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07 食事の時間です 後編

ヴィルが不機嫌だ。

楽しく和やかに食卓を囲めるとは思っていなかったけど、そんなにあからさまに不機嫌ですって顔しなくても。

口をもぐもぐさせながらちらりと給仕をしているエリーを見れば、こちらはヴィルとは正反対でご機嫌だった。

どこかうっとりした表情で宮子のことを見ている。

あとで二人きりになったら称賛の言葉が降ってきそうな予感がして苦笑すると、じろりとヴィルに睨まれた。


「何がおかしい。俺のことをまた馬鹿にしているのか」


「馬鹿にしているなんて」


「さすがミレーネ嬢だ。異国のマナーもお手のものだな」


嫌味っぽく言われてなんと答えていいものか迷う。

リコリスの食事のマナー、それは日本のものとほとんど同じだったから、宮子が教えを請うようなことはひとつもなかったのだ。

少しでもわからないふりをすれば良かったのだが、日本と近いことが嬉しくなって箸を完璧な持ち方で取ってしまったのがヴィルの機嫌を損ねることになった原因だ。

だって、と宮子は思う。

海外旅行をしていて、日本語がわかる人に会ったときの安心感ってあるじゃない?

そんなことをヴィルに言ったところでわかってもらえるわけないけど。


「リコリスの者でもジョスティックを完璧に持てるものはそういないと言うのに。これでは俺が教えることは何もないようだな」


「…まさかここで使うのがは…じょすてぃっくだとは思わなかったの」


「ほう。初めて扱ったわけではないような言い方だな」


まさか生まれてこの方、箸にお世話になりっぱなしですとは言えない。


「初めてじゃないわ。えっと、祖父母がじょすてぃっくを好んで使っていたから…」


嘘も方便。

と、思って言ってみたのに、エリーにひどく驚いた顔をされた。


「はい。ミレーネ様のお婆様であられるモリス様はリコリス国出身ですわ」


フォローされた言葉に今度は宮子が驚く。

え、そうなの。

それならさっきの言葉は嘘にならない。

言ってみるものだわ。


ヴィルはまだ不機嫌そうだったが少し溜飲を下げたらしい。


「そうか。ミレーネは祖父母とも仲がいいのだな。俺にとっての食事はひとりでするか(まつりごと)のためのものだ」


「では本日からもうひとつ加えてください」


「何をだ」


「嫌味なミレーネ嬢と共にするものだと」


ぱちりと下手なウインクを決めてみると、ヴィルはむっと眉間の皺を濃くする。


「何故だ。何故またお前と食事をせねばならんのだ。俺がミレーネに教えることなど何もないではないか」


「教えるとか教えないとかじゃなくて、ひとりでご飯を食べるなんて味気ないでしょう」


「味気ないだと、リコリス城のコックは選りすぐりなのだぞ」


「だからそうじゃなくて。ひとりで食べるよりふたり以上でわいわい食べたほうがおいしいじゃないの、って言ってるの。わたしは初めてここで食べる料理がヴィルと一緒でうれしい」


「ミレーネの言いたいことはわからない」


ヴィルはむっとした顔のまま、きれいに箸を使う。

宮子からすれば、日本人ではない彼がこんなに完璧に箸を扱えるのに違和感だ。

とても様になっているけど、どこかちぐはぐな感じがして面白い。


「無理に理解してもらおうとは思ってないから」


「理解は出来ない。だが悪くはない。ミレーネといるのは嫌ではない」


嫌がられてるとは思っていなかったけど、そう言ってもらえるとは思っていなかったのでどきりとした。

忘れてたけどヴィルはすごいイケメンなのだ。

見目麗しい子に真っすぐ見つめられてそんなこと言われたら、多少なりともときめいてしまう。

これが美しくないなんて、ミレーネ様の美的センスをやっぱり疑うわ。


「嫌じゃないなら、また一緒に食べてくださいね。ご機嫌になれとは言わないけど、出来れば不機嫌ではないお顔のときに」


「本当に嫌味なミレーネ嬢だ。噂とは全くあてにならないものだと痛感する」


「噂?」


リコリス国でミレーネ様は一体どんな評価を受けていたのだろう。

ヴィルは宮子の問いには答えず、しかし、と付け加えた。


「俺は別に怒ってはいないぞ。元々こんな顔だ」


「嘘。わたしがじょすてっくを使えるってわかったとき怒ってたじゃない」


「怒ってなどいない。あれは、気に喰わなかっただけだ。俺はこれからミレーネに初恋を教わるというのに、俺には何も教えることがない。マナーを教えることで対等になろうと思ったがお前にその必要はない。だから、気に喰わなかっただけだ」


「なんだ…」


ふんぞり返って怒ってないことを強調してくるヴィルに思わず笑ってしまう。


「何だとは何がだ」


「拗ねていただけだったのね」


「す、拗ねてなどおらん!」


「意外とかわいいとこがあるんですね、国王陛下」


「違う!」


むきになって今度こそ怒っているヴィルに笑いが止まらない。

くだけた空気に気持ちが緩んだ。

ああ、本当はわたしずっと無理していたんだ。

知らないところで本当はすごく恐かった。

意味がわからなかった。


そうじゃないと。


「ミレーネ。俺は怒っていないぞ。だから、そんなに泣くことはないだろう」


「え…?」


この涙の意味を説明できない。

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