第四章 (八)
〝これは、政略結婚!!〟
メリンダの頭の中には、木霊のように響いていた。
フランシスの誇らしげに話す様子を横目に、物思いにふけるだけで、言葉は嵐のように頭の中を通り抜けていた。
書斎の扉から、ノックが微かに響いた。一瞬のうちに、彼女は目の前の現実に引き戻されたのだった。
ハワードは、いつもの様に曲がった腰で小さくお辞儀をし、お茶のトレイを持って書斎に入ってきたのだ。
「お茶を、お持ちいたしました。」
ハワードは、メリンダの座る椅子横の円卓に、紅茶とスコーンをのせたトレイを置いた。
彼は、執事としての務めも忠実ながら、きっとどこかで聞き耳を立てているに違いないと、メリンダは思わずにいられなかった。きっと、午後には皆が知る事となるだろうと…
ハワードは書斎を直ぐ様立ち去る時に、メリンダを一瞥した。
〝お嬢さまはご自身の許婚に、かなり驚き困惑しているご様子だ。〟
ハワードは早朝から、客室の棟を行ったり来たりして、全室分の用意を済ませていたが、結局使用するのは伯爵用の一室だけだった。伯爵の従者も、一人だった。朝から気の張り通しでいたハワードは、すっかり疲れ切っていた。さすがに、年には勝るものはなかったのだ。
書斎から厨房に戻ったハワードは、メアリーに紅茶を入れてもらい、使用人用のテーブルの椅子に座った。
「ハワードさん、お客さまって誰なんだい?」メアリーは、興味津々で目を輝かせていた。
主が病を患ってから、屋敷には殆ど客人が訪ねる事が無かったからだ。ただ、弟サーマス卿を除いてはだが。
「サズボーン伯爵さまだ。旦那さまの隣の領地をお持ちになっているお方だ。」ハワードはそれ以上の事は言えなかった。今のところ、主に口止めされていたからだ。たぶん午後には、皆の耳に入ることは間違いないだろう。
「それだけなのかい?」メアリーは、疑った。特別な客人だと言う事が、執事の仕事を見ていれば誰にでも分かる事だ。ハワードから、ほかに何かを聞き出そうとしたが、顔を一瞥しただけで、それ以上は何も話してくれそうに無かったのだ。口の堅い忠実な執事、と言ったところだ。
「メアリー、ごちそうさま。」ハワードは、空になったカップをテーブルに置き、曲がった腰を伸ばし、厨房から重い足取りで出て行ったのだった。




