ユフ王の生家を訪れる
道なりに進むと、すぐに広場があった。
おそらく村で何かがあると、ここに集まって話し合いなどが行なわれたのだろう。
中央には広い花壇があり、その真ん中にユフ王の銅像が載った台座があった。
旅の始めの格好なのだろう、軽装備に身を包んで剣を掲げている。
僕達は、しばしその銅像を見上げていた。
「これは、等身大の銅像かのう」
「多分な」
「見上げる形じゃが、ずいぶんと小柄のように見える」
「君には負けるだろうけどね」
「妾と比較するでないわっ!」
てい、と足を蹴られたが、特に痛くないので放置しておく。
「真面目な話、確かに小柄だなぁ」
背丈で言えば、僕とどっこいどっこいと言った所か。女の子だという事を考えると……どうなんだろう、冒険をするにはやっぱりちょっと、か弱い印象を受ける。
台座にはプレートが埋め込まれており、簡単な説明があった。それをケイが読み上げる。
「旅立ったのが十五歳。そして、半年の冒険を経て、国王に即位したのが十六歳、と」
「俺達より年下じゃないか」
「そのようじゃの」
「そりゃまた大したモンだ」
生年星歴497年 鳳凰月十日~没年星歴557年 鳳凰月十日
これは、僕も読む事が出来た。
「きっかり六十年じゃの」
そして、改めて銅像を見上げる。
握った剣には、立派な意匠が施されている。
「手に持っているのは多分、霊剣キリフセルなんだろうな。ある意味、本人よりも有名だ」
「うむ、妾でも知っておるぞ。ゲームでよく見る名前じゃ。王はその地位を長男に譲った後、この地に眠ったともあるの」
「確かその王様の眠る寺院も、近くにあるって話だぞ」
「そこの教会ではないのかや?」
言って、ケイは村の入り口から見えていた、すぐ近くにある教会を指差した。
「どうなんだろ。まあ、まずは目的の場所を回って、時間に余裕があったら寄ってみよう」
「じゃな」
目的地は、ユフ王の生家で、もっと山の方だ。
と、そちらの方からノロノロと、白地に青のチェック柄の車が下ってきた。そして屋根には青いサイレン。
「……パトカー?」
太照のそれとは違うが、イメージとしてはそれが真っ先に来た。
というか側面にはしっかりと、警察って書いてあるし。
「妾達への追っ手か!」
「いや、そりゃないだろ。それなら後ろから来る」
「何か、事件があったのかのう……」
それを見送り、僕らは村の奥を目指した。
舗装された地面が土になり、やや上り坂で分かれ道になった。
左が博物館とあり、右手が王の生家。
何人かの観光客らしい人達とすれ違い、いくらも歩かない内に目的の家に辿り着いた。
「……何というか、普通の家じゃの。というか小屋というべきか」
「うん」
木々に囲まれた、煉瓦造りの煙突小屋だ。
周りの雑草は刈り取られていて、荒れ果てた様子はない。……まあ、仮にも国王の生家なんだから、それぐらいはするだろうけど。
何となく魔女でも住んでそうなイメージがする。
そして目立たない場所に、小さなボックスがあった。これはどうやら警備の詰め所らしい。
老人の警備員が座っていて、カウンターには細長いパンフレットが置いてあった。
「パンフレットもらえますかね」
値札はなかったので、無料らしい。
老人に会釈すると、向こうも和やかに頷いてくれた。
「読めるのかや?」
「……読める訳ないだろ」
もちろん全部蒸語なので、パンフレットはケイに渡した。
「うむ、詮ない事を聞いてしまったの。……中にも入れるようじゃな」
「思ったよりもずっと綺麗じゃのう……」
埃っぽさなんて、微塵もない。
それに、広い。
いくつかの部屋に分かれているようだが、入ってすぐは応接間のようだった。
中央にテーブルクロスのされた木製テーブルと、二人分の椅子。
台所、暖炉に食器棚、本棚。
壁に幾つも立て掛けられた小さな絵画や床の敷物が、何というか女の子が住んでたんだなあという印象を受けた。
「思うに何度か補修されてるんじゃないか? 綺麗なのは当然、掃除されてるからだろ。……何か、博物館に勤めてる系の人とかがやってんじゃないかな」
「おう、これは面白い」
あちこち忙しなげに動き回っていたケイが、テーブルの上に注意を向けた。
中央にあるのは、カラフルな手に乗るサイズの人形だ。
これは、一角獣と妖精か。
「粘土細工だな」
「よく出来ておる。これは小鬼じゃの。こちらは大鬼。これは幽鬼かの」
ケイが、窓際や本棚の縁を指差した。
言われてみれば、あちこちに粘土製の人形が置かれていた。
「当時の趣味とか、遊べる物なんて殆ど無かっただろうし、こういうので遊んでたのかね」
それにしては、普通の動物じゃなくてモンスターばかりなんだけど。
「む、説明によれば王様ではなくて養父の趣味だったようじゃぞ、これ」
広げたパンフレットから、ケイが顔を上げる。
「王様に向かって、がおー、とかやってたのか」
「そうではなくて、作る方でじゃ」
「神フィギュア原型師の祖先か」
「とすると、この近くには粘土質の土があるという事じゃな」
「…………」
「…………」
僕とケイは、顔を見合わせた。
「この辺り、個性で割れるな」
「まったくじゃ。その養父、セキエンの事も掲載されておるの。ほう、元六禍選とな」
そこで、彼女は首を傾げ、僕を見上げた。
「……六禍選とは、何者じゃ? そこが載っておらぬのでは、片手落ちではないか」
「手っ取り早く言えば、皇帝直属の幹部親衛隊だ。数字の通り六人いて、当時の六人なら僕も知ってるんだが……考えてみれば、先代がいてもおかしくないんだよな」
「そもそも、王様が旅立った理由が、このセキエンが殺された事に由来するようじゃが」
「何だって!?」
それはちょっと、予想外だった。てっきり正義の為にとか、そんな動機だと思ってたのだ。
「そりゃ、故郷を発つなら動機がいるじゃろ?」
「いや、そうだけど……そうか、そりゃそうだよな。帝国が侵略してきたから、それに抵抗して……ってのなら、普通軍隊に入るよなぁ」
単独で旅に出るって辺りで、そこは疑問に思うべきだった。
「当時の軍隊って、女でも入れるのかの?」
「んんー、そこも問題になるか」
多分、難しかったと思う。
「ともあれ、王の動機は、個人的な事情だった訳じゃ。ええと、そのセキエンを殺したのがやはり元六禍選、その筆頭であるプリニース」
「そのパンフレットには、二人とも書いてあるのか」
「簡単なプロフィールじゃがの」
という訳で、ケイに読んでもらった。
青き鬼火のセキエン。
ユフ王の養父であり、元六歌仙の一人。
彼女が皇帝に殺される事を察し、皇帝領から逃亡した。
召喚術を得意とし、様々なモンスターを呼び出せる。
生業は神父であり、同時に医者と教師の兼業も務めていた。
不明不在のプリニース。
六禍選・筆頭。
博物学者であり政治家であり軍人。
老体ながら巨躯の持ち主で、格闘戦も得意とした。
愉快犯で、相当な稚気の持ち主だったという。
自分の存在を薄れさせる能力の持ち主。
ただし世界から存在を薄れさせる代償として、最悪消滅の危険性があり、(世界への影響が薄いという意味で)攻撃しても威力が弱い等の欠点があった。
能力とは別に、狼頭将軍ハドゥン・クルーガーや次期六禍選の候補だった銀輪鉄騎のダービー、他試験体を改造する優れた科学者でもあった。
ケイが読み上げたそれに、僕らは何とも言えない顔になっていた。
「……超人バトルじゃな」
「……軍隊いらないだろ、コイツら」
説明と共に、肖像画の写しもあった。資料は、帝立シティム博物館とある。
なるほど、セキエンの方は線の細い眼鏡の学者風。
プリニースは説明にもある通り、屈強そうな髭面の老人だ。肖像画にも関わらず、ニヤリと笑っている。
そこでふと、棚や窓際に置かれた小さな人形を思い出した。
「待てよ。って事はあの粘土細工は、召喚に用いた依代だったってトコか」
「魔法なるモノが、本当にあればの話じゃがの」
「魔法否定派?」
「いや、あったかどうか分からぬというだけの話じゃよ。今は存在せぬからの」
それはもっともだな、と僕も思った。