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短編 『音楽うさぎ』

作者: 芙美

 ぽんちゃんは音楽が目に見えるという。

 音楽によって形は様々で、「丸とか、霧が光ってるみたいなものとか、こんぺいとうみたいなもの」が弾んだり漂ったりしているらしい。

「たくさん飛んで反射して、キラキラして、とってもきれい」

 とぽんちゃんは嬉しそうに言うのだ。

 音楽なんてただでさえ素敵なものなのに、そんな映像の効果がつくなんて、いいな。すごく、いいな。

「私も見たいなあ」

 私がうらやましくなってそんな風に言ったら、ぽんちゃんは何故か少し悲しい顔をした。どうしたんだろう?

「……でも、ちょっと困ったことがあるよ」

 口を突きだし、ぽんちゃんは言葉を探して黙り込んだ。

 ぽんちゃんはいつも懸命に言葉を選び、懸命にしゃべる。だから私はぽんちゃんの話すことは何でも信じようと思うのだ。

 私はぽんちゃんが言葉を探す間、雲の形を見比べたり行き交う人を眺める。鼻歌を歌って、どんな言葉が飛び出すんだろう、なんてわくわくしながら。

 少ししてぽんちゃんは突然ばっと顔をあげて、私を見た。

「なかに、時々、うさぎがいる」

 それから首をひねって上を向いて、うーんと考えて、またばっとこちらを見て、話を続ける。

「うさぎはかわいくてキラキラして、楽しそうに踊ってて、いっぱいとんで、幸せそう」

 音楽の光の中をとびはねる、キラキラのうさぎ。ああきれいだだなあ、うっとりしてしまう。

「ますます素敵だねえ」

 想像するだけで、楽しい光景だ。

 渋い顔をして、ぽんちゃんはうなずく。

「……でもぽんちゃんは音楽を食べるかもしれない。やめようと思ってるのに、つい口にいれたくなってしまう」

 それから長い沈黙が続いた。考え込んでいる。私もぽんちゃんの話を理解しようと、がんばって考えた。

 食べるのをやめようと思う、理由。うさぎの話は関係あるのかな。

「わかった。楽を食べたら、うさぎになっちゃう。とか」

 私の思いつきを口にすると、ぽんちゃんは目を輝かせながらうなずいた。

「そう、すごい!なんでわかったんだろう」

 深い考えもなかったんだけど、ぽんちゃんがすごいすごいと、惜しみなくほめてくれるので、私はなんだかちょっと照れてしまう。

 でもそれからまた、しゅんとしたぽんちゃんに戻る。

「ぽんちゃんがうさぎになったら、みんなに会えなくなる」

「ぽんちゃん……」

 その言葉でようやくわけがわかって、私も同じように悲しくなる。

 みんなと会えなくなるなんて、きっと寂しいだろう。

 私は悲しそうなぽんちゃんをなぐさめたかったが、ぽんちゃんの悲しみに見合う言葉がみつからない。

 私たちは二人でうなだれていた。

「ぽんちゃんがいなくなったら、会えないのが悲しくて、きっとみんないっぱい泣いてしまうよ」

 悲しそうにぽんちゃんはそう言った。目がうるんで、今にも泣き出しそうだ。

 そういう理由だったのか。

 私はようやくちゃんと理解した。

 みんなが泣いちゃうから、ぽんちゃんは悲しい、そういうことだったのだ。

 これはみんなを悲しませたくないという思いやりの言葉だったけど、私は『自分の不在のために、みんな泣いてしまう』というぽんちゃんの自信と確信がおかしくて、つい噴き出してしまった。

 こんなぽんちゃんが、私は大好きだ。

 ああそうだ、ぽんちゃんがいなくなったら私はきっといっぱい泣いてしまう。確かにね。そう考えながら、私は笑った。

 ぽんちゃんは笑っている私を初め不思議そうに見ていたが、いつの間にか一緒に笑っていた。

「ぽんちゃん、音楽が大好き!」

 楽しくなってぽんちゃんは叫んだ。

 ぽんちゃんの大きな声が、青空いっぱいに広がった。

 

  ***


「こんにちは、ぽんちゃんいますかあ」

 ある日ぽんちゃんの家に行くと、おばさんが目を赤くして出てきた。

「こんにちは」

 ドアの前に立ち尽くして、中に促すこともぽんちゃんを呼びに行くこともせず、おばさんは困った顔をしている。

 私はもしかして、と思った。

「おばさん、泣いてたの?」

 赤い目と、かすかに残る涙の跡に私は気が付いたのだ。

 おばさんははっとして、私から目をそらした。

 それからまた、何を言おうかと懸命に考えているようだった。私はその姿を、ぽんちゃんと重ねる。あの日の言葉を思い出す。

「もしかして、ぽんちゃん、うさぎに……」

 おばさんは驚いたような顔で、私を見た。

『ぽんちゃんがうさぎになったら、みんなに会えなくなる』

 ぽんちゃんはそう言っていた。

 胸が苦しくなって、私は返事を聞く前に、泣いた。


「ありがとうございます」

 おばさんが、ホットミルクを入れてくれた。

 私は涙を拭ってホットミルクを口にした。暖かくて、心が落ち着く。

「ぽんちゃん、いなくなっちゃった」

 自分に言い聞かせるように、私は小さな声でつぶやいた。

 もう会えないなんて、悲しいな。

 涙がまたぽろぽろとこぼれた。

 おばさんは静かに立ち上がり、音楽を流し始めた。

「これ、ぽんちゃんの好きな曲だ」

 私は泣きながら顔を上げた。

 軽やかで楽しくて、輝くような曲。私とおばさんは聴き入って、黙り込んだ。

 たくさんの楽器が、リズムを刻みメロディを奏でる。喜びでいっぱいになる。

「ぽんちゃん今きっと笑ってる」

 私がそう言うと、おばさんは私に向かってにっこりとほほ笑んだ。

「音楽がある限り、永遠にあの子は幸せなのね」

 おばさんは哀しそうな幸せそうな表情で、宙を見つめた。

 私には見えないけど、今きっと輝く音楽であふれていて、その中をぽんちゃんが楽しく踊っているだろう。

 ぽんちゃんに会えないのはかなしいけど、そう考えると楽しいかもしれない。

「おばさん、私も踊る!」

 私は立ち上がってでたらめなステップで、思いのままに踊った。

 目には見えないけど、ぽんちゃんが踊っているのを感じた。笑い声も、聞こえるような気がした。

 私がずっと音楽を大好きで、踊っていれば、ずっとぽんちゃんと遊んでいられるのかな。

 音楽がある限り、ぽんちゃんはずっと幸せなのかな。

 そうだといいな。

『ぽんちゃん、音楽が大好き!』

 音楽が、ずっと輝いていたらいいな。 

「音楽が大好き!」

 私は泣きながら踊って、泣きながら叫んだ。

 とても悲しくて、とても楽しかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 童話のような感じ、よくまとまってました。
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