四勇者と最後の戦い(前編)
冒頭しばらくは、主人公達は登場しません。過去の物語となります。
あと、ちょっと読みにくい部分、情報過多な箇所が目立ちますので、面倒臭い人は本編か第一章から始めても特に支障はなかったりします。
消える。
巨大な足で粉砕されたオーガストラ帝国城の床も、穴の開いた城壁も、そして今正に崩壊しつつある天井も、全てが幻のように消えていく。
代わりに現れるのは、夜空に浮かぶ見た事もない星の配置。
平原には、部下だった魔術師クロニクル・ディーンが、魔導学院で設計したのにとてもよく似た環状列石群が立ち並んでいる。
「自分が何をしたか、分かっているの……?」
オーガストラ皇帝を裏で操っていた真の魔王・皇妃ノインティルの声が震える。
眼下の、異世界から呼び出されたというボロボロになった青年魔術師ニワ・カイチから、目が離せない。
その握った手からは、たった今砕いたばかりの宝玉が血と共に滴り落ちる。それは、彼が自分の元いたこの世界へ還る為の、最後の手掛かりだ。
ノインティル達の住む世界は、強制的に割り込んできたこの異世界を許さない。修正が働き、もってたった数分で掻き消される儚い幻の風景だ。
それを、自分を追い詰める為だけに、躊躇いもなく使用した。
心臓を鷲掴みにされたような気分だった。これまでこの内臓は、単に動くだけの機能しか意味はなかった。
だがあの魔術師、いや『無から有を生み出す』なんていう無茶苦茶な”魔法使い”は、自分に本来なかった『死』という概念を与える事で、常命の存在にまで叩き堕とした。
殺されれば、死ぬのだ。
皇帝城の天井を破壊し、そこで痛み分けのはずだった。
自分はもはや、この国・オーガストラから去り、二度と関わらない。
勇者ユフの一行は平和の戻ったこの国をまとめ直し、あの魔術師は自分の世界に帰る術を探る、そのはずではなかったのか。
それを全て蹴って、そこまでしてここで自分を殺すというのだ。
宙に浮かぶ自分を見上げる加一の目には、純粋な殺意しかない。
これまでの数百年、渡り歩いた国々で数え切れないほどの殺意を向けられたが、恐怖を覚えたのは今日が初めてだった。
甘く見ていた。
他の三名のような、戦闘力も体力もない、場違いな存在。
魔導学院では三年修業しても一つもまともに術が使えず、ディーンには使い物にならないと封印された劣等生。
感情を操作する術は、過去を調べ上げられ、弱点であるザナドゥの護符によって封じられた。
部下や自分の力を限界まで引き出す術は、限界を突破する事で上回られた。
不死すら奪われた。
それもこれも、全てあの魔術師ニワ・カイチの仕業だ。
「侮っちゃいけねえよ。アイツは俺様を上回る逸材だ」
そう言ったのは配下の一人、玄牛魔神ハイドラだったか。思い返せば彼だけが、弟弟子であるあの魔術師を正しく評価していたという訳だ。
そのハイドラも、あの魔術師に敗れた。
草隠れのドルトンボル、白々しきワルス、黄金の皇子オスカルド、そしておそらくは青き翼のチルミーも……。
何と言う事、皇帝直属の大幹部・六禍選のほとんどの討伐に、彼が絡んでいる。
だが悔やんでももう、遅い。
わずかに、カイチの姿が小さくなる。
宙に浮かんだ自分が、わずかに退いたのだ。
……自分が、気圧されている? 怯えている?
認めざるを得ない。
自分には、覚悟が足りなかった。
そう、覚悟だ。
どれだけ逃げても、彼らは必ず自分を殺しに来る。
ならば、ここで殺るしかない。
全てを賭けて自分を殺すという彼の覚悟を上回らなければ、もはや自分に未来はない!
そしてその覚悟は今、決めた。
「死に……」
なさい、と言いかけたその時、ガクンと全身から力が抜けた。
周囲を巡る光弾は縮み、いくつかはこうしている今も薄れて消えていっている。
魔力が、足りない。
この異なる世界は、魔力が少ないのだ。ゼロではないが、自分達の住む世界よりも圧倒的に希薄。
浮術はかろうじて維持出来ているものの、これでは攻撃は絞らざるを得ない。新たな光弾はもう生み出せない。
だがそれは相手も同じ事……の、はずだった。
勇者が印を切り短く呪を唱えると、体力も魔力も底を尽きていたはずの彼女とその仲間の身体が青白い聖光に包まれる。
ありえない。もはや回復魔術を放つ余力なんて……。
「おかしな奴でよ。ずっと体内魔力精製に固執してやがった。無駄とは言わねえけど、世界にはこんなに魔力が満ちてるってのにな……」
……ハイドラの言葉を思い出す。
そうだ、彼は独自の魔力炉を持っていた。
たとえ魔力の少ない場所でも、それを生み出せるとびきり高性能な魔力炉を!
まさか、この展開まで予測して……? ニワ・カイチが学院にいたのはもう十何年も前の話だというのに。
そしてこれは、『無から有を生み出す』魔法では有り得ない。自分は驚いたが、彼の仲間からすれば魔力精製の技術は”当たり前”だ。
”驚き”のない”当たり前”の魔法を、彼は使えないという。誰をも裏切る非常識こそ、彼の魔法の本領なのだから。
そして、ならばそれは何かとの等価交換だ。通常の物理法則に則った、体内魔力精製術。
カイチの黒髪が、みるみる白へと変色していく。自身に残された生命力をほぼ限界まで魔力に換えたのだ。
一房の黒を残して、青年魔術師は膝をついた。
そして、それを引き換えに……カイチが精製した魔力で回復魔術を唱えた勇者ユフ・フィッツロンと、狼頭将軍ケーナ・クルーガー、龍のレパートが体力を取り戻していた。
「みんな、動ける?」
「無論」
「……カイチ兄ちゃん」
人一人が乗れるほどの小振りな龍が、魔術師ニワ・カイチに向けて心配そうに首をもたげる。
チャキ、と勇者が剣を構え直した。
「レパート、カイチの心配は後回しだよ。まずは、目の前の魔女を倒す事に専念しよう」
「うん」
「では」
ふ、と狼頭将軍であるケーナの姿が消失する。
まずい、とノインティルは考えるより早く、残っていた光弾の三割を放っていた。
龍、レパートに乗って勇者ユフが夜空に浮かぶ自分に迫る。
地面へと降り注ぐ大粒の光弾は、当たらない。
レパートは時折姿を消しては、別地点に現れる。
――有翼人の谷で生まれ、皮膜の羽を気味悪がられた異端の飛行生物。
第四軸をも使用する移動法、世界を面ではなく立体で捉える視界、四次元空間の生命体、その名をレパート。
「この……!」
ノインティルは光弾の一つ一つを数百に分割、時間差を置いて、線ではなく面、否、それを上回る空間範囲での光の豪雨へと変えた。
「ぐ……っ!!」
それは功を奏し、レパートの頑強な皮膚に無数の傷を負わせた。
しかし、龍の背に既に勇者の姿はない。
「ユフさん……お願いします!!」
「うん!!」
今度こそ力尽き、墜落していくレパートの身体からユフは跳躍していた。その剣は、充分に彼女に届く。
が。
「引っ掛からないわよっ!!」
光弾の残りは四割。
ノインティルは振り返らないまま、余っていた光弾を光の殻として自分の周囲に纏わせていた。
直後、背中を灼熱の痛みが走った。
深い五本の爪跡が、彼女の背を抉ったのだ。
大体5kb目安で書いていこうと思ってますので、ものすごいところでぶった切りましたが今回はここまで。
次でこの戦いは決着予定です。