第三章 (五)
エドワードは、従者の仕事を終え宿に戻ったウイリアムを連れ、酒場の奥のテーブルに着いた。
店の中は、酒と煙草と、汚れた汗の労働者の臭いが鼻に付いた。宿の酒場でとる食事は、とても美味しいとは言えなかった。味の薄いシチュー、残り物のかたくなったパン、焼き過ぎて焦げたベーコン。
せめてもの救いは、ロンドンで出まわるポートワインだった。従者ウイリアムも、自分の主人と膝を突き合わせての食事は、少々居心地が悪いようだ。
「ウイリアム、今日は疲れただろう。わたしと一緒にロンドンまで来てくれてすまない。」エドワードは、ウイリアムのグラスに溢れるくらいにワインを注いだ。
「ありがとうございます。旦那様のお伴でロンドンまで馬車を走らせるくらい何でもございません。」ウイリアムは照れくさそうに顔を赤くさせながら、エドワードに注がれたワインを飲んだ。
二人のテーブルを横目で眺めながら、給仕の女が他の客のテーブルの間を動き回っていた。女は二人に食べ物やワインを運んでは、必要以上に肩や腕を触っていた。エドワードは給仕の女よりも、今自分が結婚する相手の女性の事ばかり考えていたので、構わずにいた。
暫くすると女は、そんなエドワードに見切りをつけ、ウイリアムに的替えをしたのだった。ウイリアムも、満更ではなかった。
エドワードの背後から、ロンの声がした。
「だんなさん、行ってきたよ。大きなお屋敷だったね。怖い顔した黒い服を着た男に渡したよ。」
ロンは前歯の抜けた口元をほころばせた顔で、エドワードに手を突き出していた。
エドワードは頷き、ポケットの中から硬貨三枚を取り出し、ロンの手に握らせた。
「一枚は、酔っ払いになりそうな、従者の世話を頼む分だ。二日酔いにならない様に頼めるかな?」
自分の手の中を見たロンは、大きく頷いた。エドワードは、少年の素直なところに心が和んだのだった。
「さて、ウイリアム。わたしは部屋に引きあげるとしよう。酒は、程々にするように。」エドワードは、席を立ちながら給仕の女に向かって片方の眉を上げたが、女に顎をつんと突き上げ鼻を鳴らしたのだった。
部屋に向かう階段は、宿帳台の横にあった。エドワードは、酔っぱらって赤くなった客たちからの視線を感じたが、テーブルの隙間を通り抜け階段に向かった。大柄で長身のエドワードは、天井が付きそうなくらい階段を狭く感じずにはいられなかった。階段を上がり、廊下の奥の部屋がこの宿では上等の部屋らしい。
だが、部屋の扉を開け中に入ったがきれいとは程遠い部屋だったが、半日以上も馬車に揺れ続けた体を休ませるには十分に思えたのだった。それでも、長身のエドワードにはベッドは小さすぎたのだった。
部屋の中には、ベッド横の台の上にランプの灯りが弱々しく灯されていた。一晩の辛抱だと思って、エドワードは我慢することにした。戦地に比べれば十分に思うしかなかった。
着ていた服を椅子の背に投げ掛け、膝までのブーツを脱ぎベッドの隅に置いた。最後にズボンを脱いで裸になると、ベッドの上掛けの中に潜り込み体を折り曲げ瞼を閉じたのだった。