06 食事の時間です 前編
ヴィルは悪びれもせず部屋に踏み入ると、どっかりとソファーに腰掛けた。
寝室から応接間に移っていて良かったと思うべきか。
いくら自分の部屋だと言う実感がないにしても、知り合ったばかりの男の人が寝室にいるのは落ち着かない。
例えそういう関係になると決まっている人だとしても。
美形でラッキーとでも思うべきかしら。
それにしてもさっきの話を聞かれていないかドキドキする。
ヴィルは一番ばれてはいけない人だ。
けれどヴィルは何も聞かなかったらしい。
尊大な態度で足を組むと、じろりとわたしを見てきた。
「ミレーネ。食事も摂らず何をしていた。相変わらず化粧をしていないようだな」
嫌味に笑われて、この世界は時間の経過が違うのだろうかとぼんやり思う。
確かヴィルは夜に来ると言っていたのに、えらくお早いご訪問ではないだろうか。
宮子の疑問は、エリーの言葉ですぐに解消された。
「お言葉ですが国王陛下。まだお昼でございます。夜にいらっしゃると仰られていたはずですが」
ヴィルはエリーをうるさそうに見ると、追いはらうようなしぐさをする。
「俺はいまミレーネと話をしている。侍女が答える義務はない」
エリーは顔を真っ赤にさせてぷいと顔を背ける。
そのしぐさがまたかわいいのだが、いまそんなことを言ったら怒られてしまいそうなので口を噤んだ。
「ヴィル。わたしもあなたが夜に来るものばかりだと思っていました」
「ミレーネ。言ったはずだ。丁寧な言葉はいらないと」
「ごめんなさい」
「何度も同じことを言わせるな。では、お前の質問に答えよう。俺もここへは職務が終わってから来るつもりだったのだが、宰相にミレーネ嬢の部屋を訪ねるということを話したところ、突然今日の仕事はもう終わりだと言われてしまってな。いますぐにでもミレーネを訪ねることが一番の仕事だと輝いた目で職務室を追い出された。宰相たちの思いどおりになるのは癪なのだが、とくに何もすることが思いつかなかったのでな、来てみた。それだけだ」
「お仕事ご苦労様です。そう、じゃあやっぱりヴィルもご飯食べてないのね。エリー、わたしはこれからヴィルと食事にします」
「ミレーネ様!」
悲鳴のようなエリーに首を傾げてみせると、ヴィルが呆れたような溜息を吐いた。
「お前は人の話を聞いていないことが多いな。侍女がせっかく俺がマナーにうるさいと忠告したのに、何故まだよく知らないリコリスの食事をそんな俺を食べようという気になるんだ。本当に意味がわからないな」
「でも、そんなこと言っていたらいつまでも慣れないでしょう?」
「何がだ」
「ヴィルとこれからずっと一緒にご飯を食べるなら、マナーがわからないとか言ってられないでしょう?最初はわからなくても教えてくれたらちゃんと覚えるから」
何かまた変なことを口走ったのだろうか。
ヴィルが狐につままれたみたいな顔でこちらを見ている。
エリーは頬を上気させ、お食事を用意するよう言ってまいりますわと部屋を退出してしまった。
「…お前は、ミレーネは俺とこれからもずっと一緒に食事をするつもりなのか」
「え。だって、夫婦になるんだから普通…」
「まただ。またお前は話を聞いていないな。リコリスでは例え夫婦であろうが別に食事をする。俺はそう言ったはずだ」
「それは聞いたけど、でも、そうしたらわたしは誰にマナーを教えてもらえばいいの。ヴィルに聞くつもりでいたのに」
「何だと。俺に聞くつもりだったのか。侍女ではなく」
「カヤラン国のエリーよりリコリス国のヴィルに聞いたほうがいいと思ったんだけど、…ヴィルが言うように夫婦で別にご飯食べるのが普通なら従うわ。でも…もし最初からひとりで食べるつもりだったなら、ヴィルはなんでこの部屋に来たの。することが思いつかなかったって言ってたけど、ここに来るのは別にご飯食べた後でも良かったじゃない」
エリーに言ってヴィルの分は片づけてもらわなきゃいけないなと残念に思う。
恋を知りたいと言われても、彼がこんな調子なら絶対に無理だ。
少しは歩み寄ってもらわなければ、宮子としてもどうしたらいいかわからない。
ヴィルは宮子の物言いが気に障ったのか、眉間に皺を深く刻んだまま無言だ。
沈黙を守っているとやがて食器と食器がぶつかる音がして、エリーが数人を従えて戻って来た。
ヴィルと宮子の食事が到着したらしい。
ヴィルはわたしとは食べないからと言おうとした瞬間、ヴィルがそれを遮った。
「そこのテーブルに運んでくれ」
「え」
驚いてヴィルをまじまじ見れば、機嫌悪そうに顔をそらされた。
けど、耳が赤い。王様が照れて、いる?
怒っているわけではなさそうだ。
「ヴィル」
「ミレーネ、俺はお前と食事を共にしたくなった。俺の指導は厳しいぞ。後悔はするなよ」
すたすたと先に席についてしまった国王の後を追いかけて、宮子も大人しく席におさまった。
なんだろう、ちょっとうれしいかも。
楽しい気分で配膳を見て宮子は思わず、あ、と声を上げた。