第5話:滝川弥生
「初めまして。今回の調査を担当する後藤と申します」
「田中さんの紹介で来ました。滝川弥生です」
約束の時間に現れたのは、清楚で大人しい印象の女性。彼方の挨拶に少し怯えが混ざった笑顔と会釈を返してくる。見ための印象通りならここに来るのに随分と勇気が必要だった事だろう。いくら昼間とは言え飲み屋や風俗店が密集する繁華街に足を運ぶのは。
「今回の依頼はあなたのお兄さんの捜索で間違いありませんか?」
「はい。兄は高校を中退すると同時に両親に勘当されたんです。どうも校内で不祥事を起こしたそうで」
「その不祥事についてお聞きになったことは?」
「いいえ、私はその頃は中学生でしたし」
彼女の様子を観察しつつ話を聞いていく。特に嘘をついている様子はなく本当に知らないのだと思った。しかし、これはやっかいだ。話を聞く限り両親は、息子を見限っているふしがある。ということはその不祥事についても口を開くことはないかもしれない。
「お兄さんに親しい御友人は?」
「同じ学校に中学の同級生が数人。でも入学してからはほとんど疎遠になっていたらしくて。一応これが連絡先です。もしかしたら何か知っているかもしれません」
弥生からメモを受け取り確認する。数名の名前と連絡先が書かれていた。はたしてこの内の何人が話に応じてくれるか。
「分かりました。それでは早速調査に取りかかります。経過報告などはメールで、緊急時の連絡は携帯でよろしいですか?」
「はい、お願い致します」
打ち合わせを終えると弥生はホッとした顔で事務所を去って行った。その姿が雑踏に消えるのを確認すると彼方はそのまま隣のビルの地下にあるバーの扉を開く。その店は6畳程の店内にカウンター席が五つあった。開店前のその店の席に座り酒を傾ける男に近づくと思い切りその椅子を蹴る。
「昼間からいい御身分だなぁ。あ?」
「危ないな、せっかくの酒が零れるだろう?」
「うるせぇ、依頼人との打ち合わせは本来あんたの仕事だろうが」
「うーん、ちょっと訳ありでね。彼女とは顔を合わせたくないんだよ」
「昔の女か?」
「うーん、付き合ってはないよ。彼女はそう望んでたようだけど」
「まぁ、あんたの好みとは正反対だからな。童顔で巨乳好きのあんたには無理だ。まぁ、最近は童顔で寸胴好きか。どんどん変態の道に行くなぁ~」
「何か悪意があるよね、その言い方……」
「で、あんたの知りあいなら兄貴について何か知ってるか?」
「彼女のご両親とは顔なじみだけど息子には会ったことない。実は今回の件で初めて知ったんだよ、息子がいるって」
「田中のおっさんは?」
「少年課の同僚には聞いてもらったけどかなり評判悪いね。喧嘩、薬、窃盗なんでもあり。でも補導、逮捕歴れは一切なし。うまいことやってたみたいで噂では上がる人物らしいけど本人には誰も会ったことないってさ」
「頭はいいみたいだからな。でも今なら薬物関係で名前が上がってもおかしくないよな」
「それが彼自身は手を出さないみたい。あくまで商品、薬でラリって人が堕ちていくのを楽しむだけ。それに警察が職質する時に限って薬を持ってないらしいよ」
「誰か流してるか」
「だろうね。とりあえず高校中退後の足取りを追ってみた。最初は、輸入物の洋服や装飾品をネットで販売してたらしいよ。そこそこ儲かってたって」
「そこまで分かってるなら簡単だな」
「それがねぇ、ここ一年の足取りがパッタリ。会社は知人に譲渡してドロン。何かかなりせっぱつまってたらしいよ」
「分かった。じゃあその会社関係への探りはあんたの仕事な」
「はいはい」