助くる者
「むしろ、お主が分からぬ方が不思議なのじゃ。ここまでの話で登場人物など限られておるではないか。しかも話の筋から、もはや誰であるかは明白じゃ」
「ですねぇ」
何故かソアラさんは頬を赤らめ、頭を掻いていた。
「何で、ソアラさんが照れてるんですか?」
「いえ……その、まあそこで鏡が答えたのが、空を飛ぶ龍レパートの姿でして……」
気を取り直したソアラさんが、話を再開させる。
ふむ、とケイは腕を組み、首を傾げた。
「鏡の魔女は大激怒じゃの。鏡が姿を映したのは、己の愛する男ではないのじゃから」
「まあ、そういう事になります。そこで魔女は考えました。ならば、この龍がいなければ、チルミーが世界で最も美しい存在となると」
はぁ……と、ケイは嘆息する。
「愚かじゃのう。美醜など、主観に過ぎぬというのに。あの、向こうにあった龍とチルミーではまるきり美の価値観が異なるではないか」
ですよねぇ、とソアラさんはソアラさんで苦笑していた。
「それで、魔女が納得するなら、お話はすごく単純だったんですけどね。とにかく熱心なチルミー信奉者であり、青羽教の初期幹部であったミラは激怒しました。このラヴィット中に龍を狩るようにお触れを出したのです。そして有翼人を中心として、レパート捕縛チームが編成されました」
「……それが、ユフ一行が来る前の話……だとして、レパートはどれぐらい逃げ回ったんでしょうね?」
ようやく話に入り込めて、僕もホッとした。
「大体、半年ほどになりますか……あ、き、記録によれば、ですけど」
「ふむ、その記録というのは、どこにあるのかや?」
この指摘に、何だかまるで当時を思い出すかのように語っていたソアラさんが、急に慌て始めた。
「あ、そ、それはですね、えーと、そう! 確か大学の研究室に保管されているそうです。情報自体は書物で、読んだ事があるんです」
「ふむ、大学では仕方ないの。妾達のスケジュールにはない」
「行くのは、難しいねぇ」
「ホッ……」
そんなに難しい質問だったのだろうか、ソアラさんは胸を撫で下ろしていた。
一方僕は僕で、入り口のホールにあったレパートの実物像を思い出していた。
「それにしても、あの巨体でよく逃げられたなぁ。それとも、人の姿で逃げてたのかな? それならまだやりようがあると思うけど」
「龍は、その、この世界の生物とは違う存在ですから……逃げ道も多かったんです」
「逃げ道と言うが……うーむ、どうも話の筋では有翼人の追っ手が多いのじゃろ? 空に逃げ道とかあるのかや? 気流とか、そういうモノかの?」
言われてみれば、そうだ。
空には遮るモノは、まあ雲ぐらいしかない。僕達自身は空を飛べないから分からないけれど、やはり有翼人のような自力で飛べる人達には、そういう独特の感覚が存在するのだろうか。
「うーん、一言では言い表しにくいんですよね……えーと第四軸とかカイチ兄ちゃ……」
ソアラさんが、言葉を句切った。
真顔になった。
停止する。
しばし待つ。
「そう」
真顔のまま、手を打った。
「ネモルドーム市立博物館に、レパートの別に像があるんです」
何故だろう、危うく妙な事を口走り、心の中が修羅場のまま何とか凌ぎきったような、そんな表情に見えた。
何だか追求してはいけないような気がしたのは、僕だけではないようで、ケイもスルーした。空は飛べないが、僕達も空気は読むのだ。
「ふむ? その像というのは、人の形をしておるのかや」
「それもありますけれど、一般的には不可解、学者ならばちょっと納得、という像です」
「え、何それ」
ソアラさんの説明は、まるでとんちのようだった。
一方、彼女の方も、どう言っていいのか困っている様子だった。
「ですから、一言では説明し辛いんです。百聞は一見に如かずといいますし、是非ご覧下さい」
「ふぅむ、どうも焦らされているような気がするのじゃが、まあよい。とにかくその人には分からぬ逃げ道とやらは、そこに行けば分かるという事じゃ」
「ネモルドームはまあ、午後には戻るし、市立博物館も予定には組み込んである。……お前学者じゃないけど、多分分かる……よな?」
「ふふふ、任せるのじゃ」
むん、と無い胸を張るケイである。
壁掛けや絵画、彫刻を眺めながら四角いホール内を歩き、ソアラさんの足が止まったのはガラスケースの前だった。
立方体のガラスケースの中には、この辺りの地図が貼られており、そこに小さな模型が幾つも置かれている。
北西に、旗を立てた兵士の模型群。その傍に城があり、これがおそらく鏡の魔女の城なのだろう。
一方南東にはたった四つ。
剣を持った金髪の少女、犬耳の獣娘、ローブと杖の魔法使い、龍のデフォルメされた小さな模型があった。
……これ、地味に商品化出来ないか? とかそんな事を考えてしまう。
「そして、そんなレパートと鏡の魔女の追いかけっこが半年ほど続いて、事態が動きます。ユフ一行の活躍と、ラヴィット入り。そしてほぼ同時期に、龍を狩りにオーガストラ軍もやって来ていました」
つまりこの、北西からの兵士群がオーガストラ軍なのだろう。
そこでふと、僕は疑問を抱いた。が、ケイの方が口を開くのが早かった。
「むむ? それは完全に偶然だったのかの? ユフ・フィッツロンの移動先に回り込んだのではないのかや?」
まさしく僕が思ったのと同じ疑問だった。
「いえ、これはほぼ、偶然という事ですね。この時の本来の目的は、龍狩りでした。しかし、ユフ一行がこの地に来る事で、ユフ・フィッツロンとその仲間達VSオーガストラ軍という形になってしまいました」
「ユフ一行がラヴィットへ来たのは、宝玉に導かれてですか?」
「それもありますが、魔法使いニワ・カイチが龍を仲間に誘うためだったというのが、大きな理由ですね。魔導学院時代、有翼人の生態を学習するための遠足で、知り合ったとか。その事が公になったのは旅の全てが終わり、ニワ・カイチが当時を振り返っての記録になりますが。そして、ニワ・カイチはレパートと再会して、龍を仲間に入れる事に成功したというお話です。当時、レパートはほぼ完全に孤立無援でしたが、ようやく待っていた人と会え、動く事が出来ました」
そういうソアラさんは、何だか嬉しそうだった。
「どうやら、妾の見立てが正しかったようじゃの」
「ああ、バス停前の件ね」
「昼食にはデザートをつけるのじゃ」
いばりんぼうのポーズを取りながら、僕に命じるケイであった。
「……ま、それぐらいならよしとしよう。それにしても、そうなるとユフ一行は、ラヴィットっていうこの地方一帯を全部敵に回したって事ですかね? 何せ、鏡の魔女の配下やら青羽教徒やら、これすべて、仲間になる龍、レパートの敵でしょう?」
「そうなりますね。友の敵はやはり敵です。でもまあ……友達を見捨てる訳にもいきませんし、みたいな感じだったようですね」
「何せ、勇者じゃからのう。友人1人も守れず、大帝国相手に喧嘩など売れぬといった所か」
「ですね」
うむうむ、としたり顔で頷くケイに、ソアラさんも同意していた。
「で、オーガストラ軍が龍を欲していたのは、どうしてですか? ……あれ、そういえばチルミーってオーガストラにもう与しているんですよね」
まあ、RPGでいえば龍はキング・オブ・モンスターといってもいい。魔物の中の華だ。これを討伐する事は即ち、国威発揚にはうってつけなのかもしれない。
なんて僕は思ったけど、ソアラさんの答えはまったく別物だった。
「というかむしろ、だからこそミラはオーガストラ神聖帝国に降っていた、というべきでしょうか。向こうにチルミーがいる限り、鏡の魔女が帝国に逆らう事はありません。……そして、龍を欲していた理由はその血肉です。古来より、龍の血肉を取り入れた者は、その力をも手に入れるとも言われています。これが、お伽噺にある単騎にして龍と拮抗する人の形をした最強種、『龍狩』ですね」
なお、最後の『龍狩』という存在に関しては、別作品『龍狩と赤龍』と設定はほぼ同じです、と宣伝してみたり。