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第四章 (五)

 書斎は陽光が隅々まで入り、磨き上げられた机や家具を引き立てていた。窓際の円卓には、壺と言っても良いほどの大きな花瓶に、季節の花々がいけられていた。書斎の部屋に、微かに甘い花の香りが漂っていた。

 

 フランシスは、扉から書斎に入るエドワードに目を見開いていた。

 〝この男は相変わらず、なんて大柄なんだ。〟

 エドワードは中に入り、深々とお辞儀をすると、フランシスの前まで静かに歩み寄った。暫くぶりに訪ねるランダムア公爵は、以前よりも増してやつれたようだった。

 「閣下、お体の具合は大丈夫ですか?こちらに来るまで、心配でおりました。」

 フランシスは、机の上で手のひらを合わせ、エドワードを見上げた。

 「すまない、心配するほどの事ではないんだ。伯爵、どうぞ椅子に座って腰を落ち着かせてくれたまえ。」エドワードは、目の前にある肘掛椅子に腰を下ろし、両手を膝の上に置いた。

 「伯爵、急な言付けを送ってしまい、申し訳なかった。きみが直ぐにこちらに来てくれるとは、思わなかったよ。」フランシスは、エドワードを一瞥した。

 「わたしにも、大切な話でしたので、直ぐに此方に訪ねたしだいです。詳しく話を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 フランシスは、少し間を置いてから、ゆっくりと声を低くして話始めた。

 「伯爵、娘はこの事は知らないんだよ。許婚のきみのことは…」フランシスの顔が急に険しくなり、エドワードには後ろめたい気持ちでいっぱいになった。

 「閣下、わたしはご令嬢が二十になったら、わたしの妻になると思っておりました。」フランシスの表情で、エドワードはメリンダとの結婚について自信が持てなくなっていたのだ。急に、胸の奥が締め付けられる思いでいた。握りしめた手が、膝の上で振るえそうだ。いや、もう既に振るえている。

 フランシスは椅子から立ち上がり、机の前をまわりエドワードの向かいの肘掛椅子に座りなおした。

 「亡き妻と伯爵の母上は、二人の結婚を望んでいたが…だが、わたしと先代サズボーン伯爵との誓いの念書は交わしてはいなかった。」フランシスはため息を、深くついていた。

 エドワードは、公爵の話に体中が締め付けられていた。

 〝くそっ!もう、だめだ。わたしはこんな話を聞くために、屋敷に訪ねに来たわけではない。〟

 自分の体から、血の気が一気に引いていく感じがしていた。きっと、わたしはイギリスで一番間抜けな男だろう。十八年も、許婚を演じていたのだから今日まで…


 フランシスは、話を続けた。

 「でも、きみはまだ妻を迎えてはいなかった。わたしはきみ宛に使いを送った、という事だ。実に恥ずかしい話なのだが…」フランシスは、言葉につまった。口の中が渇き、ブランディでも飲まずにいられないほどだ。

 「メリンダは家の為に、夫を探そうとしている様なのだ。わたしが散財させた為に…かなり、前になるのだが、投資に失敗してしまったのだ。」

 フランシスは、辛かった。これほど、辛く苦しい事は妻が亡くなった時と、娘に起きた三年前の出来事以来の事だった。公爵家の散財の事を、他人に話てしまうことなど、彼の地位では許されない事なのだ。

 だが、伯爵にはすべてを知ってもらうつもりでいた。そのうえで、娘との婚姻を正式なものにしたかったのだ。

 「わたしには、娘に持たせるべき持参金が出せないのだ。」

 フランシスの顔は青ざめていたが、エドワードは話を聞いて安堵せずにはいられなかった。

 一気に絶望の縁から、這い出したような気持だった。話は、一転したのだ。思わず口元が、微かに弧を描いていた。

 フランシスは、話を続けた。

 「もし、きみが娘を望んでも、領地からの僅かな利益しかランダムア家にはないんだ。今は、弟サーマス卿がわが家の帳簿の管理をしている。」

 エドワードは、ランダムア家の領地は自分の領地と隣り合わせだと、昔から知っていた。公爵の話に、首を傾げそうになっていた。

 「閣下、領地については、わたしとしては実に興味深いお話ですね。もし、持参金無しでご令嬢を妻に迎える事を望んだら、わたしに閣下の領地の管理をお任せ頂く事は可能でしょうか?」

 エドワードは、肘掛椅子から身をのり出して、フランシスに言った。

 フランシスは、エドワードの言葉に正直驚きを隠せなかった。

 「娘と、結婚すると言うことなのか?」

 「もちろんです。わたしは、そのために此方に来たのです。持参金など、必要ではありません。わたしは、十分持ち合わせております。無論、支度金などもわたしが全てご用意いたします。ご令嬢との結婚を、お許し頂けますか?」エドワードは、椅子の背に体を戻し、片肘を肘掛にのせ手の甲を軽く顎に当てた。

 フランシスは、目を輝かせ、肘掛椅子から身をのり出しエドワードに言った。

 「きみが、娘を幸せにしてくれるのなら婚姻を認めよう。」



 

 

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