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第四章 (一)


 ランダムア屋敷の書斎では、サズボーン館から暗くなってからたどり着いた、従者の持ち帰った返事を主が執事から受け取っていた。


 

 

 ランダムア閣下殿


 直ぐにロンドンに向かいます。    エドワード・サズボーン

 


 

 書き物机の前に座る主が、使いの返事に手を拱いていた。

 年はまだ五十を半ば過ぎていたが、床に長く臥せっていたため、髪には長い間鋏が入った様子が無かった。だが、顔立ちはまだロンドンの淑女には、魅力のある細面の紳士だった。

 フランシス・シリア・ランダムア公爵が、首を傾げた。

 「これだけか?」従者の持ち帰った羊皮紙を広げ、執事のハワードに尋ねた。

 「旦那様、ロバートの持ち帰った返事は、それだけでございます。」執事の顔が険しくなった。

 ハワードはランダムアに忠実に使える一人でいた。年もかなりの高齢を迎え、背筋を伸ばすのには少々苦痛にはなっていたが、持ち回りの頭の回転の良さで今でも屋敷の執事を任されていたのだ。

 「いつとは、書かれていないが…。まあ、サズボーン伯爵にも言付けを送った事だし、暫く様子をみるとしょう。ハワード、ロバートに少しの間暇を出すよう手配してくれ。長旅で、疲れたであろう。今夜は、下がっていいぞ。」

 「かしこまりました。では、わたくしはこれにて、失礼いたします。」執事は、小さく頭を下げ扉に向かって歩き、入口で大きくお辞儀をし書斎を後にした。

 

 

 書き物机の椅子に座っていたフランシスは、眉間に皺を寄せてもう一度羊皮紙に目を戻して読んだ。

 〝まったく、さっぱりわからん。ロンドンに来て、どうするつもりなんだ?〟フランシスは、お手上げだとばかりに、机の抽き出しの中に受け取った羊皮紙をしまい込んだ。フランシスは椅子から立ち上がり、室内にあるキャビネットに向かった。殆ど、飲む事が無かったブランディをキャビネットの扉を開けて取りだした。円台の上に執事が用意していたグラスに、少しだけ注いで書き物机の椅子に戻った。一口味わうと机の上にグラスを置き、積み重なった書類に目を向けた。

 


 フランシスの悩みは、自分が失敗した投資の事だった。蓄えがなく娘に持参金を出す事が出来ない事だった。弟サーマス卿の薦めで娘の持参金を増やそうと投資に加わったが、財産の殆どが消えてしまったのだ。今は、領地からの少しの利益で細々と屋敷の維持や使用人の手当てに使われていた。銀行には娘の持参金など出せる金は残っていない。領地を売り渡す事は出来ないが、娘には幸せな結婚を望んでいたのだ。フランシスは、メリンダの夫探しの話を執事から聞き、直ぐにサズボーン伯爵に使いを出したのだった。両家の亡き妻同志の約束とは言え、今だ独身でいる伯爵に知らせないでいる事は、フランシスには出来なかった。〝もしかしたら…。〟と、心の中で思っていたからだ。


 メリンダが十五の時、森で娘を救い出したのはサズボーン伯爵だった。

 領地のランダムア邸に意識の無い娘が戻った時は、フランシスは本当に心臓が止まる思いをしたのだった。フランシスは妻に先立たれ、その上娘まで失うのではないかと思ったほどだ。

 夜になっても娘は戻らず、村人や使用人に探しに向かわせていたほどだ。サズボーン家の領地近くまで森に入ろうとしていた時に、その森の中から馬に乗ったエドワード・フィリオ・サズボーン伯爵がメリンダを抱きかかえて連れてきたのだった。今でも伯爵には、言葉にならないほど感謝している。

 だが、なぜメリンダは傷だらけで見つかったのか。メリンダは翌日意識は戻ったが、その時、森で起った出来事の記憶がなかったのだ。余程、恐ろしい事があったに違いない。翌日、屋敷の者に森を調べさせたが何も見つからなかった。

 

 机に置いたブランディの残りに口をつけようとした時、扉からノックの音が聞こえた。

 「どうぞ。」グラスを机の上に戻し、フランシスは言った。

 扉の入り口にハワードがトレイの上に小さな紙の切れ端をのせ、少し曲がった腰で小さくお辞儀をした。

 「旦那様、今しがた玄関に使いの者がこちらを持ってきました。」ハワードは書斎に入り、書き物机の前に座る主にトレイを差し出した。

 フランシスは、ハワードのトレイから切れ端を取り出し目を細めていた。



 明日朝、九時半に伺います。   エドワード・サズボーン



 「また、これだけか?」フランシスは、片方の眉を上げてハワードに尋ねた。

 「これだけでございます、旦那様。」さすがのハワードも、ニ度も主に聞かれると眉間に皺を寄せそうになった。三度目には、本当に眉間に皺を寄せそうだ。

 フランシスは、紙の切れ端を裏返したが何も書かれてはいなかった。

 「明日、訪ねてくるのは確かみたいだな。ハワード、客人をもてなす用意をしておいてくれ。使用人も連れて来るかもしれない。その者たちも頼む。」

 「かしこまりました、旦那様。」

 「こうなったら、わたしも病で床に臥せってばかりいられるまい、この事は伯爵と話が進むまでメリンダには伝えない様に。他の者にも、ただの客人だと伝えておいてくれ。」フランシスは、ハワードに口止めを言い渡した。メリンダには、まだ知らせたく無かった。娘に、許婚がいることを。いたことを?…

 ハワードが書斎から去った後、フランシスは机に置いたグラスのブランディを一気に飲み干し、書斎を出ると自分の部屋へと戻ったのだった。

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