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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第四章 有翼人の峡谷・ラヴィット
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チルミーの憂鬱

「案内人とはずいぶん、かけ離れたアルバイトですね」

「どちらも、人を導くお仕事ですよ?」

「……何気に、上手い事を言われたような気がする。ってだからお前はそれ以上、縁に近付くなって!!」

 ふら~っと風景に見惚れて前に進むケイを、僕は慌てて止めた。

 足の半分が、縁から出ていた。

 パラパラ……と砂利が、崖の下へと落ちていく。

 もう一度言う。

 僕は下を覗き見る勇気なんて、持っちゃいない。っていうか頭をそっちにやったらそのまま落ちそうで、マジ怖い。

「こ、これが冒険小説なら、僕達2人、案内人(ガイド)置きっぱにして、崖から転落大峡谷探索行になってる所だぞ……」

「まあ、この高さですと、普通に死んじゃうと思いますけどね」

 下、水とかじゃなくて確か岩場でしたし、と何気に怖い事を笑顔で言ってくれる、ソアラさん。

「物騒な発言!? いや、完璧に合ってますけど!」

「ちなみに有翼人の数が少ないのは、種自体が絶滅の危機に瀕しているからです。他の種族と婚姻関係を結んでも、その場合種が弱いのか有翼人が生まれるケースは少ないですし、一時期の密猟者との争いで、大幅に数を減らされたのが痛かったとかの事情があるんです。現在は国で保護を指定され、故にこの大峡谷も環境を維持するように定められています。だから、柵がないのもその辺の事情も含まれているんですね」

「な、なるほど……」

 一息でそこまで説明出来るソアラさんの肺活量に、僕は驚嘆していた。

「ま、真面目な案内人さんじゃ……」

 ケイはケイで、違う方向で驚いている。

 ……いやでもまあ、ほら、ペンドラゴンさんやジョン・タイターが不真面目って訳じゃないですよ? とフォローは入れておく。

「ちゃんと、お仕事になってますよね?」

 何故か少し不安そうに、尋ねられた。

「なっとるなっとる」

「うんうん」


 次に、ソアラさんは右手を案内した。

「では、こちらの石碑をご覧下さい」

 僕達の視線がそちらに向くと、青い水晶体だか何だかで造られた石柱タイプの石碑があった。

 駅前にあったのと違うのは、六角形の石柱の上に腰かける、憂鬱そうな表情で大峡谷を眺めている有翼人の彫刻がある事だろう。

 半袖のシャツにハーフパンツ、サンダルという簡素な服装をした、チルミーの彫像である。

「色々と台無しじゃ!?」

「……いきなり、景観ぶち壊しじゃない、これ?」

 僕達の指摘に、ソアラさんも弱った笑顔を浮かべていた。もしかするとこの国の美的感覚が、僕らと微妙に違う可能性もあったけど、そんな事はないようだ。

「私もそう思うんですけど、何しろこの石碑が作られたのはもう、千年以上前ですから、国も迂闊に撤去とか出来ないんですね」

「チルミー、意外に悪趣味」

「あ、違いますよ。本人じゃなくて、彼の信奉者達によるモノです」

 ソアラさんがフォローを入れるが、そうしたら今度はケイが畳み掛けた。

「チルミーの信奉者、悪趣味じゃ。というか空気読むべきじゃ。ホントせっかくの風景をぶち壊しにしおって。あ、ススムよ、写真の撮影じゃが、これは枠に入れるでないぞ」

「もちろん」

 ケイ手製のカメラで大峡谷を撮影する……が、この風景にこれを入れるのは、色々と間違っているような気がする。一応資料として、単体では撮影しておくけど。

「ま、まあ……悪趣味自体は、否定は出来ませんね。それで内容ですけれど……」

 ソアラさんは、石柱の文面を読み上げる。どうでもいいけど、こっちに尻向けないでくれるかな、チルミー。


 太陽の光に青く輝く翼を持つ素晴らしきチルミー。

 その常に憂鬱そうな表情は素敵で、多くの民を虜にしていた。


 ケイが、ソアラさんの朗読を遮った。

「ああ、その何じゃ。出来ればいらん修飾は省いてもらえると助かるぞよ」

「うん、何かすんごい長くなりそうですし」

 ケイが止めなかったら、僕が言ってただろう。

「ええ、私もそんな気がしていました……ホントもう、あの鳥のファンと来たら……」

 ソアラさんは、小さく溜め息をついていた。

 よかった、どうやらまともな感性の持ち主だったようだ。


 青き翼のチルミーは、この地で生まれた。

 その飛ぶ姿は美しく、家族や友人はもちろんの事、遠くのモノもその勇姿を見にやって来たという。

 その中には貴族や王族もおり、やがて彼はこのラヴィットの城に招かれる事となった。

 ラヴィットの女主人、ミラも一目でチルミーを気に入り、虜となってしまった。

 彼の欲しいモノは全て与え、したい事は全て許した。

 もっとも、チルミーは常に物憂げで、何かを望むという事はほとんどなかったが。

 そんなミラの寵愛を受けていたチルミーであったが、ある日ふらりと旅立った。

 放浪に出たチルミーはやがて、退屈はさせないというオーガストラの勧誘により、帝国に仕えることになった。

 その後、ユフ王とその仲間達と戦う事になり、おのれニワ・カイチ。チルミー様をどこへやった絶対許さんあの糞野郎その墓を粉砕して暴いて(以下、解読不能)


「……すごい石碑だな。記録になってないし」

 最後、支離滅裂である。

 誇張でも何でもなく、本当にこう刻まれているのだ。刻まれている文章も最後はこう、怨念がこもっている感じなので、ガストノーセンに旅をする方は是非、生で見て頂きたい。

「ニワ・カイチ恨まれまくっておるのう」

「そうですねぇ。あ、チルミーの最期はご存じですか?」

 ソアラさんの問いに、僕はラクストックの博物館での説明を思い出していた。

「最期も何も、何か消えちゃったって話ですよね? 石碑の最後? にある、ニワ・カイチとの戦いで消失したとか」

「はい。実際、六禍選の中では唯一、その死が確認されていません。ですから、チルミーの信奉者達はいまだに、彼の生存を信じています。そういう人達をまとめたのが、青羽教ですね。ああ、青羽教の原型はチルミー存命、というかこの世に存在していた時からあったんですけれど、当時は名前はなく、単純にファンクラブという感じだったので、もう青羽教とさせてもらいます。それで問題ありませんので」

 ものすごく適当っぽいけど、実際青羽教に関しては歴史的にそれで通じるらしい。

 次に、ケイが手を挙げた。

「このミラという女主人は、どうなったのじゃ?」

「……太照に伝わってる大雑把な話じゃ、登場してないよなぁ。いや、ちゃんとした本なら書いてあるんだろうけど」

 僕達の疑問に、ソアラさんは少し考え、微笑んだ。

「それは……ご存じないなら、出来るだけ時系列に沿ってお話した方がよいかな、と思います。相馬さんと賀集さんの目的は、ユフ一行の軌跡を追う事ですよね?」

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