ごく稀に存在する適合者以外、普通の人間では到底肉体の方が耐えきれない、というお話ですが……」

「太照の方でも、そういう話は幾つもの昔話に存在しておる。運がよくて、理性もない半分人間半分龍の怪物じゃな」

「それを退治する話も多いね」

 そこでふと、気がついた。

「……あれ、っていう事は、オーガストラの皇帝は適合者って話になるのかな?」

「この地に伝わっている伝説では、皇帝は既に希釈した龍の血を飲み、半不死身の肉体を手に入れていたそうです。ただ、その希釈した龍の血ですら、皇帝の理性を弱め、軍事国家として各地を制圧して回った原因とも言われていますが……」

「じゃが、龍の血を手に入れたという事は、龍を倒してのけたのかの。それはそれで、すごい事じゃが」

 龍の血肉を得る、というのはそれは当然、龍から手に入れるという事だ。

 そして、龍がタダで血や肉を人間に差し出すはずがない。

 欲しければ、力ずくで得るしかない。

「龍の血の入手先は、皇妃が前に嫁いでいた国の宝物庫から手に入れた……と伝わっています」

 ソアラさんの言葉に、僕とケイは顔を見合わせた。

「……案外、皇妃の罠という線も有り得るの」

「だねぇ……イフでの件を考えると」

「ただ、その効果も弱まりつつあり……新たな龍の血肉を欲し、龍が現れるというこの地を訪ねた、というのが今回のオーガストラ軍遠征の事情でした。龍は空を飛べるので、主な編成は通常の歩兵や騎馬団ではなく、有翼人の部隊です。オーガストラの軍とラヴィットの軍の合同となりましたが、その大半が有翼人でした」

「すると、指揮官も有翼人……チルミーかの」

 オーガストラ神聖帝国の有翼人……といえば、まあ登場人物の中では一人しかいない訳で、当然僕達はそれを頭に浮かべた。

 が、ソアラさんは首を振った。

「いえ、そうだと鏡の魔女ミラも喜んだのでしょうけれど、彼は面倒くさがって後ろに控えていました。というかどう考えても、人の上に立つタイプじゃないです、あれ」

 あれとか言っちゃったよ、この人。

「……青羽教徒に聞かれたら、えらい叱られそうじゃの」

「……お二人は、違うはずですよね?」

 ふふ、と余裕の笑みを浮かべる案内人である。

「ま、そりゃごもっとも」

 何せ、太照の人間は特定の神様をあまり信仰したりしない。というか、普通にどこにでもいる……みたいな認識だ。例えばお茶碗だのトイレだの太陽だの、何にでも神様は宿っている。

 麦国南部の精霊信仰にも近いとかかんとか。

 まあ何にしろ、青羽教を信仰はしていない、僕達である。

「第一、チルミーの性格面に関しては、青羽教の方々も美化のしようがありませんよ。あ、いや、正当化する分派も存在しますが、少数派です。孤高で気まぐれ、憂鬱で怠惰。それが歴史や多くの伝説に伝わる、六禍選・青き翼のチルミーという人物像のスタンダードです」

 ……また、ずいぶんとローテンションな幹部だなあ。

 ただ、想像するだにそれもまた様になったんだろうなあ。ちょっとムカツク。

 という個人的感想は置いておいて。

「とすると、指揮官は違う。言っちゃ何だけど、イフのマホト川戦みたいに目立たない人だったのかな」

「あ、いえ」

 と言って、ソアラさんが歩き始めた。

 どうやら、何らかの資料があるようだ。

 その後を追うと、彼女はすぐに足を止めた。

「この時、オーガストラ軍の指揮を務めていたのは、この方です」

 主に金色の刺繍で織られたタペストリーは、眩く輝いていた。

 有翼人達を導く、黄金色の甲冑に身を包んだ美男子。その瞳は紅いルビーで、肩にはツバメを乗せている。

「……えーと、ビジュアルは強烈だったから覚えているんだけど……」

 六禍選の一人であるのは間違いないが、容姿があまりに際立ちすぎてと言うか際どすぎて、他の一切が思い出せずにいた。

 補足してくれたのは、ケイである。

「黄金の皇子オスカルド。名前の通りの当時のオーガストラ皇帝の倅じゃの。つまり、ユフ王の義弟にあたる。物理攻撃も魔術も効かずの無敵の肉体。帝国式戦闘剣術の修得者。秘剣の名前は『値千金』じゃな」

「……記憶力、すごいな」

 僕は素直に感心した。

 まあ、説明があったのは3日前なんだけど、それでもこんなに正確には憶えちゃいない。

「もっと褒めてよいぞ。ただし、晩飯にもデザートをつけるのじゃ」

「あー、はいはい。ホントよく出来ました」

 ケイの頭を、帽子越しにガシガシと撫でてやる。

 我ながらおざなりだが、本当にえらいとは思っている。

「ふふふふふ」

 一方のケイも誇らしげだ。

 改めて、壁掛けを眺めてみると、剣を掲げて進軍を命じるオスカルドの背景で、無数の有翼人達が飛んでいく。

 場所はおそらく峡谷のどこかだろう。

「……こうしてみると、また随分な戦力差だなぁ」

「今回は、ザナドゥ教の聖騎士団のような味方もおらぬしの」

 これに対するは、たったの四人だ。

「代わりに龍がいるけどね」

「はい」

 むふん、と鼻息を上げて、ソアラさんが威張る。

「……え、そこで誇らしげになるんですか?」

「レパートも、頑張りました!」

「そ、そうですか……」

 だからどうしてそこで、ソアラさんがとても威張るのかが分からないのですが!

「ユフ・フィッツロンを含めた面々は、それぞれ特別な力がありました。ただ、それを含めても数は少なかったのは事実ですね」

「不死の力を持つユフ・フィッツロン、超高速移動のケーナ・クルーガー、魔術と魔法の使い手ニワ・カイチ……そして……あれ、レパートってどんな力を持ってたんだろう」

 そういえば、それに関しては説明を受けていなかった。

 が、ソアラさんは人差し指を口元で立て、ウインクしてきた。

「今は秘密です」

「ちょ……っ!?」

 それでいいのか、案内人。

「おそらく、()()にまつわる何かなのじゃな」

「あら」

「勘じゃがの。前の説明でも、先送りにされたのじゃ。おそらく間違ってはおらぬと思うが、どうかや?」

「すごいですねぇ……」

 ソアラさんは微笑んだまま、ケイに感心しているようだった。

「ふむ、じゃがま、それは妾も楽しみに取っておくのじゃ。それはそれとしていい加減、合戦の動きなのじゃ」

「合戦と言えば、こちらになりますね」

 と言って、ソアラさんは再び、歩き始めた。

 僕達はホールの次の展示品に移ることになった。


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