02 リコリス国とカヤラン国
でも、とエリーはぼそぼそと言う。
「ミレーネ様のお役に立てるなんて光栄だと思いませんか。あなた様に断らず連れて来たのは悪いことだと思います。ですが、ミレーネ様のためだと思えば喜ばしいことではありませんか!」
宮子は頭を抱えた。
どうやらここカヤラン国では、国民は皆ミレーネ様に心酔しきっているらしい。
完璧な女性だとエリーは言っていたが、ミレーネ様は相当ゴーイングマイウェイなお姫様だったようだ。
「わたしはそうは思いません」
宮子がきっぱり言うと、エリーは心底驚いたというように目を見開いた。
「何故です!?」
「何故って、わたしは今日まで彼女のことを知らなかったんですよ。これが夢だとしてもあまりに勝手です。しかもリコなんたら国の王様と結婚しろとか意味がわからないし、わたしにはわたしの生活があったのに。大体わたしはあなたの言うミレーネ様とは似ても似つかない平凡な女ですよ。第三王女ってことは上に二人お姉さんもいて、もしかしたらお兄さんもいて、当然お父さんやお母さんもいるんですよね。ミレーネ様の家族に突然ひょっこり現れたわたしがミレーネでぇすって言ったって、信じてもらえるわけないじゃないですか!」
一気にまくし立てると、エリーはにっこりと笑った。
「それは問題ありません。ミレーネ様の魔法はミレーネ様と同様完璧ですもの。ミヤコ様がミレーネ様ではないと知っているのはわたしだけで、他の方は皆あなたをミレーネ様だと認識しますので何ら心配はありません!」
「でも、わたしはミレーネ様の家族とか全然知らないんですけど…!」
「それはわたしがきちんとフォローさせていただきます」
「それにリコなんたら国の王様がミレーネ様と同じようにわたしのことを気に入ってくれるとは思えないし…」
「それも問題ありません。ミレーネ様はリコリスの国王を美しくないと嫌っていましたから。あ、ミヤコ様のことはとても愛らしいと大層お気に入りでしたわ。国王も女嫌いで有名な方なので、例えミレーネ様であっても気に入ってくださりはしなかったでしょう。だから、大丈夫です!ミヤコ様自信を持ってください!」
それは本当に大丈夫なのかしら。
一国の王様が女嫌いとか問題ありまくりじゃないの。
子孫残せないとやばいでしょう。
なんだかどっと疲れてしまった。
「エリー…」
「なんでしょう、ミヤコ様」
「わたしはいつ帰れるの?」
「それはミレーネ様にしかわからないことです」
それはつまり、ミレーネ様がわたしの世界を気に入ってしまったら、彼女はもうここには戻らないということではないだろうか。
いや、最初からわたしを呼んだ時点で、戻るつもりはないのかもしれない。
ぞくりとする考えを追いはらって、これは夢なんだから大丈夫と自分に言い聞かせる。
だってこんな不思議な話、リアルであるわけないじゃない。
頭痛を覚えてシーツの上に寝転がると、エリーが大丈夫ですかと大袈裟に心配してくる。
「大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけです」
「そうですか、あの、ミヤコ様」
「はい?」
「わたしに丁寧な言葉は不要です。わたしはあなた様の侍女なのですから」
「え…えっと、はい、じゃなくて、わかったわ、エリー。ここにいる以上はそうする」
「はい。では、ミヤコ様。お疲れのところ申し訳ございませんが、身支度をしていただけませんか」
エリーはわたしの格好を見て言う。
グレーのスーツ姿と、かわいいメイドさん。
確かにちぐはぐかもしれない。
頷くとエリーは嬉しそうにいそいそと奥の部屋に引っ込み、たくさんのドレスも持って戻って来た。
「さあ!お好きなものに腕をお通しくださいませ!」
フリルやリボンの海に目がくらくらする。
普段モノトーンのシンプルな服を好む宮子とは真逆の服、というかドレスばかりだ。
「ミレーネ様はこれが一番好きでしたわ」
エリーがおススメしてきたのは、宮子が一番最初に却下を出した、フリルとリボンをふんだんにあしらったドレスだ。
目眩を覚えて穏便に断る。
きらびやかなドレスのなかワンピースにも見えるシンプルなものを選択すると、エリーは眉を顰めたが、お好きなものをと言った手前か何も言わなかった。
お手伝いしますという申し出をひとりで着れますからと断ると、また驚いた顔をされた。
「あなた様の世界ではそれが普通なのですか?」
「そうだね。侍女なんていないから」
「ミレーネ様はおひとりで大丈夫でしょうか?」
「完璧なんでしょ?大丈夫でしょ」
少し嫌味も込めて突き放すように言ったのに、エリーは宮子の言葉に笑う。
「そうですわね!ミレーネ様ですもの!」
恐るべし、ミレーネ様。
ドレスをマキシ丈のワンピースだと思えばそう違和感はなかった。
多少動きづらいが文句は言えない。
そもそも文句を言いたい人物はここにはいないわけだし。
「さあお化粧もいたしましょう。リコリス国王が来られる前に」
「ちょっと待って!」
エリーの発言に待ったを掛けると、エリーは首を傾ぐ。
「はい、ミヤコ様。いかがなさいました」
「王様がここに来るの?もうすぐ?」
「はい、お話していなかったでしょうか」
「え、だってここはカヤラン国でしょう。女嫌いの王様がミレーネ様のためにわざわざカヤランまで足を伸ばしたの?」
「申し訳ございません、ミヤコ様。それもお話していませんでしたね」
「え…」
「ここはカヤランではございません。リコリス国のミレーネ様の、王妃様となられる方に用意されたお部屋です」
「ど、どうして、まだ婚礼前のはず…」
「こちらの世界の決まりなのです。婚礼が決まった女性は、婚礼の日まで夫となる男性の家で過ごすのです」
どうしよう。
ここはカヤランだと思っていたから、こんなのんびりしていたのに。
呑気にミレーネ様について尋ねたりドレスを選んでいる場合ではないのでは。
宮子は焦る。
だって、まだ、わたしはミレーネ様がどんなふうな喋り方をするのか、どんな振る舞いをするのかも知らないのに。
王様を怒らせたら打ち首とかないわよね。
エリーはお化粧いたしましょう、とどこまでもマイペースだ。
「今から化粧したって絶対間に合わないわよ!」
「化粧などどうでもいい」
叫んでしまった声に低い男の声が被る。
おかしい。この部屋にはエリーとわたししかいないはずなのに。
くるりと振り向くと、とても不機嫌そうなオーラをまとった男の人が、眉間に皺を寄せて偉そうに立っていた。
ねえ、ちょっと待ってよ、ミレーネ様。
あなたの美的センス、本当に完璧なの?
目の前にいるその人は、見惚れてしまうくらいきれいだった。
「化粧などしたところで、その地味な顔がそう変わるとは思えん」
口が超悪いけど。