09 聖騎士デュオ
「ヴィルヘルム様ー報告書ー」
大きな音を立ててデュオは参謀室の扉を開け放った。
夕刻までは時間があり、報告書の締め切りはまだだというのに国王陛下の機嫌はすこぶる悪い。
「遅い」
じろりとデュオを睨むと急かすように手を伸ばしてくる。
デュオはニヤリと笑って報告書を手渡すと、へえ、と感心するように溜息を吐いた。
「噂には聞いていたがあれは本当のことなんだな。実際この目で見るまでは信じられなかったが、ふうん」
「なんだ、何が言いたい」
「あなた様が次期王妃様に夢中という噂ですよ。ヴィルヘルム様」
「気味の悪い言い方をするな」
「悪い悪い」
デュオは気安く謝ると、どっかりと椅子に腰掛けウインクを決めた。
他人に聞かれていたら咎められそうな物言いに態度だが、ヴィルは気にしたふうもなく睨むだけに留める。
わざとらしい敬語を使われるほうが座りが悪いからだ。
デュオ=フィルニールはリコリス国聖騎士、二十四の若さで副隊長を務めている。
ヴィルとは幼馴染で、兄弟同然で育った仲だ。
気心が知れているため、遠慮がいらないのがいいところでもあり、悪いところでもある。
いまは後者のほうだった。
「噂などくだらない」
「そうかよ。でも次期王妃の部屋に通っているのは事実なんだろ。カヤランの宝と言われる美貌に、冷徹なリコリス王もメロメロって聞いて、からかってやろうと思ってたんだけど違うのかよ」
「違う。それに彼女は別に美女ではなかったぞ。噂などあてになりはしない」
「そうなの?」
「そうだ。侍女のほうが見目はいいな」
「厳しいねえ、ヴィルは。まさかそれ本人に言ってないだろうな」
「…………」
「言ったのかよ。信じられねえ…。素直なところがお前のいいところだけどさあ、女性にそれはまずいだろう」
デュオはよく言えばフェミニストで悪く言えば女たらしだ。
七日と同じ相手と続いたためしがない。
いつもならお前に言われたくないと言い返すものの、今回ばかりはデュオの言うとおりなので何も言えない。
言葉に詰まっていると、ニヤニヤ笑われる。
「で、まさかその罪ほろぼしのために彼女の言うこと聞いてるわけ?俺さあ、てっきり結婚は形式上のものだと思ってたんだけど」
「別に彼女の言うことを聞いているわけではない…あれは、変な女なんだ」
「ん?」
「ミレーネ嬢は変な女だ。俺が失礼な発言をしたら笑顔で皮肉を返してくる。俺と一緒に飯を食べるのが楽しいと言う。そんなつもりがないのは明白なのに、突然泣いて誘惑してみたとか言い出す。ミレーネは俺といても緊張するどころか、緊張がとけるのだそうだ」
ふっと口角を上げるヴィルを、デュオは珍しいものを見るような目で見つめながら、へえ、と笑った。
「それは面白いお嬢さんだな」
「…ああ」
「もしかして今日俺が来るのが遅いって言ったのも、その彼女に早く会いたくてか、なあるほどねえー」
「違う」
むきになるヴィルを見ることが出来るなんていつぶりだろうか。
デュオは込み上げてくる笑みを堪えようとせず豪快に笑うと、ヴィルがまた睨んできた。
「デュオ」
「俺も会いたいな、その面白いお嬢さんに」
「何だと」
「いいだろ。王妃様になる前に会わせてくれよ。王妃様になられたらなかなかお目に掛かれないだろうからな。もちろんお前が彼女にメロメロだっていうなら諦めるけど、別に違うなら紹介してくれたっていいだろ。大丈夫、さっすがに手は出さないさ。な?」
にっこり笑うデュオにヴィルはまた口を噤んだ。
口では勝てないことは、出会ったときから知っている。
知りすぎてるというのも嫌なものだと、ヴィルは舌打ちをした。
「近いうちに茶会でも設けよう」
「そう自分から言ってしまったことに後悔するなんて、そのときのヴィルは思ってもみなかったのです」
「妙なことを言うな!」
聖騎士はからから笑って退室していった。
ヴィルは重い溜息をひとつ吐き、ミレーネに茶会の相談をしなければと考える。
デュオに会わせるのは歯痒いがひとつ土産話も出来たか。
ふっと笑う国王陛下がいつになく穏やかな顔をしていたことは、誰も、本人でさえも気付いてはいなかった。