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04 恋を知らない国王陛下

イケメンは観賞用としては好きだけど、まさか干渉する存在になるなんて。

お姫様扱いする王様を信じられない思いで見ていると、謎の視線を投げかけられた。

それが返事を求めるものだと気付き、はっとする。


この美青年は何を言い出したの、頭がおかしくなったの。

人のことを地味顔とか言っておきながら、あっ、もしかして実は地味選とか。


「ミレーネ嬢」


「あの、国王陛下。わたしでは役不足かと」


「先程から気になっていたのだが、何故他人行儀な呼び方をする。あなたは王妃になられるのだから国王陛下ではなく名前で呼べ」


「名前…?」


「まさか知らぬとは言わせぬぞ」


すみません、本当に知りません。

とは言えず、さっきまでわたしと王様のドラマチックなシーンに目を輝かせていたエリーを見れば、エリーは申し訳なさそうな顔でぺこぺこと頭を下げた。

お話するのを忘れていました、ということらしい。

聞かなかったわたしも悪いが、知りませんと素直に言うのもさすがに気が引ける。

忘れたって言うよりは誠実でいいかしら。


黙っていると、国王は苛立ったように立ち上がり、じろりと宮子を見下ろした。


「ヴィルヘルム=ヴィラ=リコリスだ。ヴィルでいい。ミレーネ嬢、返事は、」


「断ると言ったらどうしますか」


「無理だと答える」


「それでは聞くまでもないでしょう、国王陛下」


「だが私はあなたの了解がほしい。無理強いは嫌だ」


横暴だが変なところで律儀な人だ。

どうしようかとエリーに目配せすれば、エリーはこくりとひとつ頷いた。

これは、受けた方がいいということだろうか。

ヴィルを見れば、彼は真っすぐな目で宮子の返事を待っていた。

変な人。


「わかりました、ヴィルヘルム様。わたしの乏しい恋愛経験でよければ役立てましょう」


「ヴィルでいいと言っている。おい、お前…じゃなくてミレーネ嬢」


「あの、無理して丁寧にお話にならなくてもいいですよ?」


「…ふん。お前がそう言うならそうしよう。お前、恋愛をしたことがあるのか」


「したことがなくてどうやって教えればいいのでしょうか」


「…いつだ」


「は?」


「いつ恋愛をした。ミレーネ嬢は蝶よ花よと大事に育てられた王女だと聞いている。違うのか」


これはどう答えれば。

エリーを見れば、にこりと微笑まれた。

えーと、好きに話していいのかな、これは。


「両親から大事に育てられたのは本当です。兄弟にも愛されて育ちました。ですが恋のひとつも知らない女ではありません。生娘をお望みなら返品されたほうが宜しいかと存じます」


更科宮子、26歳。

平凡なOLとはいえ、彼氏のひとりやふたりいたことくらいある。

いや、同時にふたりいた夢の三角関係を築いたことはないけれど。

相手が二股かけていた酸っぱい思い出ならなくもないけれど。


カヤランに帰ってもいいという言葉を少し期待していたのに、ヴィルはしかめっ面で憮然と言う。


「…家には帰さない」


「そうですか」


「お前のような地味な女に恋愛が出来て、俺に出来ないわけがない」


「はい?なんだか論点ずれてませんか?」


「ミレーネ、お前で十分だ。お前は妙で面白い。俺はお前と恋をすることに決めた。お前も俺を愛していい」


「へ?え?お、教えるって、わたしと恋愛するんですか!?」


「何をおかしなことを。俺たちは夫婦になるんだぞ。お前は俺に不貞を働けと言うのか。恋に必要ならば働くが面倒だな」


「いえいえいえ!結構です!そんな重すぎる初恋は嫌です!」


「そうか。ではやはりお前とするしかあるまい。ミレーネ、異存はないな」


「ヴィルヘルム様はあっても却下なさるでしょう」


「ヴィルだ」


「ヴィル。恋を教えるとは言え、わたし自身があなたを好きになれるかどうかわかりませんが善処してみます」


しぶしぶ了承したところ、ヴィルは微妙な顔をしていたが、わたしの失礼な言葉には何も言わなかった。


「善処するのは俺のほうだ。自慢ではないが俺は今まで誰も愛したことがない」


「え?両親も、兄弟も、親戚も?」


「そう無邪気に聞けるお前は、噂どおり大事に育てられたのだな。ミレーネ」


「…あなたは…大事にされていないと?」


「されている。国王としてのヴィルヘルム=ヴィラ=リコリスは。だが国王でなくなれば誰も俺を大事にしようとはしないだろう。リコリスはカヤランとは違う」


どうしよう。

不貞よりもよほどヘビーだ。

滅多なことは言えない。

宮子に国王の気持ちはわからない。


だから、


「ヴィル。意地悪をして何度もヴィルヘルム様なんて呼んでごめんなさい。わたしは今日からあなたを国王陛下ではなく、ただのヴィルと呼ぶことにするわ。恋をするほど好きになれるかわからない。でも、ヴィルを大事にしようと思います」


「本当にお前はおかしな女だな」


ヴィルはくすと笑い、宮子を見た。


「今夜、また来る。忘れていなければノックをしよう。化粧はしなくてもいい。それと、お前も無理に丁寧に喋らずともよい。化粧をしていないと喚いていたほうが本当のミレーネだろう。長居をしたな。それでは」


言いたいことだけ言い、ヴィルはすたすたと去っていった。

ずいぶんとあっさりだ。

それにしても本当のミレーネ様、か。

一息吐いてベッドに腰を下ろせば、大袈裟な溜息が聞こえた。


しまった、途中からエリーのことを忘れて好き勝手言いたい放題だった。

ヴィルから咎められはしなかったけど、後半の台詞はやりすぎかもしれない。


「エリー、あの、ん?」


エリーはうっとりとした表情で、赤く染まった頬を両手で覆っていた。

とてもかわいいけど、一体どうしたのかしら。


「ミレーネ様、いいえ、ミヤコ様は素敵な方ですのね。ミレーネ様があなた様を愛らしいと仰っていた意味がよくわかりましたわ」


「え?」


「まるで物語のような展開ですわ。ミレーネ様とリコリス王ではこのようなことにはならなかったでしょう!」


「えーと、エリーちゃん?」


「愛を知らぬ大国の王に愛されて育った王妃が恋を教える。素敵ですわ。ラブロマンスですわ。乙女の夢ですわ。許されることなら一言一句おふたりの会話を記し、カヤランで物書きをしたいくらいですわ」


「ごめん、やめて」


「あら、残念です。とても素敵なのに」


エリーはふふふと妖しく笑い、興奮冷めやらぬ様子でまたうっとりと溜息を吐いた。

どこの世界でも女の子はコイバナが大好物らしい。

それにしてもさっきの会話のどこにラブだのロマンスだのを感じたのか。


「ミヤコ様。恋愛の読物では、男女は憎まれ口を叩きながらも本当は心の奥底では惹かれあっているものというのが鉄板ですが、本当にそうなのですか?」


「現実はそんなに甘いものじゃないよ…。ヴィルのことは多分嫌いじゃないと思うけど、好きっていうより同情してる気がするから…」


「同情も、情に変わりありませんわ」


にっこり笑うエリーに微笑み返して、宮子はぽつりと思う。

愛情よりも同情がほしいのは自分なのかもしれない、と。


可哀想だね、なんて言われたくはないけれど。

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