第四章 (四)
書斎では、フランシスが置時計の針を気にしながら部屋の中を歩きまわっていた。
昨夜の言付けを受け取り、今朝は早くから身繕いに磨き立てていた。長くなった髪には、鋏を入れる暇は無かったものの、きちんと後ろへ撫でつけていた。身なりは床に臥せていた時と違い、客人をもてなす様に紺の上着に同色のズボン、淡いクリーム色のシャツのいでたちで時間を待っていた。身なりを整えただけでも、年が十は若く見える事だろう。
扉からノックが聞こえ、慌てて書き物机の椅子に座りこんだ。
「どうぞ。」ノックは、執事のハワードだった。
〝伯爵は、なんて時間に正確なんだ。貴族ではありえない正確さだ。〟
ハワードはいつものように小さくお辞儀をし、扉の入り口で主に伝えた。
「旦那さま、エドワード・フィリオ・サズボーン伯爵さまがお見えでございます。それと、お嬢さまが後ほど、こちらにお見えになるそうでございます。」
「わかった、伯爵を中へ通してくれ。」
「かしこまりました。伯爵さま、どうぞお入り下さいませ。」扉の外で待つエドワードに、執事は主の書斎の中に案内をした。
ハワードは、エドワードが書斎に入ると、静かに扉を閉め直ぐ様書斎を後にし、厨房のサムを呼びに足を速めたのだった。
サムは、ハワードに仕事を言い付けられると、素早く玄関ホールに向かった。
ホールの外では、ウイリアムが馬車の後ろからトランクを下ろし、玄関ホールの直ぐ傍まで運んできていた。サムは、ウイリアムの傍まで駆け出しトランクに手を伸ばした。
「ぼくが代わります。」ウイリアムは、自分の目の前に飛び込んできた少年に驚いて、一瞬佇んでいた。少年は、髪はボサボサで鼻のまわりにはソバカスがあるものの、身なりはきちんとした清潔な服を身に着けていた。玄関ホールから飛び出てきた少年が自分の仕事を手伝いに来たのだと分かると、少年に尋ねた。
「きみは?」
「給仕をしている、サムと言います。ぼくが執事のハワードさんに言われて手伝いにきました。」
「他の使用人は居ないのかい?きみみたいな子供しか…あっ。」
「ぼくはもう十三です!きちんと仕事も出来ます!」サムは、自分を子供扱いにした従者に少し腹が立った。
ウイリアムも、慌てて言葉に詰まったが、口から出てしまった事には変わらなかった。
「ロバートさんは、旦那さまから今日一日暇を頂いていて、ハワードさんとぼくしか居ないんです。」サムは、ウイリアムからトランクを受け取り玄関ホールに向かって歩いた。
「なるほどね。」ウイリアムは頷いた。ロバートは、サズボーン館に馬を飛ばしてロンドンから来た従者だった。〝どうやら、この屋敷の主は使用人思いらしい…〟と、ウイリアムは思った。殆どの貴族は、使用人を屑以下に扱うのがあたりまえだったのだ。
「厩舎は、どこにあるんだい?」ウイリアムは、扉を開けホールの中にトランクを運び入れているサムに尋ねた。
「屋敷の裏にあります。今、案内します。」サムは、ウイリアムの傍まで歩き出そうとしていた。
「いいよ、ぼくがするから。サム、伯爵さまのトランクを頼んだよ。ぼくは、ウイリアムだ。ウイルと、呼んでくれ。子供扱いして悪かった。」サムは、ウイリアムを一瞥したが肩をすくめただけだった。〝どうやら、サムとは仲良くはなれないようだ…〟ウイリアムは、少し残念に思った。
サムはウイリアムから伯爵の荷物の仕事を言い付けられると、玄関ホールに戻り、中に置いたトランクを持ってニ階の客室に続く階段を上がっていったのだった。




