第四章 (七)
書斎での談話にどのくらい時が過ぎただろう。
両家の婚姻の約束が交わされ少し間をおいて、扉の外から微かにノックが聞こえた。
フランシスは、娘メリンダだと直ぐに分かった。〝丁度、よい時に訪ねたものだ。〟
扉が静かに、そっと開いた。
「おはようございます、お父さま。お呼びと聞きました。」
メリンダは書斎に入るなり、父と向かい合って椅子に座る紳士から目をそらす事が出来なかった。
一瞬にして、体中に衝撃が走った。〝この方は誰?なんて体の大きな紳士なんでしょう。〟
メリンダは、紳士に小さく膝を折りお辞儀をしてから、父に向かって話した。
「お父さま、お客さまでしたらわたくしは…」
「いや、いいんだ。娘よ紹介しよう。きみの許婚、エドワード・フィリオ・サズボーン伯爵だ。」
二人は椅子から殆ど同時に立ち上がり、フランシスは娘に伯爵を紹介したのだった。
メリンダは彼を見上げたまま、目を見開き動く事も息をする事も出来なかった。とても、今の状況を直ぐに理解できる状態ではなかったのだ。〝いったいどう言うこと?今、目の前にいるこの方が、許婚?この体の大きな紳士が、わたしの?夫?…〟
気を失いそうになった。いや、メリンダは本当に気を失い膝から崩れてしまったのだ。
エドワードは俊敏にその場から離れ、メリンダに駆け寄った。床に着く前に、メリンダを自分の腕に抱えたのだった。
フランシスは、一瞬目の前で何が起こったのか、わからなかった。しかし、娘が驚いて気を失ったのは確かなのだ。
メリンダは、エドワードに抱きかかえられ、一瞬気を失ったが直ぐに意識が戻った。
「あの、… 伯爵さまが、わたくしの許婚なのですか?」
「エドワードと、呼んで下さい。あなたを迎えに来ました。わたしの、花嫁。」
エドワードは、彼女の左手を取り、手のひらに軽く口づけをし指先でメリンダの指のつけねをなでていた。
エドワードは書斎に入る時から、メリンダから視線を離す事が出来なかった。
三年前に森の妖精だと思った娘が、本当に魅力あるレディとなっていたからだ。亡き母と亡き公爵夫人に、心の中で感謝せずにはいられなかった。
エドワードは腕の中で目を開けたメリンダを見て、体中が熱くなっていた。
〝彼女は、なんて美しいんだ。なんて、か弱いんだ。〟
メリンダは自分の置かれている状況にやっと気が付いた。エドワードに見つめられ、頬が赤くなっているのが、自分でもわかっていた。
「伯爵さま、離して頂けますか?」
「もう、大丈夫ですか?わたしの花嫁。」
エドワードの言葉に、メリンダは眉を一瞬顰めたが、エドワードはなぜか微笑んでいたのだった。
〝どうやら、わたしの花嫁は少々気が強そうだ。〟と、心の中で思って微笑んだのだった。
エドワードの手を借りて、メリンダは父の隣の椅子に座った。彼女もエドワードを一目見たときから気になっていた。漆黒の長い髪は束ねられ、瞳は黒く野性的な容姿のおもむきでいた。
〝本当に、素敵。〟また、メリンダは頬が赤くなったと、思った。
〝わたし、一体どうしたのかしら。胸まで、高鳴って… 突然、お父さまに許婚と紹介され、わたしの計画が一瞬にして全て消えてしまったのに。〟
フランシスとエドワードも、先程と同じ椅子に座り、フランシスは娘の具合が少し心配に思ったが、話を続けた。
「伯爵は、三日後にきみを連れてサズボーン館に戻る。その後、式を一週間後に執り行うそうだ。」メリンダは父の話に驚き、エドワードを一瞥し思わず困惑した表情を隠しきれなかった。
エドワードは、そんなメリンダの様子が可笑しくて仕方なかった。
〝彼女は、昔のまま今も変わらずにいるだろうか?〟




